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物分かりのいいひと




「ぐるる」


 ハチが唸り始めたのでペダルをこぐのを止めた。


「あっち?」


 ハチが雑木林のある方向を睨んでいる。唸ると言うことはモンスターだ。


「出てくるかな?」


 何が出てくるか分からないので一応「収納」から愛用しているワンドを取り出す。この杖は攻撃魔法を連射するのに適していて、魔王討伐の際にもお世話になった。


「あ、オークか」


 雑木林の中からぶひぶひ言いながら豚頭のモンスターが出てくる。


 全部で5体か。雑魚ね。


 ちらっとハチが私を見る。


「あ、ステイね」

「ばふ」


 私がそう言うとハチは唸るのを止めてお座りした。


「えらい」


 頭を撫でてワンドを構える。


 炎熱系の魔法は雑木林に延焼する可能性があるから、ここは雷撃魔法かなあ。


「サンダーボルト」


 雷撃魔法を唱えるとぶうんとオーク達の頭上に魔法陣が出現して、ドシャドシャと雷をオークに落とした。


 その場にオーク達が崩れ落ちる。


「ばふ」


 私を見上げるハチの頭をもうひと撫でする。


「さ、行きましょう」


 何もアイテムドロップしなかったことを確認して、再びペダルをこぎ始める。


 あちらの世界だけでなく、こちらの世界でもモンスターを倒すと時々アイテムドロップをした。身体が消滅する際にマナがそのモンスターの特性に応じた物に変化するらしい。


 まあ、オークならあまりいいものはドロップしないのだけれど、習慣である。


「わん」


 ハチが一軒の住宅の前で止まった。


「誰かいる?」


 この吠え方だと人間を探知した感じだ。


 普通に民家だ。破壊された様子はないけれど、この家であの日以来ずっと立てこもっていたのだろうか。


「あ、犬」


 突然呼びかけられてびっくりした。


 見上げると家のベランダから男の人が顔を出していた。


「人もだ」


 私よりハチが先なの?


 髭面なのでよく分からないが若そうに見える。


「危ないよ、中に入る?」


 男性が呼びかけてくる。表札をちらっと見ると「鏑木」とあった。なんて読むんだろう?


「避難しないんですか?」


 下から問い返すと男性はにかっと笑った。


「まだしばらくはしないかなあ。立ち話もなんだから入りなよ。襲わないから」

「じゃあお話だけ」


 ここで話していても仕方ない。私は意を決して門扉のカギを回して敷地に入った。自転車も敷地に入れておく。


 すぐに玄関のドアのカギが開けられてドアが開いた。


「どうぞ」

「失礼します」

「あ、犬はどうしようかな」


 ハチが普通に私について来る。


「心配なら足を拭いて部屋にあげるけど」

「いえ、ここで待たせます。ハチ、ステイ」


 私が命じるとハチは玄関のたたきで伏せた。


「お利口なんだねえ。なんていう種類?」

「雑種です」


 まさかモンスターですとも言えないのでそう答える。


「ふーん。まあ、上がって」

「失礼します」


 なるほど、この男性がここに立てこもっている理由が分かった。


 1階の部屋には段ボールが山積みになっていた。「カプリコン7」でもよく見た備蓄品である。この民家が避難場所になっているはずがないからどこかから盗んで来たのだろう。


 私は少しだけ警戒レベルを上げた。


「気になる?」

「ええ、まあ」

「そこら辺も話すよ」


 そう言って男性が笑った。


「俺は鏑木かぶらぎ勇太」

「えっと、一色百恵です」

「もえ?」

「いえ、ももえです」


 もはやすっかり慣れてしまった聞き返しである。父が好きだったという歌手から取ったというこの名前は、昨今では珍しい名前である。


「どうぞ。コーヒーとか飲む?」


 2階の部屋に入ってまた納得した。窓際には猟銃が2丁立てかけられていたのだ。


「いただきます」

「お砂糖とミルクは?」

「ミルクだけお願いします」


 鏑木さんはベランダ近くに置いてあるキャンプ用の小さなコンロをつけた。上にはケトルが載っている。


「さてと、お湯が沸くまでどこから説明しようかな?」


 私を座布団に座らせて、鏑木さんはベッドに座った。その距離感に少しほっとする。


 カイトと違ってデリカシーのある人のようだ。


「あの物資は?」


 私は気になっているところから質問した。


「ここから少し行ったところに小学校があるの知ってる?」

「避難所になっているところですよね?」

「そう。あそこから拝借してきた」

「拝借、ですか?」


 鏑木さんがついと視線を落とした。


「あそこは全滅だよ」


 少し苦しそうに鏑木さんが言った。


「ここは両親の家なんだ。いわゆる実家だね」


 そう言って顔を上げた鏑木さんが部屋を見回す。


「元々俺の部屋だったんだ、ここ」

「実家を出られていたんですね?」

「そう。会社勤めもしたんだけどね。上司と揉めて解雇されちゃってさ。思い切って田舎でリスタートすることにして、祖父母が住んでるところに行ったんだ」


 どうして揉めることになったのか聞きたいが、そこは口を挟まずに聞き役に徹することにする。


「祖父母は農業と林業を少ししていてね。その手伝いをしていたんだ。祖父は猟もしていてね。俺もそこで狩猟の免許を取った」


 ちらっと猟銃を見て鏑木さんが言った。私が気になって視線を送ったことに気付いていたようだ。


「向こうでもモンスターは出たけど、まあ、村人のほとんどの男性が猟銃を持っているから、じゃんじゃん駆逐して、ほとんど普段通りの生活になった。自給自足も出来るからね。電気とガスが止まったのは大変だけど」

「なるほど」


 確かに都会の生活に比べれは田舎の方が適応しやすいのだろう。


「で、落ち着いたんで、俺は両親が無事か確かめに戻って来た。いやあ、大変だったよ自転車でここまで来るのは」


 そう言って鏑木さんが笑ったが、突然それが止まった。鏑木さんが息を吸った。


「書置きがあった。避難所の小学校へ行くとね」


 ああ、なんとなく分かってしまった。だって避難所は全滅だと言っていたから。


「避難所はモンスターに襲われていた。生存者は一人いたけど、大けがをしていてここに連れてくる前に息を引き取ってしまった」

「ご両親も?」

「ああ、しっかり死んでたよ。どっちも内臓を食われてた」


 ここでケトルが音を立てて湯気を上げ始めた。


「ちょっと待ってね」


 鏑木さんがマグカップにコーヒーを入れてくれた。


「インスタントだけど」


 ミルクを落としてマグカップを差し出してくれたので、それを受け取る。


「熱いよ」


 私は頷いてしっかりふーふーしてから一口飲んだ。鏑木さんはブラックで飲んでいた。少ししかふーふーしなかったけれど、平気なのね。


「で、残っていた物資を少々拝借してきた」

「ここに留まる理由は?田舎へ戻らないのですか?」


 私がそう聞くと彼はきょとんとした。


「そう言えばそうだなあ。戻ってもいいんだよなあ」


 コーヒーを飲んで彼が言った。


「ただ、自転車旅、すっごく大変だったんだよ」

「あ、分かります。私も会社から自転車で帰宅するのすごく大変でした。お尻痛くなるし」

「今度は一色さんの話を?」


 そうよねえ。聞きたくなるわよねえ。どこまで話そうかなあ。


「婚約者が会社にいたんです」

「ふむ」

「その彼に婚約を解消されたので、会社を辞めました」

「辞めるも何も、こんな状況だったら会社として機能していないだろう?」

「そう言えばそうですね」


 思わず笑ってしまった。


「道中危なくなかった?」

「ハチがいるので」

「ああ、あの犬が番犬かあ。それにしてもよく無事だったね」


 まさか魔法が使えるので、モンスターを倒しまくって帰宅しましたとは言えないなあ。


「ところで、その服はコスプレなの?」

「あ、いえ、えーっと」


 魔導士のローブのことまで考えていなかった。


「すいません。嘘ついていました」

「ん?」


 正直に全部話してくれた鏑木さんに申し訳ない気持ちが勝ってしまった。


「実は私、魔法が使えるんです」

「はい?」

「魔法です。魔法使い。魔導士って言います」


 ああ、引かれた。思い切り引かれた。


 可哀そうな子を見る目に変わってしまった。


「信じられませんよね。見せます」

「え?」

「ライト」


 私は頭上に光る玉を出した。


「うわ、すごい。本物だ?どういうこと?」

「詳しくは長くなるので後程。とにかく魔導士なんです」

「これ、熱いの?」

「いえ、熱は出していません」

「触っても平気?」

「どうぞ」


 キラキラした目で鏑木さんが光球へと手を伸ばした。


「あ、触れない」

「光ですから」

「すごいなあ。あれかな?転生とか?」


 あら?物分かりの良すぎる人がいましたよ。





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