※不審な影 揺らぐ境界
「さて、現場はどおなってるかな?」
アストはそう言うと、水鏡を空に出現させた。
「なんだこりゃあ?」
「わからん」
「だが嫌な予感がするな」
アスト達が水鏡を通して目的の場所を覗くと、そこには複数の冒険者らしき人影と黒い影が映っていた。
「おい!お前達!それに迂闊に近寄るな!」
そしてその後ろから鎧を着た兵士達と、新たな冒険者達が追加でやってきた。
「迂闊に近寄るな?あんたらはこれがなんなのか知っているのか?」
「・・・」
一人の冒険者の問いに、聞かれた兵士は無言で返した。
「黙りかよ。だけどあんたらがこの森にいる時点でおかしいよな?あんたらは王都守備隊の兵士だよな?」
「確かにそうだな。なんで普段は王都の警備をしているお前さん達がこの森に展開していたんだ?」
「魔の森の方にも兵士が展開しているようだし、いったい何が起こっているんだ?」
「・・・」
冒険者達が口々におかしな点を上げていくが、どの兵士も一様に困惑した様子で無言を返した。
「その様子だとあんたらも詳しいことを知らないのか?」
「だがここに来る目的だか建前は聞いているはずだよな?」
「お前さんらが兵士である以上、少なくとも誰かの命令自体はあったはずだもんなぁ」
「・・・」
冒険者がさらに問い詰めていくと、兵士達はどうするべきかと目配らせをし始めた。
そして僅かの間やり取りをすると、隊長らしき兵士が一歩前に出た。
「・我々が受けた任務はこの森の調査及び治安維持だ」
「調査?調査するような何かがあったのか?」
「おい、お前は知ってるか?」
「いや、知らん。それに冒険者ギルドの方からも何も言われていない。お前の方はどうだ?」
「俺達の方もそれらしい話は聞いてないな」
冒険者達はそれぞれ情報確認を行うが、兵士長達がこの森を調査する理由に誰も心当たりがなかった。
「・こんな王都近くの森で、今更なんの調査をしよおってんだ?」
「わからん。我々はただ何か異変が起こっていないか調査しろとしか命令されていない。そんな命令が出た理由など我々のような末端が知るわけがない。ただ…」
「「「「「ただ?」」」」」
「数日前に勇者様の一行の誰かが重傷を負って神殿に運び込まれたらしいという話を小耳に挟んだ」
「勇者パーティーの奴が重傷!?」
「いったい誰が!?」
「・そこまでは知らん」
勇者パーティーから重傷者が出たという話しに冒険者達がざわめいた。
勇者パーティーといえば王族に並ぶ国の看板であり、誰もが認めるその国の少数精鋭の最大戦力だ。
そんな勇者パーティーから重傷者が出た。それはつまり、勇者パーティーでさえ重傷者を出すような相手と戦ったということに他ならない。
それは魔物と戦うことで生計を立てている冒険者達にとって、決して聞き逃せない情報であった。
「だがおそらくはそれが原因で今回の命令が出されたのだろうと私は考えている」
「「「「「・・・」」」」」
「だからそれに迂闊に近寄るな。我々はお前達の命の保証を出来んからな」
兵士長の言葉を聞いた冒険者達は互いに顔を見合わせると、黒い影から一歩距離をとった。
「そうだ。それで良い。ここに来る前に部下を報告の為王都に走らせた。すぐに勇者様達が来られるだろう。お前達は下手に巻き込まれたくなかったら大人しく退いておけ。どうせこの辺り一帯は我々が封鎖することになるからな」
「・どうする?」
「・今の話を聞いてこんなところに居られるかよ!」
「そうだそうだ!こいつの言うとおり厄介事に巻き込まれる前にここを離れようぜ!」
「・・そうだな」
冒険者達は互いに頷き合うと、帰ることで意見をまとめた。
「おい!変な奴がこっちに来るぞ!」
「「「「!!」」」」
そうして冒険者達が引き上げようとしていると、冒険者の一人が王都とは反対側からやって来る人影を見つけた。
冒険者達はそちらの方を振り返り、兵士達も冒険者が見つけた人影の姿を目を凝らして確認した。
「げっ!」
「どうしたんだ、アスト?あいつがどうかしたのか?」
そして水鏡越しに様子を見ていたアストもその人影の姿を確認し、その姿に顔をしかめた。
「いや、予想や予言よりも状況が悪化しそうで…」
「悪化?」
フレイクは首を捻ると、アストが見ている人影を自分も確認した。
そこにいたのは夜明け色の下地に昇りかけの太陽を背にした鐘楼が描かれた、聖職者が着るようなゆったりとした装いの人物だった。
ただし顔はベールのような物で覆われている為、実際には人ではない可能性もあったが…。
「あいつってそんなにまずい奴なのか?」
「思想が駄目で行動も駄目な奴だね。でもなんでだ?」
「何が?」
「前はこの辺りで彼奴等が介入した痕跡はなかったはずなんだけど?」
「前?」
フレイクは首を傾げた。アストとはおそらく生まれた時からほぼほぼ一緒にいた。が、自分はあんな特徴的な見た目の奴と会った覚えがなかった。・アストが言う前とはいつのことだろうとフレイクは疑問に思った。
「フレイク達の安全確保の為とはいえ、改竄し過ぎたか?」
「俺達の安全確保?アスト、改竄っていったい何をしたんだ?」
「あー、話すと長くなるからまたの機会にね」
アストや冒険者。兵士達が様子を窺うなか、その人影は黒い影が出来上がっている手前。ちょうど辺りを封鎖しようとしている兵士達と影を挟んだ真向かいで足を止めた。
「貴様、何者だ!それにそれ以上、近づくな!」
「」
それに対して最初に声をあげたのは兵士長だった。
兵士長は誰何と警告の声を上げたが、その人影は兵士長の声に反応を見せることはなかった。
「おい!なんとか言ったらどうなんだ!?」
「・」
兵士長がさらに言いつのると、その人影は懐から何かを取り出し、それを黒い影の上空に向かって掲げた。
『あれは!』
「貴様!それはなんのつもりだ!?」
それを見たアスト、兵士長は同時に声を上げた。
そして人影が何を取り出したのか疑問を覚えたのは他の冒険者達や兵士達も同じであった。
『・牢獄の綻び。・終わらぬ夢を終わらせる為に。・・古き番人の力を持って、・境界よ・揺らげ』
そうして誰もが人影の動きに注意を向けていると、人影はくぐもった声で何かを呟いた。
『マズッ!』
「何を!?」
すると人影が取り出した何か。白いオーブが白濁とした光を放ち始め、やがて無数の『糸』がオーブから黒い影の上空。黒い影を生み出している何かに向かって伸び、そこからさらにクモの巣のような網目状に空に広がっていった。
ガキッ! ゴギッ! ベキッ!
そして糸が何かを覆い尽くしてなお広がると、先程までよりもさらに酷い音が森に、王都に、街に、村に、隣国に。やがて世界全体に伝播し響き渡った。




