※等価の理
「等価の理って確か、魔女の人達が他人を利さず害さないとか、命を助けた対価に命をかけた戦いをするよう告げてたあれですよね」
「うん、それ」
「・ちなみにお菓子の家を盗み食いした場合の対価ってどうなってるんですか?ローザさん達の場合だと対価を踏み倒したらこの国の人達の中から命を強制徴収されるって話しもしてましたけど…」
盗み食いの対価は何なのか。それを踏み倒したらどうなるのか。昨日の話しの内容が重かっただけにあまり楽観が出来なかった。
「魔女の食べ物を盗んだ場合の対価は、盗み食いした者が盗んだ食べ物の代替になること。つまり食料になることだよ」
「「えっ!?」」
さすがにアストのその発言には今まで聞いているだけだったフレイクも声を上げた。
「ちょっと待ってください!魔女の人達って人を食べるんですか!?」
「食べるかどうかなら食べれるね。昔話でもあるでしょ、悪い子は魔女に拐われて食べられてしまうって」
「「!?」」
「この昔話の由来は、魔女の食べ物を盗んで家畜に変えられてしまった人間の話しがモデルなんだよ」
「そ、そんな…」
自分が人食い魔女の家にいると知ってラビットは顔を青ざめさせた。
「もっとも食人主義の人間や獣人。鬼なんかと違って魔女にとって人間は不味いから滅多に食べないんだけどね」
「えっ!そうなんですか!?」
「うん。魔女にとっての人間の食料としての立ち位置は、人間にとっての非常食としての犬よりも下くらいかな?ぶっちゃけ人間を食べるよりも犬を食べた方がまだ美味しいし。そもそも専門の動植物ならいくらでも魔法で用意出来る魔女が不味い非常食に手をつけることになるような事態自体がないんだよね」
「ああ、まあ、そうですよね。お菓子の家なんて建てられるくらいですし」
「そもそも等価の理に引っ掛かるからわざわざ盗み食いさせないと食料に出来ないし」
「ええっと、それならなんで昔話のモデルになんてなってるんですか?実際には食べないんだよね、人間?」
「食べないね。よくある幼児教育の為の教訓話だよ。悪いことをしたら魔物に食べられてしまうよとか、悪魔に拐われてしまうよ、とか。そんなのと同列だね」
「ああ、なるほど」
「まぁ、魔女が食べなくても等価の理で勝手に食べられる動物。家畜なんかにはなっちゃうんだけどね」
「「えっ!?」」
魔女が人を食わないと聞いて安心していたら、再びアストが聞き捨てならないことを口にした。
「人間を食べる食べないはお婆ちゃん達魔女の自由だけど、それと等価の理の作用は別問題だからね。僕が知っている範囲だと、豚、イノシシ、鶏、牛、兎なんかに変わってたかな?王都のワルガキ連中」
「えっ?ああ!あったなそんなこと!今じゃそんな奴らは来ないから忘れてた!」
アストがそう言うとフレイクは何か思い出したように声を上げた。どうやらフレイクの方も人が家畜に変わる。そんな光景を見たことがあったようだ。もっとも、その口ぶりからしてすぐには思い出せないような昔のことのようだったが。
「ええっと、その家畜に変わったワルガキ連中?の人達ってちゃんと元に戻れたんですか?こお、アスト君に変身魔法で兎に変えられてた僕みたいに…」
「まぁ、戻れたかな。あくまでも盗み食いして対価を踏み倒そうとした結果、世界から強制徴収されただけだからね。親が物納で対価を支払えば普通に元に戻ったよ」
「そうなんですか。良かったですね」
「まぁ、対価を支払ってくれる親がいる奴らは、ね」
「えっ!?それってつまり…」
ラビットの脳裏を嫌な想像がよぎった。
「そう、対価を支払わなかった連中はそのまんま。変身魔法と違って効果時間なんて制限もないから勝手に戻ることも無いし」
「ええー、じゃあひょっとして今も家畜のままなんですか、その人達って!」
「何人かはね。でも人間でいた時よりも幸せそうだよ」
「えっ!?家畜の姿になってるんですよね!?」
それのどこがどうなったら幸せという言葉に結び付くのかラビットにはわからなかった。
「そうだよ。だけど対価を払ってもらえなかったってことはつまり親に見捨てられたか親がいないわけで、家庭環境に問題があるかスラムの孤児とかなんだよね」
「ああ、そうなるんですか」
「だから人間関係に冷めているか人間の悪意や無関心に晒されているわけで、人でいる方が不幸だった感じなんだよね。それが家畜になったことでそういう柵から解放されて、家畜専門の魔女のところで今は心穏やかに暮らしているんだよ」
「なるほど。・都会って怖いですね」
ラビットは家畜になることよりも家畜になった方が幸せという人がいることに恐怖を覚えた。
「まぁ、そんなわけで外の部分のお菓子は食べないようにね。逆に室内のお菓子は食べることが前提にしているからおやつに食べても問題ないよ」
「わかりました。でも恐いので止めておきます」
「そう。まぁ、そこは君の自由だからね」
「・・・ちなみに他に何か致命的なことはないですよね?不用意に触ったら洒落にならない対価が勝手に発生するようなのは?」
「?お菓子の家については今のくらいだよ。あえて危険を提示するなら、見知らぬ魔女には気をつけるくらいかな?」
「見知らぬ、ですか?魔女の知り合いは昨日会ったお婆さんしか知らないんですけど…」
「一応この近くに後三人程魔女がいるんだよね」
「なんで一応なんですか?その三人はアスト君の身内ではないんですか?」
「二人はそうなんだけど最後の一人は指揮系統が別の魔女なんだよね」
「指揮系統?」
ラビットはその言葉になんのことかと目を向けた。
「そう。その魔女って魔女の国ワルプルギスから来ている魔女なんだよね」
「へぇー、そんな国があるんですか!つまり外国の魔女の人なんですね!・うん?でもそれで何が危険なんですか?」
「あー、ぶっちゃけワルプルギスの魔女って人間嫌いなんだよね」
「えっ!?」
「信仰している神様の関係で殺意というか敵意増し増しでね。下手な関わり方をすると百パーセント不幸になる感じ?だから氷の結晶の飾りを帽子に付けた魔女には関わらないようにね」
「氷の結晶ですか?」
「うん。カボチャとリンゴの飾りを付けた魔女の老婆ならまだセーフだから間違わないようにね」
「ちなみにその氷?の魔女の人の専門はなんなんでしょう?」
昨日会ったお婆さんの方は調薬とキノコとか言っていたし、このお菓子の家のお婆さんは製菓とカボチャだったはず。
氷が職業か専門かはわからないけれど、確実にもう一つ何かがあるはずだとラビットは思った。
「それは…」
「いっ!?」
アストがその質問に答えると、ラビットは絶対にその魔女の人とは関わらないようにしようと心に決めた。




