※狼と兎 そして生えたもの
「ですけど、なんでそんな対策までしてたのに今話したんですか?フレイク君はまったく気づいていなかったから言わなきゃバレなかったのに?」
「確かにそうだよな。なんでなんだ?」
「それはもちろん、言うことで利益が発生するからさ」
「「利益?」」
二人が疑問符を浮かべていると、アストはおもむろにに右腕を上げて指を立てて二人に見せた。
「「?」」
「スリー」
「「!?」」
二人がなんだと思っていると、アストは三つ立てていた指を一つ曲げた。するとフレイク達の足元の地面が水鏡に変じた。
「トゥー」
「「えっ!?」」
そしてアストはさらに指を一つ曲げた。すると今度は水鏡に映っていた二人の影が歪んでフレイクやラビットとはまったく違うものに変わった。
「ワン」
「何が…!?」「えっ、えっ!?」
二人が変わった自分達の影。赤と白の影に目をやっている間にアストは最後に立てていた指を曲げた。すると今度はフレイクとラビットの身体自体が白い光を帯出した。
「さぁ、移ろえ。白昼の夢。泡沫の現実。虚構は一時のみ真実となる。フレイク達よ!動物になーれー!!」
ボフンッ!!
「「わっ!?」」
最後にアストが上げていた手を横に振ると、軽い音と共に白い煙がフレイク達を中心に発生し、二人の姿をつかの間の間隠した。
「なっ!なんだこれ!?」「なっ!なんですかこれ!?」
やがて白い煙は大気に溶けるように消失し、フレイク達の居た場所には二人ではなく赤と白の動物の姿のみが存在していた。
「俺、狼になってるのか!?」
「僕は兎ですか!?」
その二匹はフレイクとラビットの声を発しながら自分と隣にいる動物の姿を見た。
フレイクの声を発しているのは赤毛でスラッとしたモフモフの仔狼。
ラビットの声を発しているのは白くてモコモコした小さな赤目の兎。
二人が自分の姿を確認した後に対面にいる相手に確認すると、相手は自分と同時に頷いた。
「二人とも可愛くなったね」
「うおっ!?」「うわっ!?」
アストは混乱している二人に近づくと、それぞれの背後から腕を回して二匹を抱き上げた。
「やっぱり寝ている狼フレイクも可愛いかったけど、起きて動いている狼フレイクも可愛いいね♪」
アストは抱き上げた二匹をしっかり抱え込むと、狼にしたフレイクを撫でた。
何処にそんな筋力があるのかわからないが、アストは小揺るぎもせずに狼フレイクにそんなことをした。
「ワフッ♪」「フレイク君!?」
狼フレイクは嫌がる様子も見せずにアストの手に身を任せ、それを見たラビットは驚いたように二人の間で視線を行き来させた。
「フレイクとは生まれた時からの付き合いだからね。何処をどう触れば不快感がないかもバッチリさ!」
「そういう問題ですか!というかなんで僕まで兎にされたんです!?まさか僕までフレイク君みたいに撫でるつもりですか!?」
「まさか!フレイク以外を撫でても楽しくないよ。君も一緒に変えたのはさっき言った言葉を守っただけだよ」
「さっき?」
「魔法使いじゃないとわからないみたいだから後で体験してもらうって言っておいたでしょ?」
「ええっと…。あっ!確かに言ってましたね」
ラビットは少し前のアストの発言を思い返し、確かに言っていたのを思い出した。アストの予想外の告白でラビットはそのことをすっかり忘れてしまっていた。
「せっかくだから例にしていた動物の姿をチョイスしてみた」
「それで兎なんですか?」
「白い髪と赤目。ついでに逃げ足の早さから真っ先に兎をイメージしたからな」
「あのー、これってちゃんと戻れるんですよね?」
「もちろん。とりあえず僕が解除すれば解けるし、本人が望んでも解けるようにしてある。君の方は…」
「僕の方は?・ならフレイク君の方は?」
「そっちは自力解除が出来るようには設定していない」
「「えっ!?」」
アストのこの発言には話しに参加していなかったフレイクも思わずラビットと一緒に声を上げてしまった。
「フレイクはこのままお持ち帰りしてモフモフするからね♪」
「「いやいや、お持ち帰りって…」」
「なんだか街の方が面倒そうだからね。フレイクが余計なことに首を突っ込む前に捕獲しておかないとね。君はこれからどうする?その姿なら簡単にあの門を抜けられるよ」
「えっ?いえ、あの、自分で戻れるとしてもこの姿で放されるのは困るんですけど…」
「ふむ。確か今日こっちに来たんだったっけ。もう宿とか下宿先は見つけてるの?」
「いえ、来てすぐに冒険者ギルドに登録して出てきたので…。そもそも宿代を稼ぐ為に依頼を請けたので…」
「初心者冒険者の典型的な自転車運転だね。でも宿無しならまあ良いか」
「「自転車運転?」宿無しなら良い?」
アストが何を良いと言っているのか二人にはわからなかった。
「友人とのお泊まり会というのも良いだろう。フレイクの為に君もお持ち帰りする」
「「えっ!?」」
アストのお持ち帰り宣言に二人が驚いている中、アストは門を覗く為に出していた水鏡などを片付けて門とはそれた方向に歩き出した。
するり。
アスト達が去った後、アストが立っていた場所から無数の蔓や葉が生い茂り出した。それはある程度広がると広がるのを止めた。その後蔓には幾つもの黄色い花が咲き、複数の緑色の実を結んだ。そしてそれらの実は本来ならありえない早さで大きく育ち、やがて緑色の実は熟してきれいなオレンジ色に変わった。
そのオレンジ色に変わった実は何処からどう見てもカボチャであった。
「トリックオアトリート!」
「トリックオアトリート!」
そして何処からともなくトリートオアトリートという言葉が聞こえてくると、熟れたカボチャの表面に亀裂が入った。入った亀裂は横に広がっていき、やがてそれは目と口となった。そして内側から橙色の光が漏れだし、カボチャも出来上がった口からトリックオアトリートと鳴き声を上げると横から蝙蝠の羽根を生やして一斉に街の方の空へと飛んで行ってしまった。
後には枯れ果てた蔓や葉の残骸だけが残された。
いや、残された枯れ葉が僅かに動いた。
最初は一つ。次いで二つ。次々と枯れ葉が下から押されるように音をたてながら揺れ始めた。
そして全ての枯れ葉が一斉に揺れた後に吹き飛び、枯れ葉を揺らしていたものの正体が白昼にされされた。
その正体は無数のキノコだった。
キノコは枯れ葉を吹き飛ばした後も成長を続け、やがて子供の頭くらいのサイズにまで成長すると根元から足を生やして街の外壁に沿うように歩き出した。
そしてある程度の間隔を空けて立ち止まるとそこに身体を落として根付いていった。
このことは、まだ誰も知らない。




