※帰路
「それでどうするの?」
「・・・」
アストに説明されたフレイクは譲っても少年の為にならないどころか害になることを理解した。しかし自分が最初に横取りがどうのと言いだした手前、じゃあ直ぐに貰おうとは言いだしづらかった。
「言いだしづらいの?なら報酬として貰う?」
「「報酬?」」
フレイクと少年はどういうことだろうと思った。
「そう。鎧イノシシから助けた報酬としてでも良いし、これから彼を助ける報酬としてでも良い。どうせこのまま彼を放っては置けないんでしょ?」
「いや、まあ、うん。さっきアストの言っていたとおりここで別れたら助け損になりそうだよな?」
「フレイクが助けて満足なら別に助け損ではないよ。まぁ、この森の魔物のことよく知らなかった彼が無事に帰れるかは知らないけど」
「・・・」
アストがそう指摘すると少年は顔を青ざめさせた。どうやら少年の方も無事に帰れるとは思えないようだ。
「それなら後者だな。死にそうなのにここで別れるのは夢見が悪くなりそうだ。それにもう帰るのならついでに送るくらいはたいした手間じゃないだろ?」
「うん、帰る時に戦闘が発生してもそれは当たり前だからね。まあ、だけどその辺の対策をしておくのも冒険者の押さえておくポイントなんだけどね」
「「押さえておくポイント?」」
「そう、冒険者ならやっておくべきこと。さっきは助けを呼ぶことで起きることや、事前に魔物の情報を集めておくことの大切さ。それと魔物なんかを倒した後のことを指摘したよね?」
「ああ」「はい」
アストの確認に二人は頷いた。
「冒険者にとって倒しに行く魔物の情報やそれを運搬する為の準備は必須。だけど必須なのはそれだけじゃない。さっきも指摘したけど倒した獲物を肉食獣なんかに横取りされたら本末転倒でしょ?それに討伐依頼の魔物が森の奥にいる奴なら?そこに行くまでに遭遇した魔物と延々戦い、帰りも延々と戦うの?そんなの武器や体力。回復薬や他の物資ももつわけないじゃん」
「まあ、言われてみるとそうだよな」
「だから冒険者は狙い以外の魔物と極力戦わないようにする必要がある。隠蔽とか気配遮断なんてスキルを持っていない一般冒険者が取る対策としては、斥候を放って事前に魔物を発見。魔物の動きを予想して遭遇を回避する。あるいは魔物避けの香なんかを焚いて魔物の方に自分達を忌避してもらうなんてのがあげられるね」
「「なるほど!」」
「うん?」
「どうかしたの?」
「いや、そう説明されてみると俺達って、今まで目当ての魔物以外とあまり遭遇したことがなかったな、って」
「ああ。こうして説明しているのに僕がその重要性を理解していないわけないじゃん。いつもきっちり索敵して、フレイクが気づく前に片付けてたんだよ」
「・・・そうか」
長い付き合いなのにアストがそんなことをしてくれていたことに今まで気づくことがなくて、フレイクは結構ショックを受けた。
というか、冒険者になりたがっていた自分の方が冒険者についてろくに理解していなくてフレイクは凹んだ。
「気にすることはないよ。僕達の敵を僕が率先して片付けていただけなんだから。それにそのことを気にしてくれるだけでとても嬉しいよ。これが戦闘力が全て系の冒険者達とかだと敵を事前に発見してくれる斥候や解体や荷運びをするサポーターなんかを蔑ろにしたり見下すんだよね」
「あー、わかります。僕も今日冒険者になったばかりですけど、見た目がひ弱なせいでパーティーを組んでもらえませんでしたから」
「それで一人だったのか」
「はい」
少年は背丈がフレイクよりも低く、線も細くてアストよりは多少はましだがそれでも華奢だ。武器もフレイクの持っているような片手剣ではなく、リーチの短いナイフ。
逃げ足の早さも加味すると少年は完全に斥候職に見える。
これではアストの言う戦闘力が全ての脳筋冒険者達が相手にしないのもわかるとフレイクは思った。
「まぁ、そういう冒険者は早死にするね。君と同じで」
「うっ!」
「魔物を調べずに無策で死ぬか、自分達の力を過信して蛮勇で死ぬか。どちらにしろ早死にする冒険者の典型的なパターンだ。せっかくフレイクが助けたんだから、帰ったら少しは勉強して冒険をすることをオススメするよ」
「・・・はい」
少年は肩を落としながら帰ったらちゃんと勉強をしようと思った。
「じゃあ最後に確認。君は僕達に鎧イノシシを報酬として払うことを条件に帰路を護衛してもらう。それで良いね?」
「はい。ご迷惑をおかけします」
少年に異存はなかった。行きは運良く魔物達と遭遇しなかったが、アストに説明されたことで自分がどれだけ危ない橋を渡っていたのか理解したからだ。とてもではないが、一人で無事に帰れる気が今はしていなかった。
「それじゃあ行こうぜ!」
「ストップ!報酬を回収してからね」
フレイクは二人のやり取りを見た後、早速街に向かって歩き出そうとした。しかしそれにアストが待ったをかけた。
アストは鎧イノシシの亡骸に近づくと、それに向かって手を翳した。するとアストの手と鎧イノシシの下の地面に魔方陣が浮かび上がり、鎧イノシシの巨体はその魔方陣に沈み込んで消えていった。
「回収完了!」
「えっ!えっ!?今の何なんですか!?」
見慣れているフレイクはともかく、その光景を初めて見た少年は目を白黒させて唖然とした。
「ひ、み、つ。冒険者同士でも自分の手の内は明かさないものだよ。請けている依頼によっては同じ冒険者が敵になる場合があるからね」
「えっと、・はい」
アストの目が怪しく光ったので少年は口をつぐんだ。
「じゃああらためて出発!」
フレイクの号令で三人は今度こそ帰路についた。
「そういえばアスト」
「何?」
「お前ってどうやって魔物を見つけたり始末したりしていたんだ?言い訳みたいになるが、俺はお前が移動中にとくに何かをしてるところを見たことないんだが…。やっぱり魔法でやってたのか?」
森の中を歩きながら、フレイクは疑問に思ったことをアストに尋ねた。
「そうだよ。こう、球状に索敵の為の網を魔法で張って、それに反応があった場所に遠隔で魔法をぶちこんでたんだ」
「へぇー、そうなのか」
「でも全部を全部始末してたわけじゃないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。魔物の生活圏でそんなことをやり続けると切りがないからね。だから魔物避けなんかも併用しているよ」
「魔物避けか。どんなのを使ってるんだ?」
「そうだね?これとかこれなんかだね」
アストはローブの裾に手を突っ込むと、そこから青白い氷を思わせる鈴と革袋を取り出してフレイクに見せた。
「鈴と革袋か。鈴の方は音がしないな。袋の方は何が入ってるんだ?」
フレイクは二つを見たが、鈴の方は風に揺れているのに音が鳴ることはなかった。
「鈴の方は魔物やモンスターにしか聴こえない嫌な音を出してるんだよ。袋の中身はあるモンスターの鱗だよ。魔物達にもランクがあるからね。強い魔物なんかの臭いが付いている物を持っていると向こうから逃げていくんだよ」
「へぇー、なるほどな」
フレイクはそういうものなのだと納得がいき、視線を前に戻した。
逆に少年の方はアストが持っている二つを凝視していた。
どうやらそういうのを自分も手に入れたいと思っているようだ。




