※譲る?譲らない?
「大丈夫か?」
「・すみません、助かりました」
フレイクとアストが近づくと、少年は息を整えて礼を二人にい言った。しかしようやく鎧イノシシに追いかけられる恐怖から解放されたせいか少年はへたりこんで立てないらしく、座ったまま二人を見上げる形でのお礼となった。
「にしてもよく生きてたね」
「うん?それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だけど?さっきも言ったけど鎧イノシシはスキルを併用した突進が得意で、直線移動が早いんだ。しかも魔力で毛を強化しているからそこらにある木くらいなら簡単に粉砕出来る。だから横方向に回避しないとたいていの場合撥ね飛ばされてお陀仏なんだよね。けど…」
アストは視線を少年から外し、少年が逃げて来た方向を見た。するとそこには木々がほとんど一直線に倒されており、遠くまで道のようになっていた。
「この様子だとずっと真っ直ぐ逃げていたみたいだね。よく五体満足で逃げ続けられたものだよ。移動関係のスキルでも持っているのか、ただたんに足が早いのか…」
「たしかにあの突進から逃げ続けたのはすごいな!」
アストの言葉にフレイクも同意した。直接戦っただけに鎧イノシシの突進の怖さを実感していたからだ。
「へへっ」
二人の言葉を聞いた少年は照れたように頬を掻いた。
「だけど逃げ足以外はダメダメなんだよね」
「「えっ!?」」
「だって横方向に逃げたりしていたら今頃は普通に逃げ切れてたでしょ?鎧イノシシが得意な直線で追いつかれなかったんだから」
「「あっ!?」」
「それにそうしなかったってことは、魔の森に入って来たくせに生息している魔物のことをろくに調べていなかったってことでしょ?別に鎧イノシシは珍しい魔物ってわけじゃないんだし」
「・・・」
アストにダメ出しされた少年は言われたことが事実なのでしょげて俯いた。
「冒険者の仕事って、雑用依頼以外は基本的に命のやり取りが発生するものなんだよ。魔物が徘徊する地でものを採る採取依頼。直接魔物やモンスターと戦う討伐依頼。人を魔物や山賊などから守る護衛依頼。それなのに生息している魔物の情報を集めないなんて冒険者失格だよ。というか、早死にする冒険者の典型的なパターンだよ」
「・・・」
「おいおいアスト、何もそこまで言わなくても…」
「フレイク、残念だけど僕達にはちゃんと言う権利があるんだよ。そしてもしもフレイクが冒険者だったら、義務も発生しただろうね」
「権利と義務?」
「冒険者の原則は自己責任。自分から危険を冒しに行くんだから当たり前だよね。だけど今回の場合、彼は他人にも危険を与えようとした。もしも助けに来たのが同じ無知な冒険者だったら?その冒険者にそこの彼ほどの逃げ足がなかったら?その冒険者は鎧イノシシの餌食になっただろうね。その内に彼は逃げられるかもしれないけど、結果的に囮にされた冒険者は死ぬことになる。こういう擦り付けは冒険者の間でご法度だよ」
「そんな!僕にそんなつもりは…」
「そんなつもりはなくてもこの場合は結果が全てだね。フレイクも僕の助言がなければ死なないまでも大怪我を負った可能性はあった。だから僕達には文句を言う権利がある。そして同じ冒険者ならそれを注意する義務も」
「それが冒険者の義務…」
「そう。同じ冒険者の不始末は同じ冒険者に風評被害をもたらすからね。ちゃんと教育しないと。まぁ、冒険者は入れ替わりが激しくてその辺をろくに理解していないのが多いんだけどね」
アストはやれやれと首を振った。
「さて、もうこの話しはおしまい!偶然とはいえ鎧イノシシを仕留められたことは行幸だったね。こいつを持って帰れば僕達の今日の目的は達成だよ」
「いやいや、そいつを持って帰るのか!それって横取りにならないか?」
フレイクはちらっと少年を見ながらアストに確認した。
「へぇー、冒険者の実態は知らないのに横取りなんて業界用語は知ってるんだ。だけど問題はないよ。冒険者の横取り案件は冒険者間でしか発生しない。冒険者じゃない僕達には関係ないね。というか、冒険者が民間人に助けられるなんてとんだ笑い話じゃん。まともな神経してたら横取りうんぬんは言えないよ。て言うか、彼は逃げてフレイクが仕留めたんじゃん。当然その鎧イノシシの所有権はフレイクにあるよ」
「あー…」
「・・・」
フレイクは再び少年を見るが、少年の方は俯いていてフレイクと目が合わなかった。
「所有権を放棄して彼に鎧イノシシを譲る?僕はそれでも構わないけどあまり意味はないよ。というか、それって彼のプライドを傷つけない?」
「あっ!」
「助けてもらった上に獲物まで恵んでもらう。冒険者として立つ瀬ないよね。よほど厚かましくないと下手すると泣くよ、それ」
「あー、悪い」
「いえ…」
フレイクが気まずそうに謝ると、少年も気まずい顔をした。
「その謝ることも彼のプライドを傷つけてると思うよ」
「えっ!?あっ!」
「・・・」
「これ以上誤爆するつもりがないならフレイクはもう黙ってようね。それでどうするの?譲る?」
「いや、お前今こいつのプライドどうこう言ったばかりじゃ…」
「そんなものは僕的にはどうでもいいし。僕はフレイクのやりたいことを問題のない範囲でやれればそれで良いんだよ。で、どうするの?」
「・・さっき譲っても意味がないって言ってたよな?それはどういう意味なんだ?」
フレイクはアストの言葉に少し考えた後、アストの発言で引っ掛かりを覚えた部分のことを確認した。
「意味?そのままだよ。彼は鎧イノシシを譲られてもろくに活用出来ないからね」
「「?」」
アストの答えにフレイクだけでなく少年も首を傾げた。
「わからない?なら解説してあげる。冒険者ギルドの討伐依頼において、鎧イノシシはかなり美味しい獲物なんだ。なんせそのお肉は普通に食べられるし、内臓の類いは薬の材料にもなる。毛皮は冒険者の防具に加工出来るし、牙も武器に転用出来る。倒せば捨てる部分のない、全身がお金に出来る魔物ってことなんだ。他の倒しても剥ぎ取れる物がない、または一部しか活用することの出来ない魔物に比べて利益率が段違いなのは簡単に想像がつくでしょ?」
「まぁ、聞いているとそうなんだろうな」
「たしかにまるごとお金に出来るのなら他よりも儲かりますよね」
「うんうん。だけどそれはまるごと持ち帰れたらの話し。鎧イノシシは見たとおりの巨体だ。これを全部持ち帰ろうとするなら荷車の類いが必須だね。だけど彼にその類いの手持ちはない」
「「あー」」
二人は人を撥ね飛ばせるだけの体躯をした鎧イノシシを見て、たしかにと思った。
「この時点で彼が鎧イノシシを全部持ち帰る選択肢は消えた。なら一部を切り取って持ち帰る?解体技術はもしかしたら持ってるかもしれないけど、鎧イノシシのことを知らなかったいじょう、どこが高値で売れるとか知らないでしょう?」
「ううー、はい、知りません」
「それに彼にとって血肉を持ち帰るなんて自殺行為だよ。助け損にしかならなくなるよ」
「自殺行為?」「助け損?それはどういうことだ?」
「フレイク、もう少し頭を使った方が良いよ。少し考えればわかると思うんだけど…。生肉なんて持ち歩いていたら臭いに誘われた肉食獣や肉食系の魔物が寄って来るに決まってるじゃん」
「「あっ!」」
「それで彼は襲われてイノシシ肉と一緒に食べられて腹の中。彼はバットエンドで僕達は助け損ってわけ。ねっ、譲っても意味がないでしょ?」
「「・・・」」
アストの説明に二人はただただ納得がいって頷くしかなかった。




