※アストとフレイク
魔の森 ストーリア聖国近郊
複数の国々に隣接する魔の森。その魔の森のストーリア聖国近郊にはお菓子で出来た一軒家が存在していた。そしてそこには数人の魔女と、二人の少年が暮らしている。
「アストや、無事に繋がれたかい?」
「うん、お婆ちゃん。問題無く向こうにいる俺と繋がったよ」
今そのお菓子の家の中でキノコ飾りの付いたとんがり帽子に黒ローブの魔女の老婆と、青い髪の少年があることについて話していた。
「そうかい。この国に根を張って二十年。ようやく私達の目的を果たせるわけだね」
「それは違うよ、お婆ちゃん。僕達の目的は孤児になって虐げられるはずだったフレイクを守り育てることなんだから。目的は今も果たされ続けているんだよ」
「・・・そうだったねぇ。私達の方はどうしても怒りの方に引きずられやすくていけないねぇ。それで、これからどうするんだい?」
「アリアがこっちに来るから迎えた後は時間待ちだね。とりあえず知っている時間帯が終わるまではそれに沿うように動く」
「それが終われば?」
「向こう側と完全に合流する。だけどまあ、僕は俺だし、お婆ちゃん達もピースメイカーなんだ。あまり今と変わるわけがない」
「わかったよ。それじゃあしばらくの間は店を続けようかねぇ」
「うん。せっかく馴染んでるんだからね。それに他の僕の都合もあるしね」
アストはそう言って話しを終えると、お菓子の家を出て聖都に向かった。
アストが向かったのは聖都の外縁。魔の森に隣接している外壁のもっとも魔の森側にある建物。多くの国々で魔女工房と呼称されている魔女達が一族経営している店である。
アストは魔女工房の扉を潜ると、店の中にある複数のテーブル。その一つについている赤毛の少年に近づいた。
「フレイク、こっちの用は終わったよ。今日は何処に行く?」
「おおっ、アスト!これなんて良いんじゃないかって思うんだけどさ、どう思う?」
「ふむ。鎧イノシシか」
アストはフレイクから一枚の紙を受け取ると、書かれている内容を確認した。
そこには今欲している魔物という題の後に鎧イノシシの名前。その下に鎧イノシシの絵と欲しい部位について。末尾に交換レートについて記載されていた。
書かれている交換先は金銭や薬。魔法薬や魔法道具など多岐に渡っていた。
「良いんじゃないかな。お婆ちゃん達が欲しいのは皮や臓物の方だから、お肉は食卓に並べれば良いし」
「なら決まりだな!」
アストが紙を返すと、フレイクはそれを持って店のカウンターに向かった。
「婆ちゃん!今日はこれにすることにした!」
「はいよ。鎧イノシシだね」
そしてフレイクがカウンターにいたカボチャ飾りの付いたとんがり帽子の恰幅のいい魔女の老婆に紙を渡すと、老婆はその紙に複数の数字の書かれたスタンプを押してフレイクに返した。
「これでこの依頼のレートは固定された。期限は一週間。それまでに持ち込めない場合はちゃんと請け直すんだよ」
「わかってるよ婆ちゃん!今日中に採ってくるから大丈夫だよ」
フレイクは老婆に元気よく頷くと、アストのもとに戻った。
「それじゃあ、行こうぜ!」
「うん」
アストは頷くと、フレイクの後ろに付いて店をあとにした。
「それで、今日はどの辺まで行くの?今は魔の森に対して警戒令が出てるから、あまり奥までは行けないよ?」
「そういえばそんなことを誰かが言ってたっけな。けどなんでそんなことになったんだ?」
「なんでもガーリー王国の方で強力なモンスターが猛威を奮っているらしいよ」
「ガーリー王国?そんな森向こうのことで警戒令?が出てるのか?」
「みたいだよ。神殿の方で重傷なのが二人出るって占いに出て、昨日お婆ちゃんに頼まれて薬を神殿に届けにいったし」
「あの婆ちゃんが!?」
フレイクはアストのお婆ちゃんの部分にいたく驚いた。
身内のフレイクにとって、それはありえないことだったからだ。
「ローザ姉なんかも驚いてたけど、フレイクも驚くんだ」
「当たり前だろ!婆ちゃん達は働かざる者食うべからずを地で行く人達だぞ!」
「そうだね。魔女の力は強い。だから大抵のことはなんでも出来る。だけどだからこそその力を他人に対して無制限に使うわけにはいかない。あまねくもの全てを助けることなんて不可能だからね。だから魔女は自分達が力を貸す時には釣り合う対価を求める。もっとも、普通の人達にはその等価に納得がいかないことが多いらしいけど」
「そりゃあ、な。ずっと間近で見てきた俺でも微妙に思う時があるんだしな」
「だろうね。だけど価値というものは人それぞれで違う。誰かの愛しい人は誰かの憎い相手であり、誰かにとって大切な思い出の品はそれ以外の人にとってはガラクタだ。貧者にとっての金貨一枚と、富者にとっての金貨一枚は等価になりえない。命を繋ぐ一枚と、多数ある内の一枚では価値が釣り合わない。働き者が得る金貨一枚と非労働者が得る一枚も価値は釣り合わない。なぜなら労働という得るまでの過程の重さが釣り合わないから。結局価値なんて人が個人個人で設定するもんなんだよね。だって、価値なんてものを設定するのは難しく考える知性のある存在だけなんだから」
「個人個人で設定するもの?じゃあ、婆ちゃん達はどうやって対価を決めているんだ?」
フレイクは今まで深く聞かなかったことをアストに尋ねた。
「魔女の求める対価っていうのは、相手に損も得もさせないもののことだよ」
「損も得もさせない?それってどういう意味なんだ?」
「そのままの意味だよ。魔女は人を利さないし害さない。人の敵ではないが味方でもない。だから人に利益も損害も与えない。さっきも言ったけど魔女は力が強い。だから無制限に人を救わない。切りがないし、同じ助けたでも人によって感じること、思うことは違うからね」
「例えば?」
「そうだねぇ?例えば、助けてくれてありがとうとなんでもっと早く助けてくれなかったんだ、とか。人の性格や状況でいくらでも変わるものを相手にするのはねぇ。よほどの聖人君子かそれこそ沈黙しているお二方でもないかぎり無理だよ」
「沈黙しているお二方?誰のことだ?神様か?」
「違うよ。神様に万人は救えない。救えるのなら孤児や貧者が存在しているわけがない。それらの存在が神様の万能を否定している。僕の言っているお二方は魔女と仙人が信仰している存在。この世界を創造された夫婦。万物を生み出した原初の海と、海より最初に出でて環境とあまねく生命を生み出した母なる星樹。そのお二方のことだよ」
「へぇー、婆ちゃん達ってそんなのを信仰してたのか」
「そうだよ」
フレイクが感心したような声をあげると、アストは優しげな目でフレイクを見た。




