第21話『混浴』(2)
脱衣場で服を脱ぎ、深呼吸をして、木製の扉をゆっくりと開ける。
「……あれ?」
誰もいなかった――というか、シャワーしかなかった。
辺りを見渡すと、奥にもう一つの扉があった。
「洗う場所は別ってことか……よかった、よかった。」
ここではタオルを巻いてたら洗えないしな。
身体を洗い終わった俺は、再び深呼吸をして、扉を開けた。
白い湯気が立ちこめ、岩造りの湯船の輪郭がぼんやりと浮かんでいた。湯面には灯籠の明かりが映り、かすかに硫黄の香りが鼻をくすぐる。
「あいつらは……いないな。」
リラックスして入浴できるのはここまでになるだろうし、今のうちに堪能させてもらうことにしよう。
「はあ……」
肩まで湯に沈む。体中がじんわりとほどけていく。
戦いの緊張も、旅の疲れも、全部この湯に溶けていくようだ。
日本の温泉とは違うけど、どこか懐かしい――そんな感覚があった。
ふと、空を見る――と、黒い瓶のような影が飛び込んできた。
「え……?」
これ……酒瓶じゃないか!?
隣のどんちゃん騒ぎの余波か何かか? ……危ないな。
「一番風呂は私のものよ!」
扉が勢いよく開くとともに、聞き慣れた"あの"やかましいやつの声が響いた。
――さよなら、俺の平穏。
「レイ、走ったら転びますよ? ……て、あれ? もう誰かいません?」
「あ、本当だ。誰だろ……」
「私は転ばないわ! なんといっても、私は――女神なのだから!」
「……いや、ここにいるのが、俺じゃなかったら、軽いホラーだろ。」
湯気で形しか見えない三つの影は、こちらへと向かってくる。
「一番風呂は盗まれたけど――湯加減はどうかしら!」
「別に盗んではねえよ。――ま、悪くはない……かな。」
レイが髪を下ろしてるの珍しいな……いつもは結んでるのに。
――て、あれ? 俺、何見惚れてるんだ?
コイツはあのポンコツおバカ女神だぞ?
髪を下ろして、肩に髪をかけるその姿は――やけに美しく見えた。
「なーに、人のことジロジロ見てるんでーすかっ!」
ルミネルが俺にお湯をかけてきた。
「ルミネル……よくもやってくれたな――て、お前は髪結んでるのか。」
「はい、長いので下ろしてると、お湯に入ってしまいそうなので……もしかして――変、ですか?」
「い、いいや! そんなことはないけど……」
「ないけど……?」
「ないけど……あれだ! 見慣れてないからだ! そう、そういうことだ!」
「……ふふっ、顔、赤いですよ?」
「温泉のせいってことで……」
「ちょっとお二人さん! 僕のこと忘れてないかな!?」
「わ、忘れてませんよ!? で、ですよね? タイガ!」
「も、もちろん忘れてないぞ!」
――ごめん、本当は一瞬忘れてた。
「それじゃあ、行くわよーーーっ!」
「――は? お、おい、ちょっと、ちょっと待て!」
レイがこちらへと爆走してくる。
「おい待てレイ! お風呂では走らないでくださいねええっ!?」
バシャァンッ!
レイの豪快な着水音が温泉全体に響き渡った。
「ぷはあああっ! 極楽かな、極楽かな!」
「お、お前! 入るなら、もっと静かに入れよ!」
「いいじゃない! 細かいことは――ぜーんぶっ、お湯で流しましょ!」
「はあ……」
「――ねっ?」
湯気が揺れて、彼女の笑みがぼやけた。
その向こうで、俺の心臓だけがやけに騒がしかった。
……そろそろ――上がろうかな。




