異世界を救った元勇者は、最終学歴中退で今日も就職活動を続けているようです
世界を救った勇者、地球に帰った勇者は、はたしてどんな生活を送るのか? 手に入れたチートを活かす? まったく別の生き方を探す?
これはアラサー元勇者が新しい人生を歩み始めたその軌跡。
世界を救った。
英雄の誕生である。
苦節十五年、十四歳の世間を知らない中学生のときに異世界に召喚されて。
日々繰り広げられる戦いに月日を忘れ、気づけば二十九歳になっていた。
三十手前のオッサンが一人、地球に帰った。
英雄よ、救い手よと褒められ、勲〈いさお〉に謡われるようになったのもいまは良い思い出。
地球に帰った田中芳郎は、世界を救った業績も、地球では何の役にも立たないという悲しい現実に直面していた。
「そっかぁ。俺、死亡した扱いになってたのね」
英雄は 地球に帰れば 戸籍なし。
失踪後七年が経過すると、死んだと見做されてしまうらしい。
田中が異世界に召喚されてしばらくは、捜索も大きく行われ、いっとき騒ぎになったようだった。
家出したのか、あるいは誘拐されたのか、なんらかの事件に巻き込まれたのか。
様々な憶測を呼んだが、まさか異世界に召喚されたとは誰もが予想しなかっただろう。
散々な現状だが、幸いにして父も母も健在だった。
帰ってきて、最初は誰だかしばらく分からない、ということもなく、感動の再会が行われた。
田中芳郎の顔は、かつての面影を十分に残していたから。
十年ぶりに見た顔は二人ともかなり老けて見えた。
弟や妹もなく、夫婦二人で暮らし続けていたのだろう。
きっとショックだったの違いない。
英雄となりながらも帰った理由の大きな部分で、家族と会いたいというものがあった。
だから健在な両親の姿は田中にはとてもありがたいことだった。
家族や役所に長々と説明と手続きを終えて、晴れて田中芳郎は地球人、あらため日本人として暮らすことになった。
二度目は異世界で、三度目は地球で新たな人生の旅立ちだ。
万事これで良し!
めでたしめでたし。
――とならないのが人生だ。
物語ならばエンディングが流れ、幸せに暮らしましたとさ、と終わるところだが、人生は続く。
命尽きるその時まで、人生という物語は終わらない。
そして田中は、自分の認識と世間との違いに圧倒されることになる。
就職活動を始めた。
お金がまったくなかったわけではない。異世界で褒賞として少なくない貴金属をいただいていた。
国宝級の宝石などを現金化すれば、あるいは一生遊んで暮らすこともできただろう。
だが、田中は日々の暮らしに餓えていた。
あたりまえの日々、平穏な繰り返し、かつてあった筈の、過ごせたはずの失われた十年を取り戻したかった。
「それがどうしてコンナコトに」
田中は呻いた。目の前にはお断りの手紙の山。
使い慣れないスマホのメールにも、活躍を祈るメールが何通も届いていた。
就職活動は、悲惨の一言だった。
「またダメだったの?」
「うん……全部落ちた。ヤッパリ喋り方がオカシイからかな」
「仕方ないじゃないのねえ。きっと受け入れてくれるところはあるはずよ」
「だと良いんだけど……。俺もう自信まったくないよ」
これなら魔物倒すほうが簡単だ。
どこかに敵性生物でも生まれてないだろうか。
田中の言葉はたどたどしい。
十年にも渡ってまったく使わなかった日本語は、母国語であっても失われてしまうらしい。
これでも異世界言語には堪能で、古エルフ語、新エルフ語、ドワーフ語、ドラゴニア語などいくつも話すことができるというのに、そのような能力はまったく活かせない。
母親は帰ってきてくれたことが何よりも嬉しいのだと、田中をまったく責めないが、一日も早く社会復帰したくて、焦りが募る。
三十代無職にはなりたくなかった。世間の目が厳しいから。
いくにちか過ぎて。
田中は就職活動を続け、もう何社目かも分からない面接にまでこぎ着けた。
株式に上場するような大手ではないが、吹けば飛ぶ末端中小企業でもない。
父の縁故による紹介先だった。
自分の力だけでハローワークなどに赴いても、学歴で足切りされてしまうため、頼りたくはなかったが、他に手がなかった。
就活生は多かった。シーズンだからだ。
誰もが緊張している、ピリリと張り詰めた空気。
そして長テーブルの向こう側に並ぶ面接官から漂う圧力すらも、田中にはそよ風のように感じる。
世界を救うか、それとも人類が滅びるか、という瀬戸際のプレッシャーに比べれば、まだしも楽だな、とさえ思った。
それに王権社会の王族たちとも関係を持っていた彼にとって、一般人というだけでも胃にかかる負担は優しかった。
とはいえ、その優しいはずの面接に何度も落ちているのだ。気合を入れねばならない。
日本に帰ってから誂えたスーツに身を包み、田中はパイプいすに座って、面接官たちと視線を合わせる。むん、と肚に力を込めた。
目に見えない元勇者の放つ覇気が、気迫が、面接官だけでなく他の就活生を知らない間に萎縮させてしまった。
おどおどと質問する面接官と、もごもごと答える就活生のやり取りを、ああ、緊張しているんだなあ、と微笑ましく見つめながら、田中は自分の番を待つ。
そして質問が来た。
「志望動機について教えてください」
「御社では体を使う労働が多いようなので、私には向いていると思いました。数十キロの荷物を担いだまま極限状態で一週間は歩き続けた経験があります!」
「……す、すごい経験ですね」
「歩きながらの睡眠や火を起こさない食事は摂れましたが、できれば二度としたくないです」
「な、なにかの訓練とか、修行でしょうか」
「いえ、実戦での行軍です」
「…………実戦?」
田中はいいアピールができたな、と思った。
デスクワークはともかく、体を使う仕事ならばなんとかなるはずだ。
身体強化能力を使えば重機にも負けない力が出せるし、短距離なら車よりも早く走れる。
これは間違いなく心をつかんだ!
今度の面接こそ合格間違いなしだと、強い手応えを感じていた。
「つ、次の質問に移りましょうか。履歴書を見るかぎり、中学校を卒業されておらず、その後どこにも就職されていないということですが、これは何故でしょうか?」
毎回この質問がされる。
雇用者側からすれば当然知りたいことだろうが、田中からするとすべてを話すわけにもいかないので、困ってしまう質問だ。
これまで田中は出来るかぎり言葉を濁してきた。
だが、それが良くなかったのかもしれない。
よし、言える範囲で全部言ってしまおう、と思った。
「じつは私が十四歳のとき、国外に拉致されました」
「ら、拉致ですか? それは国際問題になっている北の某国へ?」
「いいえ。まったく別の国です。最初は言葉も通じない状態でしたが、その国のために(勇者として)戦うことになって、最前線で活躍しました」
「(少年兵拉致として)実戦経験があるんですか!?」
面接官たちが目を見開いて驚いていた。
それどころか、横並びになっていた就活生たちも、田中をひどく注視しているのが分かった。
特異な経験があることは誰よりも理解している。
だからこそ、真相を伝えるのは嫌だったのだ。
田中は言いにくそうに表情を歪めた。
「今年になって(魔王を倒すという)国の目標を達成して、ようやく日本に帰ることができたんです」
「それは……大変でしたねえ。苦労したことも多かったでしょう」
「本当に大変でした。だからこそ平和に働きたい、という気持ちで一杯で、今回応募させていただきました」
「大変よく分かりました。落ち着いた生活が送れるようになれば良いですね」
「はい! ありがとうございます!」
素晴らしい、完璧な受け答えだ。
笑みを浮かべて頷く田中は気付かなかった。
この十年以上、特定の仲間と以外は人よりも魔物と顔を合わせ続けていた田中には、人の表情や態度から感情を読む能力がきわめて低下している。
面接官の顔は恐怖に引きつっていた。





