竜殺しの英雄、孫娘に転生して戦姫となる
竜殺しの英雄と呼ばれたケニーは、晩年を愛する妻と娘とともに田舎村で過ごしていた。
ある日漆黒の竜が村を襲い、彼は自らの命と引き換えに村を救ったが、竜は生き長らえて再び村へ舞い戻ってくることは必定だった。
今度こそ漆黒の竜にトドメを刺すべく、孫娘のシエラに転生したケニーは、性別という見えない壁に阻まれてしまう。
一人では決して乗り越えることができないその壁を、新しい仲間とともに成長し、突き崩す。
これは、やがて竜殺しの戦姫と呼ばれる乙女の冒険譚である。
故郷の村から馬車を乗り継いで、目的地のサンドレアへ着いたときには、もう三度目の太陽が地平線へ沈みかけていた。
街の中心部にある冒険者ギルドの入口に立つと、急に懐かしさがこみ上げきた。
「我が同胞たちよ! 我が名はシエラ・ロッジーニ。我が来たからには、これからこの貧乏ギルドも王国一栄えることだろう! ワハハハハ……はうっ!?」
いきなり図体のデカい男に襟首をつかまれ、我の小さな体はヒョイと持ち上げられてしまった。
そこへギルドの若い受付嬢がツカツカと歩いて来て、クイッと顔を寄せてきた。
「ねえキミ、ここは子供の遊び場じゃないのよ?」
「そ、そんなこと分かっておる! それに我はもう子供ではない! 15歳になったのだ! おいこら巨体男、我を離せ!」
手足をバタつかせてもがくと本当に手を離しやがったので、床にギャフンと叩き付けられてしまった。
「ねえシエラ君? お姉さんの目にはどう見てもキミが15歳には思えないのだけれど……」
「う、嘘ではないぞ! 我は先日ようやく冒険者登録できる年齢に達したのだ! さてはお前目が悪いんじゃないのか? ――いひゃいいひゃい!」
受付嬢に頬をビヨーンと引っ張られた。
「他人に物事を頼むときは礼儀が大切なの! それに、冒険者なんて命の危険にさらされる割には収入の少ない因果な商売よ? パパやママにはちゃんと相談したの?」
この娘、完全に我を舐めておるな……
たしかに服装は村人スタイルそのものだし、装備も安物の剣しかないし、およそ冒険者という出で立ちではない自覚はある。
それに15歳の乙女としては標準の背格好も、男として見られると少々頼りなくも見えることもあるだろう。胸の膨らみにサラシを巻いて男になりすましているのだから仕方があるまい。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。しつこく頬を引っ張る手を払いのけ、すっくと立ち上がる。
「我はドラゴンスレイヤーにしてこの街の英雄、ケニー・ロッジーニの孫なるぞ! 見た目で判断すると後で後悔することになるぞ!」
さらに付け加えると、我はその生まれ変わりである。何の因果か、愛する我が娘の腹から産まれた女の子――つまり孫娘に転生してしまったのだが、そのことは言っても信じてはもらえないだろう。
「おいおい竜殺しの英雄の孫だって!?」
「うひゃぁー、マジかー?」
「おい、どんな顔してる? 俺にも見せろ!」
これまで無関心だった男たちが、我先にと集まって来る。
すると受付嬢はとたんに愛想良くなり、にこにこ笑顔で我を案内してくれた。
ふむふむ、見事な手のひら返しだ。そういうの、嫌いではないぞ!
「いやぁー、シエラ様もお人が悪いですぅー。そっかー、シエラ・ロッジーニ……竜殺しの英雄と同じ名だということに気付かなかったお姉さんも悪かったけれど、初めにそう言っていただければぁ……」
受付嬢は、額から汗をタラタラ流しながら、冒険者登録に必要な手続きを始めた。
――人に害を成す竜を退治することは、冒険者として最高に栄誉なこと。前世の我は、何頭もの竜を仕留め、竜殺しの英雄と称えられたのだ。
晩年は愛する妻と田舎で暮らし、一人娘の初孫の顔を見る直前に、村を襲った漆黒の竜と刺し違えてこの世を去ったことは、あまり世間には知られていない。
黒龍の背中には我の剣が刺さったまま、今もどこかかで生き長らえている。いつか再び村を襲いに来ることは必定なのだ――
「シエラ様、どうぞこちらにお手を……」
「うむ」
石盤に手を置くと、古代文字が光となって浮かび上がり、受付嬢がそれをのぞき込む。
ギルド内が静寂に包まれていった。
「……あ、あれ? 俊敏性の能力値は平凡……他の数値はすべて平均以下……ですよ?」
「そ、そんなはずは……」
「いいえ間違いありません。私、目には自信があるんです! キミは冒険者の適性ゼロの、ただの村人よ!」
我は膝から崩れ落ちる。
場は完全にしらけ、男たちは口々に文句を言いながら、元いた場所へ戻っていった。
【冒険者見習い】
床に転がる銅色のプレートに刻まれた文字が、壁の照明を受けてどんよりと浮かんでいる。
15年間この日を待ち望み、ようやく手に入れた冒険者の証は、剣士でもなければ剣闘士でもなく――冒険者見習いだったのだ。これでは満足に仕事にもありつけず、スキルアップを望むべくもなく、竜を倒すどころの騒ぎではない。
「ほら、そこの偽物のキミ! 受付の邪魔だからあっち行ってくれないかな? しっしっ」
受付嬢はとたんに態度を変えてきた。
お、お前なんか大嫌いだ! けれど……こうなったら背に腹は代えられない。
「お、お姉さん! このひ弱なボクでも立派な冒険者になる方法を教えてください!」
愛娘ゆずりのブロンドの髪に、つぶらな瞳。村で一番かわいいと評判だった我が男装姿で、恥もプライドも捨てて懇願した。
「や、やっと素直に言えるようになったわね。いいわ、お姉さんが教えてあ・げ・るっ!」
受付嬢はころっと態度を変えたのだ。
「紹介するわ。この子はシエラ・ロッジーニ君。偉大な竜殺しの英雄と同じ名をもつ15歳の冒険者見習いなの。良かったらキミたちのパーティに入れてくれないかな?」
受付嬢は酒場にいた若い男女の三人組に引き合わせてくれた。
彼らはパーティを組む最低条件の4人目を探しているところだったらしい。
「もちろん歓迎するさ。俺はルイーズ・マッケンローだ。よろしくなシエラ君!」
ルイーズは剣闘士。筋肉を見せびらかすように胸を上下にぴくぴく動かしながら、握手を求めてきた。眉毛が太い顔に白い歯がキラリと光る。まあ、見るからに暑苦しい男だ。
「私はアルデラよ。私たちみんな駆け出し冒険者だけど、一緒に頑張りましょう! おーッ!」
一人で勝手に盛り上がっていくアルデラは回復系の魔道士。神官服を身にまとってはいるが、ダイナマイト級の胸は隠し切れてはいない。
「僕はロニー……です。よ、よろしく……」
最後の一人、青い髪を長く伸ばしたロニーは、魔道士の名家ハーツェンブルクの四男。他の二人とは違って声も態度も小さくて、何だか覇気がない男なのだが、これでもAランク魔道士らしい。金ピカの冒険者カードが眩しいぜ。
そしてルイーズとアルデラの2人も銀色冒険者カードの保持者とくれば、ますます我の立場がない訳だ。しばらくは大人しくついて行くことにする。
▽ ▽ ▽
翌朝、街で必要な装備をそろえてから、パーティは森の奥に新しくできたというダンジョンへ向かっていた。
初心者パーティは街周辺の森でスキルを上げていくのがセオリーなのだが、Aランク魔道士のいるパーティなのだからと、高ランク向けの仕事を受けることになったのだ。
「よーし、俺らの初仕事行くぜぇー!」
ルイーズが先陣を切ってダンジョンの洞窟へ突撃する。
ゴブリンがこん棒で殴りかかってくるが、完全装備のルイーズはそれを次々に弾き飛ばしていく。
彼が取りこぼしたゴブリンは、ロニーの魔法で動きを鈍らせ、そこへすかさず我が剣でとどめを刺していく。
「いいわぁルイーズ! ロニーとシエラちゃんもサイコーよ!」
アルデラの黄色い声援は後ろから飛んでくるが、彼女がかけてくる回復魔法はあまり効いている感じはしない。
「うっしゃー、このまま一気にダンジョンを攻略しちまおうぜー!」
ルイーズが皆を鼓舞した。
確かにここのゴブリンは弱すぎる。駆け出し冒険者がいい気になるのも無理はない。
広い空洞に行き当たると、ゴブリンの群れは潮が引くようにいなくなった。
残された我らの足元には無数に散らばる人間の白骨死体。
洞窟の奥から不気味な声が響く。
そして、キングゴブリンが姿を見せる。
ここは彼らの狩り場だったのだ。
「そ、そんな……ゴブリンに私たちは騙されていたというの?」
アルデラは震える声で言った。
「で、でも俺たちにはロニーがいるぜ!」
「そ、そうね。Aランク魔道士のロニーがいるから、きっと大丈夫だよね!」
ルイーズたちは後ろを振り向く。
すると、突然ロニーは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「ご、ごめんなさい……僕は……本当は初級の魔法しか使えないんだよぉー……」
「「「えっ!?」」」
我らは顔を見合った。
「たぶん……僕がAランクに認定されたのは、固有魔法のせいだと思う……」
固有魔法とは、ごく限られた人間にしかない、生まれ持った魔法のことだ。
「それがとんでもないハズレ魔法で……僕はハーツェンブルク家の面汚しと言われて追い出されて……冒険者になって出世すれば見直してくれると思ってギルドに入ったんだぁー」
子供のようにおいおいと泣きじゃくるロニーを前に、怒るでもなく、呆れるでもなく――同情の目を向けるルイーズとアルデラ。
なんだお前ら……いい奴じゃないか。
「――すまぬが我はこの青年に話があるから、ルイーズとアルデラの二人で少し時間を稼いでくれぬか?」
「何か考えがあるんだな? よし、分かった!」
「シエラちゃん、なんかお爺ちゃんみたい……」
二人は頷き合って、キングゴブリンに向かっていく。





