ナックルボーラー
ある日、イオは寮の自室で悶々としていた。進路について悩んでいるのだ。イオには「女性プロ野球選手」という夢はあったが、しかし内心では無理だろう事も薄々は感じていた。ピッチャーならまだ万分の一の可能性もあるかもしれなかったが、イオはキャッチャー専業であるし、肩が強く脚も速いとは言え、それは女性選手としての範囲でのハナシであり、体力、走力、技術、メンタル、すべての面でプロの男性選手に比べれば足元にも及ばない。そもそも、元から小柄なイオでは、並の中学生男子球児にも太刀打ちできるかどうか怪しい。それに、もし仮にプロ野球選手なれたとしても、それは話題性だけの客寄せパンダ的な存在になるに間違いない。批判と嘲笑の中、すぐに飽きられてしまうに決まっている。
翻って、カリストはどうか。イオが思うに、カリストには天性のピッチングセンスがある。サウスポーのアンダースローから放たれるボールは、球速こそ100km/hに達するかどうかだが(それでも平素のカリストのホエホエした態度から考えれば異次元の球速だ)、何より、途轍もなく制球が良く、しかもストレートと同じモーションと球速で変な動き方をする変化球を放るのだ(恐らくナックルの亜種だとイオは考えている)。もちろん、だからプロで即通用するかと言えば、まったくハナシにはならないだろう。しかし、絶対にムリだとも言えない。カリストこそプロを目指すべき逸材だとイオは思っていた。
ところが、そんな希有な才能を持っていながら、天真爛漫なカリストは野球部の練習になかなか顔を出さない。練習が嫌いだというわけではなく、他にやることがたくさんあって忙しいからとは本人の弁だが、放課後は校内を当て所なくプラプラしているだけである。女子校にも関わらず硬式野球部が存在するアストラル学園に籍を置いたという天啓じみた好機を得たというのに、実に勿体ないことだと、イオは決して厚いとは言い難いムネを密かに痛めてさえいた。
と、ドアがノックされて聞き慣れた間抜けな声がする。
「えへへ~♪ イ~オ~♪」
「……入ってイイわよ」
声を返すとカリストはドアを開けて顔を出し、ニパッと笑顔を見せる。
「どしたのかなっ?」
「別に、どうもしないけど」
少し浮かない表情で佇むイオを気遣いながら、カリストは隣りにペタリと座った。
「で……何か用?」
「えへへ……べつに~♪」
「あんたさ……将来の夢……って何かある?」
訊かれたカリストは少しだけ考えて、笑顔で応えた。
「えと……困ってるヒトのお手伝いするお仕事~♪」
「具体的じゃないし、だいたい、そんなんで生活できるの?」
「んう~?」
さっそく答えに窮した(当然だ)カリストは困ったような笑顔を見せたが、また少し考えてから、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら大声で宣言する。
そいじゃ、イオのお嫁さんになる~♪
「……なんてワケないか……」
「どしたのかなっ?」
「別に、どうもしない……」
「ねぇってば~♪ どしたの~?」
「だから、どうもしないっていってるでしょっ!? もうっ! ……バカぁ……」
これまでもそうだったように、イオの憂悶の日々は、まだまだイヤと言うほど続く。




