37.影のお方は秘密主義?
「ザシュリアー……」
王女宮従業員食堂。お昼の順番が早かったので、人はまばらな食堂で空席を見つけるのは容易だ。今日のランチはなにかなとワクワクしながら席に着くと、すぐ後ろから声をかけられた。王女殿下謹慎三日目のユーリンは、ほとんど溶けていると言っても過言じゃなかった。
「うぇ、ユーリン先輩!? 早く仕事に戻らないと謹慎が増やされますよ?」
わたくしの言葉を無視して、ユーリンはわたくしの侍女服のスカートを掴んで捲るようにして匂いを嗅ぐ。
「王女殿下の気配を少しでも感じたい」
「激しく気持ち悪いです。というか、スカートが捲れているんで離してくれます?」
貴族令嬢にとって足が見えるのは大問題だが、あいにく長らく平民に混じって働いていたわたくしに、そのような羞恥心は少ない。慌てたように目をそらす他の職員たちに申し訳ない程度だ。
「あと一日が長い」
「正確にはあと十数時間じゃないですか? 明日は謹慎明けますよね?」
「明後日の休みが辛い」
「というか本当にそろそろどこか行ってください。お昼食べなきゃいけないんです」
ユーリンを追い返して、昼食を楽しむ。王女宮の職員食堂は本当に美味しい。このためだけに仕事している人もいるんじゃないかと言うくらいだ。
「あ……」
わたくしの顔を見て、声を出して立ち止まった人がいた。
「ん? あぁ! 影の人! 本当に申し訳ございませんでした! わたくしのせいで、影の仕事から抜けることになったんですよね?」
平凡な顔立ちというよりも、印象に残らない。そんな顔の陰の人に謝罪を決める。
「いえ、大丈夫ですよ。元々、そろそろ異動かなという時期だったので」
「異動……?」
影が異動するとは? 王女付き影から国王付きみたいな? 完全に混乱していると、小さく笑って教えてくれた。
「いえ、事務方に異動です。影でも事務仕事を一通り叩き込まれているんですよ。身体を壊しても負担なく働くことができるようにと、王女殿下のお心遣いで」
王女殿下の従者思いには本当に頭がさがる。そう思いながら、取り急ぎ昼食で頼んであったデザートを差し出した。
「どうぞご査収ください」
「これは?」
「えっと、取り急ぎ準備できた謝罪です」
わたくしの言葉に、陰の人が吹き出した。
「ふはっ、君、ザシュリアさんだっけ? 本当に面白いね。面白いとは聞いていたけれど、想像以上だよ」
甘いものがお好きなようで、では遠慮なく、と受け取った。
「そうだ、これから業務で会うことも増えるだろうから、名乗っておくとジュガルドと言います」
ザシュリアです、と言いながらよろしくお願いしますと挨拶を交わす。
「ジュガルド様が抜けても影は問題ないのですか?」
「ん? あの王女殿下の采配だよ? 問題が起こると思う?」
起こると思えません。そう思ってジュガルドと共に昼食の時間を過ごしたのだった。
「ちなみに、王女殿下の優秀さの秘訣って知ってます?」
わたくしのぶっ込んだ問いは、微笑み一つでいなされることとなったし、その後いろいろジュガルドさんや影について聞いてみても全て華麗にスルーされた。
「ザシュリアさん。知りすぎると処分しないといけなくなるから、ね?」
微笑みながらどこからともなくナイフを取り出したジュガルドは、影をやめても影のお方だった。




