36.仕事のおサボりは罰則です
「ザシュリア的には、王女殿下の能力ってなんだと思う?」
王女宮の侍女の仕事は大変だ。しかし、ユーリンと二人業務になると、ついつい無駄話をしてしまうことがある。……といっても内容は王女殿下のことのみだが。
「うーん。天才的なお方な気がしますし、神の愛し子的なスキルをお持ちな気もします。でも、それだけじゃ説明つかないですよね……」
わたくしが顎に手を置いて、うーんと悩むと、ユーリンが口を開いた。
「そうなのよ! 全く見ず知らずのお方の内心や性格まで、おわかりなご様子でしょう? わたくしたちのことは当然にわかっておいでだとしても、お会いしたことのないお方まで? どのような能力を使ったとしても説明がつかないと思わない?」
「神の愛し子のスキルって、予知的なものでしたよね?」
「えぇ。でも、一回しか起こらない奇跡よ? 国の一大事を一つ当てて終わり」
「え、じゃあ、複数の神からの愛し子的な?」
わたくしの言葉に異物を見る視線でユーリンはこちらを見た。
「……唯一の女神アイデンシャルティーネ様がこの世界をお作りになった。神が他にいると言うの?」
こう見えてユーリンは国教であるアイデンシャルティーネ教の敬虔な信者だ。わたくし? 忙しさにかまけて聖典の試験対策用丸暗記しかしていないから、正直言って詳しくない。むしろ、別の国の神々の話も聞き齧っていたから混ざり込んでいる。……ってやばい。殺されそうなほど鋭い視線。話を変えよう。
「あ、はは、あの、ユーリン先輩。先輩は王女殿下のことは信仰していないのですか?」
「もちろんしているわよ。というか、きっと王女殿下は女神アイデンシャルティーネ様の代替者なのよ。女神アイデンシャルティーネ様に変わってこの国を救いにきたお方……きっとそう」
うっとりとした表情を浮かべるユーリンから思わず距離を取ろうとしたところで、後ろにいた人にぶつかった。
「あ、申し訳ございま」
「勤務時間中におしゃべりとは、王女殿下付きの侍女として鍛え直した方がよろしいでしょうか?」
腰に手を当てて仁王立ちする侍女長の無表情の中に、青筋が立っているのが見える。やばい。
「「じ、侍女長!?」」
ユーリンも慌てたように声を裏返している。
「ユーリンは三日間、王女付き業務から外れてもらいます」
「そ、そんな!?」
的確にダメージを与える処分を言い渡すあたり、さすがあの王女殿下の侍女長だ。変なところに感心しながら現実逃避していると、侍女長がわたくしの方を向いて口を開いた。
「ザシュリアは罰として反省文でも書いてもらいましょう。文字を書くのがお嫌いでしょう? もちろん、わたくしの監視下で行いますから、不正は禁止です。夕食後、わたくしの部屋に来るように」
「は、はい」
反省文を書く時間も残業代が出る仕組みを作ってくれた王女殿下に感謝を捧げながら、頭を下げる。ユーリンはもはや抜け殻だ。
「ザシュリアは今から執務室の手伝いに向かうように。ユーリンは裏方業務に回ってもらいます。王女殿下にお持ちするお茶菓子はこのままわたくしが受け取ります」
「は、はい」
わたくしが返事をして慌てて立ち去ろうとすると、ユーリンが手に押していたワゴンから手を離さず、侍女長と争っていた。
「離しなさい。謹慎期間を五日に伸ばされたいの?」
「お願いです! 侍女長! 三日も王女殿下にお会いできないのなら、せめて最後に一目会わせてください〜!」
ユーリンが週休三日の三日が連続することを嫌がる理由は、王女殿下に会えない日を減らしたいからかと納得しながら、わたくしは巻き込まれないように足音を消して角を曲がる。よし、逃げ切れた。……王女殿下の能力の秘密ね……わたくしも侍女長とかエリシアンとかいろんな人に聞き込みをしているが、手応えは全くない。本当にわかるのだろうか。そんなことを思いながら執務室のドアを開く。
「あ、ザシュリア様。お疲れ様です」
異常な量の資料の山を机の上に作り上げたデスラントと出会った。思わず、わたくしは問う。
「え、デスラント? その山はなんですか!? 手伝います!」
慌てて自分の席の椅子を引き、デスラントの山の中からいくつかの書類を抜き取った。予算の承認、外交文章の草案。ジャンルもバラバラでなかなか内容もハードだ。
「あ、それは、」
デスラントが何か言おうとするのを無視して開いた。
「え?」
隅から隅まで完成されている。不備も一通り見たところ見つからないし、完璧と言っていいだろう。
「は?」
わたくしが思わず口をぽかんと開けていると、デスラントが遠慮がちに話しかけてきた。
「それ、一応全て終わった分です」
……自称ね? あくまで自称だけど、それなりに大きな商会の事務をほぼ一人で回していたし、わたくしも事務能力に自信があったし、いや王女殿下の侍女になって一度自信をなくしたんだけどさぁ……。いやでも戦力になってきたと自信もついてきたところなのよ。え、なにこの新人。有能すぎて人間じゃなくてエルフか何か?
「……参考までに、もしかしてと思うけど、これが一日分の業務?」
「えぇ、まぁ……午前中の分ですかね?」
大きなため息が出た。仕方なくない? この山を午前中で終わらせる? 何者?
「僕、エスラニアでいろんな仕事を押し付けられていたので、要領がよくなったんです」
ふぅん? 喧嘩を売っているわけだな? 乗ろうじゃないの!
数少ない魔術師の真似をしようとして、エリシアンに頭を軽く書類で叩かれた。
「侍女長から聞いているぞ? ザシュリアはデスラントに喧嘩を売ろうとしてないで、早く仕事に入る!」
「はぁい」
喧嘩を売ったのはわたくしではない。遺憾だ。




