34.裏切りの応酬
「デスラント? それをどこに持ち出すのですか?」
結局デスラントから目を離すことなく業務を続けた。真面目なデスラントは、業務時間外に忍び込んで資料を盗み出すような真似をせず、わたくしの目を必死に掻い潜って資料を持ち出そうとしていた。あまりにわかりやすい態度に、わたくしは気がついていないふりをしながらデスラントが決定的な行動に移すのを待っていた。
「いや、それはその……」
「言い訳は結構です。で、それをエスラニアに送るつもりで? 一体どうやって?」
「……この国に忍び込んでいる影と待ち合わせをしていたのです」
どうせ王女殿下に偽情報を掴まされている影だろうが、そんなものを放っておくことはできない。デスラントから奪い取った資料は片付け、偽資料の束を掴み取る。非常用にと王女殿下から賜っていた魔術具を片手に、デスラントに問う。
「どこでですか? 案内なさい」
「あ、危ないですよ?」
動揺しながらもついてくるデスラントに案内をさせる。王宮から出てすぐの裏道。そこに入ると、風貌が怪しい男性が数人いた。
「おい、デスラント。そいつは誰だ?」
「えーと、王宮の……」
嘘のつけないデスラントの腹に肘を打ち込み、わたくしが代わりに答える。
「王宮で洗濯メイドをしている、デスくんの彼女でぇす! 今日わぁ、デスくんが浮気していないか心配でついてきましたぁ! お兄さんたち、デスくんの友達ぃ?」
侍女らしくない話しぶりにデスラントが動揺しているのが伝わる。デスラントの腕にできる限りしなだれかかるようにしがみつくと、影たちが笑い声を上げる。
「あのデスラントに彼女ねぇ」
「お嬢ちゃん、目が悪いんじゃない? もっといい男いるのに、これって」
がははと笑う影たちの目を盗んで魔術具を起動させようとしたところ、突然目の前に人が現れた。
「うっ!」
影たちが次々と倒され、魔術具の起動をすべきか悩んでいると、その人がわたくしの横を通り過ぎるように歩き、囁いた。
「それは隠しておいてください。殿下はまだ、外に見せる予定はございません」
そう言った瞬間、その人は姿を消し、エリシアンが駆けてきた。わたくしも変装のつもりで服を着崩してきたが、エリシアンも同様にラフな服装を着ている。もしかして休日出勤、と焦るも、先ほど執務室で見かけたのを思い出してほっと息を落とす。
「ザシュリア! 全くあなたは。危険を顧みず行動に出るとは……流石の王女殿下も予想しておらず、焦りましたよ。彼に感謝しておいてください。王女殿下の影をしている男です」
執務室外だからだろうか。よそ行きな話し方で叱られる。報告・連絡・相談の徹底をするように注意され、わたくしが落ち込んでいる横でデスラントも落ち込んでいる。
「僕が……悪いんです。斬首刑でもなんでも受けます」
「デスラントとザシュリアは王女殿下に呼び出されているから、このまま向かうように。……全く。顔を見られた可能性があるから、また影を一から鍛え直しだ」
ぶつぶつと言いながらもその場を処理するエリシアンに感謝の気持ちと罪悪感を感じながら、王女宮に戻る。王宮内に入ったところで、出迎えていた侍女長に捕まり、わたくしとデスラントは共々連行された。
「ザシュリア……あなた、このわたくしでも想定外の動きだったわ」
どこか嬉しそうにわたくしを見て、王女殿下がそう語る。
「うっ、申し訳ございませんでした」
わたくしの謝罪に、デスラントも頭を下げる。
「デスラント。あなた、極刑ものの罪という理解はあるかしら?」
デスラントにそう声をかける王女殿下が、部屋の隅に待機していたユーリンに合図を出す。
頷いたユーリンがトレーに載せた小箱を持って歩いてきて、王女殿下の前の机に置いた。
「デスラント。お開けなさい」
「は、はい……」
そう言われて箱を開けたデスラントの目が見開く。
「これは……」
キラキラと輝く、見覚えのない小石? 宝石? たちだ。魔石でもないし、一体これはなんだろうと首を傾げていると、デスラントが小箱ごと抱きしめて王女殿下に問う。
「……取り返してくださったのですね」
「えぇ。あなたの国では墓標としてこの石を使うのでしょう? それをエスラニアの女王が取り上げて、あなたを逆らえないようにしていた。だから、あなたは逃げたくとも逃げられず、働かされていた。そして、エスラニアの女王に言われていたのでしょう? 影を送り込んでもいつの間にか消えてしまうこの国で、間諜として働いてきなさい、と。わたくしがあなたを採用したのも向こうにとっては問題ないことだったし、あなたが重要業務のほとんどを担っていたことは、女王の知らぬところで起こったこと。捨て駒として扱われたのでしょう?」
王女殿下の説明に、わたくしがびっくりする。え、全然聞かされていた作戦と違うんだけど!? わたくしが驚いているのを見て、ユーリンも小さく頷いていた。これ、王女殿下と侍女長くらいしか知らない作戦だった!?
小箱を抱きしめて俯いていたデスラントが顔を上げて決意を固めた表情で言った。
「そこまでバレているのなら、死刑は確定でしょう。覚悟の上です。最後に、家族の心石と共に卯の血を落とすことができるなんて嬉しい誤算です。どうぞ、この身を好きにお使いください。諜報員として潜入していたことも自白します。エスラニアの交渉に役立てるでしょう」
デスラントを見下ろしていた王女殿下が、デスラントに問うた。
「あなた、しばらく抜けても問題ないように業務を済ませてからこちらにきているのでしょう? どれくらいの猶予があるか、あなた目線で教えなさい」
「……あの状態のままでしたら最短で半年、もって一年で業務は崩壊します。それに誰かが気がついて業務のできる人間を入れていたら別ですが……平民に落ちた私ごときで業務が回っていたなど、認める人間はあの国にはいないと思います」
デスラントの答えに王女殿下が笑った。
「完璧な時限爆弾ね。エスラニアは罪のない人々を殺しすぎたわ。領地を拡大するためにいくつの村を滅ぼしたと思う? わたくし、何よりも国民の命が大切だと思っているわ。わたくしたちが王族でいることができる理由は国民のおかげよ。そんな国民を、次々と……。だから、わたくしはエスラニアという存在を許さないことにしたの。でも、罪なき民の血が流れることは嫌だから、すでに無血開城に向けて手は打ってあるのよ」
にっこりと笑う王女殿下に、デスラントは困惑する。
「それで、私の刑は……?」
「そうね。終身刑かしら? ずっとわたくしの元で働くの。簡単に死ぬことなど許さないわ。彼の国で政治に関わっていたのだもの。あなたが奪った命もあるでしょう? 償いなさい。本人がいなければ、せめて遺族に。そのためにも給金は弾みましょう」
死刑は……と動揺しているデスラントに王女殿下は心石を握らせて言った。
「エスラニアの女王のように簡単なところに隠していてはダメよ? 誰にも奪われない場所に隠しなさい。場所が見つかるまでわたくしが預かっていてもいいわ。そうしたら、エスラニアに何か言われても絶対に戻れないでしょう?」
「つ、罪深い私に罪を償うチャンスをくださるのですか?」
泣きながら崩れ落ちるデスラントの手を取り、王女殿下は笑った。
「いいえ。あなたが傷つけた人たちに償ってもらうために、あなたが必要なのです。さぁ、しっかりと働きなさい」
デスラントが何度もお礼を述べるのをみて、王女殿下はエリシアンを呼んだ。そして、王女殿下はデスラントをエリシアンに任せ、部屋から出すとくるりとわたくしの方を向いて、笑みを深めて口を開いた。
「さぁ、ザシュリア? 弁明が聞きたいわ。なぜあんな危険なことに走ったのでしょうか?」
どこにも味方はいない。わたくしの叫び声は誰にも届かず消えたのだった。




