27.交渉
「ようこそ、デスラント」
女王の控室からデスラントを即座に回収する。デスラントは仕事の早さに動揺しながら連れてこられた。デスラントの他、侍女長、ユーリン、わたくし、エリシアンと王女宮の従者が数人集まっている。
邪魔者がいなくなった控室では、女王とユリンスが紳士淑女らしからぬ距離でいちゃつきあっている。ちなみにこのいちゃつくという表現は商会の仕事で耳にしたから、おそらく王女殿下周りの侍女たちには通じないだろう。侍女長が王女殿下の視界から彼らを消そうと必死に目隠ししているが、王女殿下は一切の動揺がない。
「大丈夫よ。エミリアッテ。この程度ならまだかわいいものだわ」
誰ですか。王女殿下の閨教育を担った人は。名乗り出なさい。王女殿下が毒されておいでです。わたくしがそんな気分になっていると、デスラントが元々蒼白だった顔をさらに白くしている。それはそうだろう。辞表を叩きつけたとは言え、元祖国の女王が目の前の姫の婚約者候補と評される男とあり得ぬ距離で触れ合っているのだから。しかも、高価な魔術具を惜しみなく使って監視されていたと知って、動揺もあるだろう。
「……もう少しデザートを差し入れてから二人きりにしたいわね」
顎に手を置き、王女殿下が小声で呟く。
様子を見ていると、ユリンスが女王の手や腕に口付けながら強請っている。
「女王陛下。僕だけじゃダメですか? 僕と女王陛下の真実の愛の印に、メチウス姫の婚約者とやらをさっさと返してしまいましょうよ」
ユリンスの行動にわたくしが目を丸くしていると、王女殿下がニヤリと笑った。
「もう用済みだとユリンス本人に伝えてあるから、焦っているのでしょうね。彼も女王陛下に捨てられたら困るもの。持てる全てを使ってでも篭絡するはずよ」
少しでも有効に活用しないと、彼のせいで失ったものを取り返せないわ。と、笑う王女殿下に、デスラントは目を白黒とさせている。意味がわかっていないのだろう。それはそうだ。まだ彼の中ではただの城の勤務体系が幸せな国の王女だ。
「さすが姫様。不良債権のはずが使い物になっています」
侍女長が王女殿下を持ち上げる。侍女長は王女殿下へのリスペクトが相変わらずすごい。まぁわたくしもリスペクトしているけど。
「ただ、このままでは困るわ。名目共にユリンスを女王のものにしてしまいましょう。もう少し盛り上がったら、わたくしが来訪したと知らせてちょうだい。ユリンスのことで相談したい、とでも言えば食いつくでしょう」
ユリンスは必死に女王陛下を説得している。伊達に女好きだったわけじゃない。あの女王陛下もユリンスに丸め込まれてきているようだ。
「仕方ないの。あれはメチウスに返すか」
女王陛下の言葉が出たところで、ユリンスが口付けを落とそうとする。ちょうどそのタイミングでドアがノックされる。王女殿下は部屋を出て、女王の控室に向かう。わたくしもそれに着いて行った。
「女王陛下。ジュリアンヌ王女殿下がお越しです。ユリンス殿のことについて相談したいと仰せです」
「……仕方ない。通せ」
部屋の前に着くと、慌てたように距離を取る音が聞こえる。
「女王陛下、お忙しいところ申し訳ございません。ご相談があって参りましたの」
笑った王女殿下が、ゆったりとした動作で二人の前に座る。立ち上がろうとしたユリンスを手で制し、首を傾げながら言った。
「ユリンスから聞きましたの。ユリンスは女王陛下を慕っている、と。ねぇ?」
女王に捨てられたら王族との繋がりは望めないと自覚のあるユリンスが照れたように頷く。ユリンスのあざとさに、女王もにまにまと笑みを浮かべている。
「わたくしも彼のことを大切に思っていたけれど、彼の幸せを祈っております。もしも、女王陛下なお気持ちがあったら……」
「うむ。悪くないと思っている」
頷く女王陛下の言葉を受けて、王女殿下が頬を染めて口の前に手を置いて驚いたように語る。
「まぁ! ではお二人はまるで物語の中の運命の出会いをした男女のようですわ! ……しかし、ユリンスはわたくしの婚約者候補。先のメチウス姫の婚約者の件で女王陛下も大変でいらっしゃるとお聞きしますわ」
心の底からあなたを思っていますという表情を浮かべた王女殿下に絆されたように、女王が頷く。
「うむ。メチウスも余計なことを騒ぎよって」
「ちらりと聞こえたのですが、真実の愛に目覚めた女王陛下が、メチウス姫の婚約者を返す、と。もしも実現されるなら、わたくしの後援している劇団の題材にさせていただけたらと思いまして」
女王陛下が劇の題材になるのは、多くは殺戮兵器のような面だ。ロマンスで演じられるのは、女王陛下も少し興味があるようだ。表面上は嫌そうな顔をしているが、押されて了承した形がとりたいらしい。
「お美しい女王陛下と格好いいユリンスの恋物語ですもの。我が国にもたまに巡業にくる劇団ロマネスコがいいと思いまして」
「あのロマネスコか!?」
名を知らぬ者はいない。王族ですら席を取るのに苦労する。そんな劇団の主演で扱ってもらえるなら、と紅潮した頬を隠さない女王とユリンス。にっこり笑った王女殿下が答えた。
「せっかくですから、運命の出会いからスタートしましょう。わたくしが、舞台を整えますわ。さぁ、あとはこの実際に起きた事件を劇にするだけです」
わたくしの調べた範囲では、女王に観劇の趣味などなかったような……首を傾げていると、王女殿下がイタズラが成功した子供のような表情で、ちらりとわたくしを振り返ったのだった。




