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【長編版】欲しがり王女の侍女はつらい  作者: 碧井 汐桜香


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25.作戦会議

「あら、エスラニア王国女王陛下。ごきげんよう?」


 夜会は二日目だ。豪華絢爛さはそのままに、趣向が少し変わり、昨日とは別の会場だ。昨夜がクラシカルという雰囲気なら、こちらは革新だろうか。ドレスコードも雰囲気に合わせているからか、大胆な服装の人が多い。

 にっこり微笑む王女殿下の手は、ユリンスの腕に添えられている。今日はエスラニアの女王の横に、従者の横にメチウス姫の元婚約者が同席している。……完全にメチウス姫に見せびらかすために連れてきたのだろう。国内外からの批判に多少動揺していても心折れないあたり、あの従者の気苦労が知れる。


「……ごきげんよう」


 ユリンスをじっと見ている。王女殿下の予定では、今日二人の想いが通じ合うように誘導すると聞いているが、昨日の時点で通じ合ってるんじゃないかと思うくらいお互いを意識している。メイシアとシュナウ伯爵令息の美しい相思相愛と似た状況のはずなのに、なんでこうも違うのだろう……。そうか。メイシアたちは婚約者(ユリンス)のことを思い、気持ちをお互い隠していたのに対して、ユリンスもエスラニアの女王も王女殿下の存在など障害のように扱っているからだ。理解した途端、ユリンスたちのことが一層気持ち悪く感じる。でも、それも全て王女殿下の掌の上だと思うことで、この気持ちを落ち着ける。


「あら、お久しぶりね。……わたくし、彼と少し両国の友好関係についてお話がしてみたいのですが、お借りしてもよろしいでしょうか?」


 王女殿下はメチウス姫の婚約者に挨拶をし、従者に目を向ける。エスラニアの女王は仕方なさそうについてこようとするが、王女殿下がそれを制した。


「せっかくですから、女王陛下は社交をお楽しみください。……あぁ、ユリンスはこちらで待っていて。あら、ユリンスが一人になってしまうわ。よろしければ、わたくしのユリンスに女王陛下のエスコート役の栄誉を授けていただけたら嬉しいですわ」


 王女殿下の“わたくしのユリンス”という単語にムッとした様子の女王陛下が手を伸ばすと、ユリンスが嬉しそうにその手を取った。距離感は王女殿下とのものよりもかなり近い。ユリンスの対応に相好を崩した女王陛下は愉快そうに口を開いた。


「王女殿下のエスコート役なのに、私のエスコートの方が嬉しそうですまないな」


 先ほどの“わたくしのユリンス”で女王陛下と一緒にムッとしていたユーリンの怒りの声が、聞こえた気がした。きっと気のせいだ。そんな無作法が起こるはずがない。納得して王女殿下の方を見る。


「……エスラニアの女王陛下たるお方ですもの。栄誉に決まっていますわ」


 女王陛下にだけ悔しそうに見えるように微笑んだ王女殿下の反応に気をよくした女王陛下が、笑いながら歩いていく。ユリンスの方は王女殿下の作った表情に気がついていないようで、女王陛下と密着できて嬉しそうに歩いていった。きもちわる。


「では、従者のお方……いえ、元フェスニア子爵令息。お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 にっこりと笑った王女殿下の美しさに言葉を失った従者を取り囲むようにして、案内する。特別に用意された席で、様子は外から見えるが声は一切聞こえない場所だ。


「あらためまして、わたくし、アイシャンデルク王国第一王女のジュリアンヌ・アイシャンデルクと申します。従者のお方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「も、申し遅れました。エスラニア王国外務官デスラントと申します。すでにフェスニアの姓は失っておりまして……」


 言い淀んだデスラントに向かって、王女殿下が頷いて見せた。


「存じております。かなり優秀なお方だとお聞きしておりますわ。そこで、単刀直入に申し上げますと、あなたが欲しいのです」


 王女殿下の言葉に、顔を手に染めたデスラントがわたわたと困ったように目を泳がせている。


「え、わ、わたしめなど、その、」


「代わりにと言ってはなんですが、ユリンス・ダビメット伯爵令息を女王陛下がお気に召しておいででしたでしょう? もしも身分が不足するなら、こちらで爵位を準備いたしますから、彼と入れ替わる形で我が国にお越しいただけたら、と。必要でしたら、大切なお方の分の生活も保証いたしますので」


 ニコニコと差し出す王女殿下の手元には、わたくしが作り上げた書類がある。労働契約書だ。目を落としたデスラントが“破格……”と囁いている。その様子を見て、わたくしが一歩前に出る。王女殿下も微笑んでくださる。


「デスラント様の現在行われている業務……主に内政面ですが、そちらを勘案いたしまして、我が国で同等の業務にあたっていただいた場合の試算となります。ただし、我が国では業務時間・日数等規定がありますので、残業代等は加味しておりません」


「残業代込みみたいなものか……いや、それでも破格すぎる……」


 ぶつぶつと悩むデスラント様に訂正を入れる。


「いえ。残業代は別に支給となっております。次頁をご覧ください。そちらに残業代・休日出勤代の試算が載っております。なお、残業時間は魔術具にて厳しく管理されておりますので、現実時間からの増減等は不可能です」


「は? 貴重な魔術具をそんなことに?」


 激しく同意したい。わたくしもはじめて聞いた時、魔術具の無駄遣いだと思った。


「皆様の大切な時間……労働には正しい対価が必要でしょう?」


 にっこりと微笑む王女殿下に、感涙を流す我が国の従者たち。若干引いた様子のデスラント様のお心はぐらぐらと揺れているのが聞こえてきそうだ。


「もちろん、このような破格の条件、信用できないでしょう? ですから、我が国としても試験を課す形式を取らせていただけたらと思って」


 頬に手を置く王女殿下に、デスラント様はごくりと息を呑んだ。


「その試験とは……」


「わたくし、フィネニルス王国のメチウス姫とはよき友人ですの」


 その単語を聞いたデスラント様は、手慣れたように床に這いつくばって謝罪を述べた。流れるような流れで、誰にも止められなかった。


「その節は、我が国の女王が大変申し訳ございませんでした!!」


 実際、女王の代わりに謝るのは慣れておいでなのだろう。メチウス姫の件は、各国からかなり批判が出たと言う。


「いえ、あなたに謝ってもらいたいわけじゃないの」


 王女殿下の言葉に、デスラントは顔色を悪くする。女王陛下に謝らせろという試験内容なら、かなり難しいだろう。


「今回、わたくしの婚約者候補と言っても過言ではないユリンスをお譲りするわけでしょう?」


 あれ、病気つきですけどね、とわたくしは心の奥でツッコミを入れる。


「わたくしとしては、ユリンスの代わりにあなたのような優秀な人材が手に入れば満足ですし、きっとあちらの女王陛下もそのように動いておいででしょう?」


「えぇ、まぁ」


 女王陛下に散々言われた後なのだろう。項垂れたようにデスラントが返答する。


「でも、それですと、エスラニアがまた婚約者を奪ったとして、各国の非難を受けることになるでしょう?」


「王女殿下……我が国のことまでお考えいただいて……」


 感動するデスラントの心はそのままに、王女殿下が付け加える。


「そうなると、あなたがいなくなった綻びがすぐに現れてしまうでしょう? わたくしとしては、すぐに返せと言われると返さざるを得なくなってしまうわ。でも、ある程度我が国の戦力になってもらったあとでしたら、すでに戦力だからと断ることも可能になるわ」


 デスラントの手を包むように取って王女殿下は仰った。


「ですから、その露呈を少しでも遅らせて、エスラニアが困らないようにしたいのです。ですから、せっかくの機会ですもの。女王陛下はユリンスと真実の愛を知った。ですから、メチウス姫への行いを反省して、彼女の婚約者を代わりに返すことにした、という物語が美しいと思うのです」


 にっこり笑った王女殿下の言葉に、デスラントの脳内が考えを巡らせているのが伝わる。


「でも、わたくし、あなたのことも欲しいのです。……女王陛下を説得して、ユリンスという一つの不用品(しげん)を、あなたとメチウス姫の婚約者という二人の有用品(じんざい)に変えて欲しいのです。……できますか?」


 王女殿下の言葉に、やる気を引き出されたデスラントが大きく頷いた。


「やってやりましょう」


「では、まずこちらの労働契約書にサインを、あとは、」


 王女殿下とデスラントが健闘を祈り合っている横から、侍女長が書類を次々と並べる。落差が激しくて別世界のような様相だが、侍女長はいつも冷静なのね……。






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