第17話
とっても長い、音のない時間が通り過ぎました。
「へ?」
そして、小さい声が漏れます。
変な男の人はなんだか焦っているように見えます。
「あ、あれ? 登る過程で記憶を取り戻して、無垢なる存在に罪だけが襲い掛かるシステムのはずなのに? なんでまだ、思い出してないの?」
周りの人たちがざわついて、大声を上げ始めます。
「おい、どうなってんだよ! 懺悔はどうした!?」
「後悔に苛まれる姿は!? これも演出か何かか?」
「そんなのはもういいから! ほら、良心と自由を前にして、もだえ苦しむ姿を見せろよ!?」
「こいつは純白にして、無垢なる存在になったんだろ!?」
「こんなくだらない選択肢でも、心が乱され、翻弄される様はどうした!?」
「何も知らぬ赤子が罪に震える姿を見たいんだよ!!」
あちらこちらから大声が飛んできて、とってもうるさいです。
こんな人たちを無視して、私は塔を登りたいのですが……。
変な男の人は大声におびえているようで、辺りをきょろきょろと見回しています。
「え~っと、え~っと、こんなの前例にないんだけど……でも、規定では到達者には望みを与えるとなっているから。あの、君の望みは?」
「ですから、塔を登りたいんです」
「塔? まだ塔? なんでまだこだわっているんだ。いや、それよりも、そんなことのために、ここにいる人たちを犠牲にしてもいいと思っているの?」
「はい。だって私は、塔を登るために存在しているんですから」
「あ~~~~~~っと、この場合……」
変な男の人が瞳が激しく動いています。
それを見て、いつか見た、真っ赤な生き物の瞳の動きを思い出しました。
「判定……有効。排除します」
プシュッという奇妙な音が響きました。
すると、変な男の人の後ろに立っていた大人の男の人が倒れました。
途端に、あれだけうるさかった声たちが無くなってしまいます。
また、ブシュっと音がしました。次は、その音の正体を見ることができました。
それは天井から降ってくる光の粒です。
粒が子どもの眉と眉の間に当たると、ばたりと地面へ倒れてしまいました。
その姿を目にした女の人が叫び声を上げます。
それに誘われたのでしょうか? 叫び声は広がり、部屋中を埋め尽くしました。
みんなは逃げ惑いますが、光の粒はとても正確に、みんなの頭や胸を貫いていきます。
私の前に立つ変な男の人は、腰からナニカを取り出して、自分の頭の横に当てました。
「ここにいる人たちを犠牲に、君がさらに進むことを許可された。もちろん、僕も含めてね」
「それは良かったです」
「フフ、純粋無垢に塔だけを登る者、か。とんでもない者が訪れたものだよ。いや、何者かによる……そうか、そんなことにも気づかないなんて。とある女性が唱えた、文明の老年説は正しかったかもね」
「あの、階段はどこですか?」
「ああ、それなら部屋の隅にあるよ。だけど、塔の頂上へは階段では行けない」
「でしたら、どうやって?」
「この部屋の階段を登った先に部屋があって、そこにエレベーターがある」
「えれべーたーとは何ですか?」
「えっと、壁に丸いボタンがあるから」
「ぼたんとは?」
「……壁のどこかにくぼんだ場所があるから、それを強く押して。それじゃあね」
パンッ――
乾いた音が響いて、変な男の人は倒れてしまいました。
周りにいた、たくさんの大人や子どももみんな倒れています。
久しぶりに見る、お肉の山です。
私はみんなに感謝を捧げます。
「新鮮なお肉に飲み物、いただきます」
錆びたナイフではなく、綺麗なナイフでお肉を切ります。
それはとても切れ味が良くて、スイスイと解体していくことができました。
手に入った大量の飲み物は、透明な液体が入っていた透明な入れ物に溜めることができて、持ち運びができます。
これならしばらく、渇きに苦しむ必要はなさそうです。
塔の上を目指す準備ができました。
だけど、ちょっとだけつまみ食い。
これだけの新鮮なお肉と飲み物があるんですからいいですよね。
まずは、下にいた頃には見たことのない、お腹が大きな人のお肉を食べてみました。
「もぐ……ううん? 油が多い。だけど、私たちよりずっと美味しい」
少し味が濃ゆいとはいえ、私たちのお肉とはまったく違うお肉の味がします。
次に、女の人を味見します。
「もぐもぐ……美味しい。どうして、この大人の人たちはこんなに美味しんだろう?」
緑の液体の中にいた生き物を食べた時も、美味しいと思いましたが、ここにいる人たちは、それとは比べ物にならないくらい美味しいです。
変な男の人だけは、体の中身が固いものだらけで食べられませんでしたが……。
私は天井を見上げます。
「上にいくほど、美味しくなっていくのかなぁ?」
その疑問はもうすぐ無くなるでしょう。あと少しで塔のてっぺんに着くみたいですし。
最後に、私と同じ子どものお肉をパクり!
「もぐもぐ―――――っ!? すっごく美味しい!! 女の人も柔らかかったけどそれ以上に柔らかかくて、液体みたいに飲めちゃう。だけど……むぅ~」
私のお目目は美味しくなかったのに――そう思うと、ちょっぴり……いえ、かなり悔しい思いが心に広がりました。




