98食目 キャラバン隊を救え
クロナミの後部甲板が開き、そこからまるで砲台のような巨大な大砲が姿を現す。
折り畳まれた砲身が伸びてカタパルトデッキの完成となる。
そこにカタパルトに接続された戦機が弾丸のように送り込まれて出撃を果たすのだ。
今までは、えっちら、おっちら、と徒歩で出撃していたが、俺が結構もたつくという理由で、ガンテツ爺さんが自腹でクロナミにこの装備を追加したのである。
さーせん。
このカタパルトの利点は、砲身を回転させればあらゆる方位への射出が可能な点だ。
難点としては狙われやすく、攻撃を受けたらお陀仏、という点であろう。
しかし、少数精鋭の俺たちにとってはリスクよりもメリットの方が高いのだ。
何より、クロナミはそこまで旋回能力が高くない、ってそれ一番言われてっから。
「エルティナイト、出撃OKだぁ」
『了解、進路クリアー、発進どうぞ!』
「エルティナ、いっきま~っす!」
ヤーダン主任がカタパルト砲の目標を定め発進許可を下ろす。
僅かな間を置いて勢いよくエルティナイトは戦場へ向けて発射された。
「うほっ、結構激しいな」
上空から眺める戦場はかなり一方的な蹂躙があったもよう。
地形は平地。草が生い茂っているが身を隠せる高さではない。
寧ろ、車両では足を取られるであろう。
キャラバン隊はその全てが車両で編成されているらしく、一応は機関銃で武装しているようだが、それらは対人戦用であり、戦機には殆ど通用していないようだ。
とここで、殿を務めているであろう車両を認める。
それは灰色の装甲車であり、六つのタイヤと堅牢な装甲が目に留まるゴツイ車両であった。
獅子奮迅の活躍を見せていたのであろう、しかし、それもタイヤを射抜かれてしまえばあとは撃破されるのを待つのみだ。
だが、中の人は諦める、という言葉を持ってはいないらしい。
マシンガンを手にして車両の上に飛び出し、ナイトブルーの戦機に向かって発砲を開始したのだ。
キャラバンを襲撃している戦機は見たことのないタイプだ。
まぁ、俺は全ての戦機を記憶しているわけではないので、アレが新型かどうかも分からないのだが。
三つ目の頭部に、両肩に備えられた大型のスラスターが特徴的だ。
そいつで、良好な動きを見せている。
あとは地上を滑るようにして移動しているが、よく見ると足の底にローラーブレードが設置されている。
両肩のスラスターはそれを活かすためのものらしい。
あとはアインリールと大差ない性能のようにに思われるが、どうであろうか。
使っている武器はビームライフルだ。
ビシュン、ビシュン、言って光線を放っているから間違いないだろう。
「死なせるわけにはいかないな」
「あいあ~ん」
俺は即座に魔法障壁を発動。
死にゆく戦士を護るために、鋼鉄の騎士へと至るのであった。
◆◆◆ 襲撃者隊長 ◆◆◆
簡単な仕事だ。
戦機も同行していないキャラバン隊など、虫けらを踏み潰すのと何ら変わりない。
にもかかわらず、戦機を同伴させていないのは相応の理由があるのだろうが。
「馬鹿な連中だ」
俺は思わず、そう呟かざるを得ない。
戦機至上主義のこのご時世に、車だけで移動するなんぞ、狙ってください、と言っているようなものだというのに。
目標はキャラバン隊に扮して移動中のお偉いガキの奪取だが、それ以外は好きにしても構わないとのこと。
だったら、全てを奪ってしまっても構わないだろう。
『お頭! なかなか良い女が揃ってますぜ!』
「おいおい、もうヤッてるのか? 俺の分も残しておけよ?」
『へっへっへ! そりゃあもう! 早く、仕事を終えて帰ってきてくだせぇよ?』
どうやら、後方を任せた部下どもは一足早く宴をおっぱじめたらしい。
少し先走るヤツらだが、間抜けはいない。
そういう奴は真っ先におっちんじまったからだ。
だからこそ、俺は仕事に集中できるわけだ。
「ガナッシュ、あの気の強い女も捕らえておけ」
『あいさー! へへへ、こういう女ほど、教育のし甲斐があるってもんでさ!』
「あぁ、上手く捕らえたら、おまえの好きにして構わん」
『ひゃっはー! 流石お頭っ! どこまでも付いて行きやすぜ!』
盗賊に身をやつして早十二年。
ようやく巡ってきた千載一遇の機会だ。
何がなんでもこれをものにして、こいつらに楽をさせてやりてぇ。
もう、盗賊狩りや、軍に怯える毎日なんぞウンザリだ。
「ここは任せる」
『御武運を、お頭っ!』
逃げる車両は後一台。
恐らくは、そこに【積み荷】が乗っているはず。
「ふふん、チェックメイトだな」
俺は顎に手をやる。
剃ったばかりだというのに、もう硬い髭が伸び始めていた。
ジョリジョリ、と音を立てる髭に思わず苦笑にも似た笑みが浮かぶ。
何から何まで順調だった。
だが、それをぶち壊す何かが、天より降ってきたのだ。
『お頭っ! 船からの砲撃っ! 数一!』
「なんだとっ!? 散開っ! 船の砲撃に当たる間抜けはいねぇぞ!」
戦艦の砲撃が地面に着弾。盛大な土煙を立たせる。
狙いは戦機の撃破でも、逃げる車両の援護でもない。
「戦機が来るぞ! 注意しろっ!」
『あいさー!』
戦機発進の時間稼ぎ。
俺が軍人時代によく使った方法だ。見間違えるはずもない。
「さて、この三十ものスチールクラスに挑んでくる無謀野郎は、どこのどいつだ?」
そして、それは現れる。
盛大な地響きを立て、スラスターも使わずに高高度から落下してきやがった。
にもかかわらず、平然と立ち上がる白い戦機。
「なんの冗談だ? ええ、おい?」
それは時代錯誤も甚だしい戦機だった。
白を基調としたやたら派手な装甲を身に纏う騎士様が、天より降ってきたのだ。
ご丁寧に赤いマントまで羽織ってやがる。
装備しているのは何かの鉄の棒きれと、無駄にデカい盾のみ。
こいつは本当に頭がイカれてやがる、としか思えない。
『弱き者の悲鳴に即座に反応、急遽戦場に参上するのはナイトの証! 精霊戦機エルティナイト、ふきゅんと見参! このエリン剣を恐れぬのなら……掛かってこい!』
子供の声、この頭の悪い戦機に載っていやがるのは、どうやらガキのようだ。
だが、ガキだろうとなんだろうと、邪魔をするなら容赦はしねぇ。
「何が精霊戦機だ! 飛び道具も持っちゃいねぇ馬鹿野郎が!」
お偉いさんに供給されたスチールクラス戦機【ローグリンガー】が携帯している大型ビーム砲を問答無用でぶっ放す。
ランバール社製のビーム砲とのことだが、ランバール社の社名はなく、完全に暗部に供給される兵器であることが窺える。
まぁ、こちらとしては、使えればどうでもいいことなのだが。
「はん、馬鹿野郎が。直撃を受けてりゃあ、ざまぁねぇな」
騎士様はビーム砲の一撃をまともに受けてリタイアだ。
だが、一向に倒れる様子を見せない。
いや、それよりも、ビームが貫通した形跡すらない、というのはどういうことだ。
『どうしたぁ? その程度かぁ?』
「んなっ!?」
『ナイトに、弱い者虐めしかできない者たちの攻撃など通用しない通用しにくい!』
盾すら使わずにビーム砲の一撃を耐えきる、とはどういうトリックだ。
分からない、だが、こいつは拙い。
まともにやり合うには分が悪すぎる。
長年の直感が、こいつとの対峙を拒んだ。
「ガナッシュ! 女は捕らえたかっ!?」
『あいさー! ばっちりでさぁ!』
「おまえは、部隊の半分を率いて撤退! 残りは【積み荷】を追え!」
『お、お頭っ!?』
「いいな! やれっ!」
『あ、あいさー!』
こいつは俺が引き付け、部下に積み荷を奪取させる。これしかない。
『浅はかさは、愚か者の思考だって、それ一番言われてっから』
「なんだとっ!?」
それを証明するかのように、積み荷を追った部下たちのローグリンガーが爆散、もしくは勢いよく転倒する。
逃げる車両を護るかのよう立ちはだかる、銀色の戦機と黒と赤の戦機の姿があった。
あいつらが、部下たちをやったのだろう。
いや、待て……銀色の戦機……だとっ!?
「ぎ、銀閃かっ!? なんでこんなところにっ!」
銀閃、またの名を盗賊殺し。
同業者たちを恐怖のどん底へと叩き落した凄腕のスナイパー。
ヤツに狙われた者は生きては帰れない、そんな噂さえ立つ非情の殺し屋。
『……あら、初めてかしら? 始めまして、さようなら』
銀閃からの共通通信、からの狙撃。
直感で機体を逸らす、が非情にも弾丸は左腕部の接合部分を貫き、俺のローグリンガーは左腕部を失った。
『……良い勘ね』
「そりゃあ、ありがとよっ!」
ここに、俺は作戦の失敗を悟る。
積み荷を奪えなかったのは痛いが、十分に人質は確保してある。
それと交換条件に積み荷を要求すれば、まだ十分に機会は巡ってくるはずだ。
「撤退! 銀閃相手じゃあ分が悪すぎる!」
『ぎ、銀閃っ!? あ、あいさー!』
一目散に逃げる俺たちに、しかし、騎士様は追い打ちを掛けてきた。
『おいぃぃぃっ! ナイトから逃げるとか、できないできにくい!』
それは両腕を掲げ、その間に途方もなく巨大な火球を生み出したではないか。
いったい、なんの冗談だ。魔法だとでもいうのか。
「おとぎ話じゃねぇんだぞっ! くそったれがっ!」
『くらぇいん!【ファイアーボール】っ! ぽいっちょ』
騎士と同じサイズに膨れ上がった火球が、こちらへ向かって投げこまれた。
それは恐ろしく早く、全力で逃走するローグリンガーに容易に追いついた。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
着弾と同時に大爆発が起き、俺たちは爆風に押し出されるかのようにして吹き飛ばされる。
恐らく爆心地の連中は生きていまい。
なんとか、吹き飛ばされるだけで済んだ連中を纏め一目散に逃走する。
生きた心地がしない。いったい、あの化け物はなんなのだ。
結局、俺に付き従い最後まで残った部下は十四機中、三機という散々な結末であった。
「くそったれがっ! 忘れねぇぞ、エルティナイト! てめぇの名をっ!」
それは負け犬の遠吠えだったのだろう。
だが、俺たちは次に繋げることができた。
次は必ず上手くやってやる。
何も戦機に乗って、まともにやり合うだけが盗賊じゃねぇんだ。
敗走の戦機は合流ポイントに向かい、ボロボロの機体を仲間たちに晒したのだった。




