９６食目　パスポートを求めて

　エリンちゃんのパスポートを発行してもらうために、エンペラル帝国帝都ザイガへと赴くことになった。

　今回は陸上戦艦クロナミがあるため、わざわざ飛行機に乗る必要がない。

　したがって、プッカヒーコーに向かう必要など不要らっ！

「なぁ、ガンテツ爺さん。本当に、これで魚が釣れるのかぁ？」

「おう、ともさ」

　やることが無い俺たちは、現在、クロナミの甲板から釣り糸を垂らしている。

　当然ながら、下は海ではなく陸地だ。

　今回は釣りキチのクロヒメさんは仕事であり、泣く泣く参加を断念している。

　彼女はバブーなザインちゃんが非常にお気に入りであり、後ろ髪を引かれつつも仕事に邁進することとなった。

「だぁ～」

「おう、風が気持ちいいな」

　ザインちゃんが短い手足をばたつかせながら、少し冷たいとすら思う風に関心を示す。

　彼女は現在、俺の膝の上でこんもりと毛布に巻かれながら、釣りに参加している雰囲気を醸し出していた。

　当然、釣竿を持てないので、謎の釣りしてんで、というオーラを発しているが特に意味はない。

「……掛かった」

「なん……だと……？」

　ここで、ヒュリティアにまさかのヒット。

　果たして何が掛かったのであろうか。

　たぶん、空き缶か何かではないだろうかと推測。

　暗黒微笑を発動できるようにセッティングしておくも、それは用無しになってしまった。

「おぉ、良い型を釣り上げたの。そりゃあ、【陸マグロ】じゃ」

「……陸マグロ？」

「うむ、地中を泳ぎながら地上の虫なんかを食べとる魚じゃ。土臭いから臭いを抑える処理が必要じゃな」

「へ～」

　世にも奇妙な魚もいたものだ。

　しかし、ここも立派なファンタジー世界であることが発覚しているので、なんの問題もなかった。

　問題と言えば、ここに暮らす人々が第六精霊界の名前も知らず、ファンタジー世界だというのに、結構な勢いでサイバー感に溢れさせている件であろう。

　戦機などという戦闘ロボットが存在していれば分からなくもないが、もう少し精霊たちに配慮してあげてもいいんじゃないのかな。

　そんな精霊は陸マグロの口の中から「こんにちは」と言わんばかりに、にょきっ、と生え出てきた。治癒の精霊チユーズどもである。

　実体を持たない精霊たちは、基本的にやりたい放題である。

　でも、害はないので多少はね？

　精霊の基本的な姿は小人であり、子供の姿を模していることが多い。

　次点でアイン君やブロン君のようなシンプルな姿だ。

　中には面倒臭がって姿すら模らない子もいるが、それは少数派である。

「お？　俺にも当たりが来たぞ」

「ばっぶー！」

　ピクピク、と竿の先端が揺れ動き、少し後に急激に竿がしなった。

　獲物が餌に食いついた証だ。

　俺は急ぎリールを巻く。

　かなりの手応えに期待感が高まるも、ここで急いては事を仕損じる。

「こりゃ、大物じゃな。期待していいぞい」

「絶対に釣り上げてくれるぅ！」

「あいあ～ん」

　アイン君も興奮状態になり俺を応援し始めた。

　ガンテツ爺さんがタモを手に身構える。

　これには、否応もなく緊張が高まる、というものだ。

　ザインちゃんも頻りに「だ～」だの「う～！」だの、「ぷぅ」だのと……。

「お漏らしは簡便な」

「だぁ～」

　そして、掛かった獲物が俺たちの前に姿を現す。

「ウナギだぁぁぁぁぁっ!?」

「そりゃっ！」

　俺が驚愕の声を上げる、と同時に釣り糸が噛み千切られた。

　だが、咄嗟にガンテツ爺さんが釣りタモを振るい、ウナギを素早くキャッチ。

　折角釣り上げた獲物の損失を未然に防いだのである。

「かっかっか！　こりゃあ、珍しい物を釣り上げたもんじゃ！」

「……そんなに珍しいの？」

「うむ、こいつはの、【水晶ウナギ】とよばれておってな。生きた宝石と呼ばれておる」

　確かに、そのウナギは身体が水晶のように透き通っていた。

　不純物が混ざっていないのか、その身体の向こう側が見えるという有様だ。

「それじゃあ、食えないのか？」

　ザインちゃんの粗相を処理しつつ、ガンテツ爺さんに問うてみる。

　いや、しっかし、見事な【うんうん先生】だと感心する。

　それほどでもない、とうんうん先生に誇られた気がしたが気のせいであろう。

「もちろん食えるぞい。これがまた絶品でな……じゃが、大半は売っちまうんじゃぞ？」

「……まぁ、見た目からして観賞魚に向いていそうだしね」

「うむ、こいつはの淡水魚でもあるんじゃ。海以外なら、どこででも生きてゆける生命力を持っていることから、昔は【不老長寿の妙薬】とすらされておったんじゃ」

　それ、俺たちエルフには最も必要無いものなんですわ。

　しかし、食べれる、とあっては俄然、その味に興味を持つ。

　折角の貴重な食材をホイホイ売っちまう、という選択は俺には存在しない。

「じゃあ、食べようぜ！」

「おまえさんなら、そう言うと思ったわい」

　というわけで厨房なう。

　そろそろお昼に近い、とあって釣りは早めに切り上げた。

　少しばかりヒュリティアが不満そうな顔を見せたが、彼女は熱中し始めると日が暮れるまで竿の傍を離れなくなってしまう。

　まぁ、ホットドッグを用意したらホイホイ誘われてくるんだけど。

「こいつの捌き方は普通の鰻と一緒かな？」

「うむ、火呼子のやつは、そうしとったの」

「ぴよ！」

　いや、きみを褒めたわけじゃないから。

　ガンテツ爺さんの頭の上が定位置となった赤いヒヨコこと火の精霊は、小さな胸を張ってドヤ顔を示した。

「うし、一丁やってみっか」

　俺はウナギを捌くことができる。

　異世界カーンテヒルで散々に捌いていたから、やり方が同じであるならば問題は無いだろう。

　とはいえ、こいつの身体は透き通りまくっていて実にやりにくい。

　目打ちするのも一苦労であったが、なんとか頭を固定してビビッと二枚に下ろす。

「うおっ、血も透明なんだな」

「そうじゃよ。敵に見つからないように全てが透き通っておるんじゃ」

　当然の権利のごとく骨も水晶のような透明度である。

　よく目を凝らすとそれは確認できるものの、一瞬だと、どこにあるのか判別不能であろう。

「よし、水晶ウナギの準備はいいな。陸マグロはどうしよう」

「手慣れておるの。本職でも苦労するんじゃぞ？」

「普通の鰻なら、目を瞑っていても捌けるんだぜ」

　謎の自信を覗かせた俺は、陸マグロの処理へと取り掛かる。

　土の臭いが気になる、との話であるがどれほどのものなのであろうか。

　大きさは俺らが知っている海のマグロよりかは遥かに小ぶりだ。

　体長四十センチメートル、重さにして七～八キログラム程度であろうか。

　重力魔法ライトグラビティで重さを軽減しながらまな板に載せた俺は、三枚に下ろした陸マグロの切り身を一口大にカットして口に含む。

　すると、濃すぎる土の香りが口の中に一気に広がった。

「ふきゅん、灰汁を取ってない牛蒡（ごぼう）を食っているみたいだぁ」

「じゃろ？　じゃから、刺身には向かないんじゃよ」

　ガンテツ爺さんはそう語るが、俺は身の持つ可能性に着目せざるを得なかった。

　赤みの部分は臭いはともかくとして非常に味が良いのだ。

　通常、魚というのは死んでから旨味が滲み出るまでに暫しの時間が必要になってくる。

　そうすると、身はだらしなく歯応えもなくなり、べちゃっ、とした食感へと変わる。

　その代わりとして、身が持つ旨味は格段に向上する。

　どちらを選ぶかは、調理人の選択次第だが、陸マグロはその両者の良い部分を備えているのだ。

　その良い部分を纏めてぶち壊しにしているのが、この土の臭いである。

「なんとかしたいなぁ。良い方法はないものか」

　うんうん、と考える。

「そんな時は、色々と試してみるのが料理人。男は度胸、れっつ、チャレンジ」

「おまえさんは女じゃろうが」

　ガンテツ爺さんの鋭いツッコミにも臆さず、俺は陸マグロの臭み抜きに挑むのであった。