95食目 東方国を目指すために
雷蕎麦があるとされる東方国。
そこに入国するにはパスポートが必要だという。
戦機乗りは戦機協会に所属していれば、協会証明書がそれのかわりを担うことができる。
しかし、戦機乗りではない者はパスポートの取得が必要になるのだ。
我がチームでいえば、エリンちゃんとヤーダン主任がそれに当たる。
ヤーダン主任はパスポートを所持している可能性が高いが、エリンちゃんは学生な上に未成年であるので、パスポートを所持している可能性は極めて低い。
「やっぱ、今回はエリンちゃん、お留守番かなぁ?」
「……パスがないなら作ればいいじゃない。エルらしからぬ発想ね」
Barスクラッパーを後にした俺たちは、てくてく、と西部風地帯を抜けてマーカス戦機工場を目指した。
無駄に、かさかさ、と転がる枯草の塊は、暇を持て余した職人がわざわざ雰囲気作りのためにこさえたものだという。
「いや、俺だって速攻でそれしかないと思ったんだけどさ。パスの申請って、キアンカみたいな田舎で出来るものなのか?」
「……普通なら無理かも」
「ということはさ、エンペラル帝国の帝都に行かなきゃならない、という事になるんじゃないのか?」
ふぅむ、とヒュリティアは人差し指の第二関節を下唇に当てる仕草を見せた。
俺としてはエルティナイトがイカれた進化を見せる前であれば、寧ろエンペラル帝国の帝都ザイガへと赴くのは賛成であっただろう。
しかし、今となってはそれも躊躇われる。
原因としては、機獣基地攻撃の際にやらかしたことと、エルティナイトが喋るようになったことが上げられる。
この二つの事は帝国のお偉いさん連中に知られたくないことであり、仮に知られると面倒臭い事が待ち受けているのは明白である。
また、エルティナイトに喋らないで大人しくしていろ、と命じても絶対に守らない事は確定事項であると思われた。
彼は硬派な外見に見合わず、お喋りで寂しがり屋なのだ。
「う~ん、どうしたものか」
「……一度、ザイガに行くべきだわ」
「マジか」
俺の弱腰に対して、ヒュリティアはまさかの攻めの姿勢を見せた。
これには俺もビックリである。
「……アマネック本社にも、いつかは顔を出さないといけないし、被害が少ないだろう今を置いてないわ」
「あぁ、そう言えば、長い事中止になっていたっけ。向こうも忘れてんじゃね?」
「……そんなことないわ。ヤーダン主任の下に何度も連絡が来ていたようだし」
「そっか~」
この情報が提示されたことにより、俺は決断を迫られることになった。
アマネック社にはいろいろと都合してもらった恩義があるので、ここいらで恩を返しに行くのもやぶさかではないだろう。
そのついでに、エリンちゃんのパスポートを申請してしまうのもあり、なのではないだろうか。
「よし、ザイガに行くか」
「……うん、分かったわ」
こうして、エンペラル帝国の帝都ザイガへと赴くことに決定した。
エリンちゃんとマーカスさんに事情を説明したところ、両者は快諾の姿勢を見せる。
やはり、エリンちゃんはパスポートを所持していなかったのだ。
またヤーダン主任にもアマネック本社に顔を出す、と説明したところ、あまり良い表情はしなかったものの、これを承諾してくれた。
どうやら、エルティナイトの危うさを理解しているがゆえの葛藤を抱え込んでいたようだ。
彼には悪いと思ったが、エルティナイトを心配してくれていたことに喜びを感じる。
会社からの圧力も結構あっただろうに。
色々と予定を取り決めている間に晩になってしまった。
そこで、マーカス家の台所をお借りして夕食を作ることにする。
「エルティナちゃん、何を作るの~?」
「うん、【カレー春巻き】を作ろうかと思う」
というわけで調理開始。
まずは春巻きに詰める具を作成。
春巻きに詰めるサイズにニンジン、ジャガイモを細切りに。
肉は粗挽き肉を選択。
カレールーは花椒などを使い中華風に落とし込む。
春巻きにするので、ゆるゆる、だといただけない。
したがって、小麦粉を混ぜ込んで、もったり、とさせることが肝要。
この際、一緒に煮込むのは粗挽き肉だけとする。
カレールーの粗熱を取り、春巻きに敷いた具材の上に適量乗せて巻く。
コツは丁寧に巻く事。
ここで手を抜いた春巻きは悲惨な末路を辿ることになるだろう。
そして、中温の油でじっくりと揚げる。
気長に揚げることがポイント。短気に揚げた春巻きはサクサク感が直ぐに失われる傾向にあるのだ。
俺もかなりの数を失敗しているので間違いない。
最後に一気に高温にして春巻きの皮をパリッとさせる。
皮がふんにゃりした春巻きは食べていて悲しくなるので、このポイントはしっかりと押さえたいところだ。
「というわけで完成」
「……普通に作ったわね」
「大丈夫、一つだけ激辛の春巻きを忍ばした」
「……流石ね」
「流石、じゃないよ~!? ヤーダン主任以外は危険じゃない!」
エリンちゃんの華麗なツッコミも頂いたところで、春巻きパーティー開始。
ふっきゅんきゅんきゅん……何本目に死ぬかなぁ~?
「にゃわばっ!?」
一本目に俺が引きました。鳴きたい、ふぁっきゅん。
「……ドジっ子」
「何も言い返せねぇ」
こうして、危険が速攻で消失したカレー春巻きは、皆で楽しくいただかれることになった。
「むぅ、サクサクの衣の食感と、ピリ辛のカレールーが絶望的にビールと合うな」
「お肉もゴロゴロしていて食べ応えがあるね」
「ふぅむ、カレールーが衣から滲み出てくると思うたが、意外となんとかなるもんじゃな」
大人組は揚げたての春巻きを、当然の権利のごとくビールに合わせている。
対して、子供組はご飯と合わせていた。
春巻きの中身がカレールーであるため、ご飯との相性は言うまでもないだろう。
加えて、さくさく、ぱりぱり、というカレーライスにはない食感を堪能できるのだ。
少しばかり手間はかかるが、それを掛けるだけの価値は十分にある。
また、折角の沢山の油だ、利用しない手はない。
というわけで、ついでに【ホットブーブーの天ぷら】を揚げておいた。
部位はバラ、肩ロース、ロース、もも、ヒレ、だ。
「う~ん、バラの部分は油っぽさが凄いな」
「……肩ロースはコリコリした食感が楽しいわね」
「ロースは肉と脂身のバランスがいいね」
わいわい、と肉の批評会が起こる。
やはり、バラの部位は脂が多過ぎて天ぷらには合わないもよう。
「エルティナや、大根おろしをくれないか?」
「うん? いいけど……あっ、そうか!」
ガンテツ爺さんに大根おろしを要求され、俺はピンときた。
であるなら、こいつの出番だ。
「ててて、てってて~!【油吸い大根】~!」
にょきん、持ち上げた一見なんの変哲もない大根はその名の通り、油をその身に吸収し脂っぽさを消しつつもコクを増す、という不思議な野菜だ。
これの見分け方は茎の部分にあり、一本だけ必ず黄色い茎が混じっているのだ。
こいつを大根おろしにして、ガンテツ爺さんに渡す。
すると、彼はバラ肉の天ぷらに、ごってりと油吸い大根のおろしを掛けた。
油吸い大根は水分が少ないため、おろすとパサパサの状態に仕上がる。
しかし、バラ肉の天ぷらの油を吸ったことにより、なんと瑞々しくなってしまったではないか。
それを、ひょい、と口に運ぶガンテツ老は、にんまりとした表情を見せた。
「バラ肉に下味を付けておるから、塩もタレもいらんの。美味いわい」
「良く気付いたなぁ。普通過ぎて考えなかったんだぜ」
「ま、そういうことが往々にしてあるわいな」
バラ肉の攻略方法が判明したことにより、バラ肉天ぷらは「あっ」という間に品切れと化した。
もっとも、マーカスさんとヤーダン主任は、バラ肉天ぷらの油っぽさを、ビールで流して相殺していたのであるが。
「あぁ、美味しかった。ごちそうさまでした!」
俺は食材に惜しみの無い感謝を捧げ食事を終えた。
実はこれだけの工夫をしておきながら、最終的にヒレ肉天ぷらが一番、となったのは内緒である。




