94食目 雷蕎麦を求めて
ガンテツ爺さんの戦機が完成し、全ての準備が整った俺とヒュリティアは、昼食を兼ねてBarスクラッパーへと赴く。
目的は勿論、ジェップさんが持っている雷蕎麦の情報だ。
俺の背中にはザインちゃんが背負われており、時折「ばぶー!」と叫んでその存在感を遺憾なく発揮している。
ガンテツ爺さんとエリンちゃんは、デスサーティーン改の件でヤーダン主任と機能の確認をおこなっているため、ザインちゃんが邪魔をしないように俺が面倒を見ることになった。
そもそも、俺の家臣であり、俺が産んだ? っぽい扱いなので仕方がない。
「お、いたいた」
ジェップさんは、グツグツ大根の情報を裕福層へと売り渡した金でホクホク状態であり、今日も真昼間から酒を飲んでいるもよう。
これをロクデナシと言わずしてなんと言おうか。
しかし、彼のお陰で俺たちもグツグツ大根を売っぱらった金でホクホクなので、何も言うことはできないできにくい。
でも、その売り上げの大半は借金返済で消えているんだよなぁ。
「おぉい、ジェップさん。雷蕎麦の情報をおくれぃ」
「うん? なんだ、もうガンテツ爺さんの戦機が組み上がったのか?」
牛のたたきをつまみに赤ワインをチビチビ飲んでいた彼は、俺たちの登場に、その表情をにたりと歪ませた。
餌の匂いを嗅ぎつけたハイエナのごとき嗅覚であるが、情報屋としては正しい姿なのだろう。
古き良き西部劇のようなバーのテーブル席に、おっしょい、とよじ登った俺は……。
「乗せて!」
「はいはい」
よじ登れなかったんだよなぁ。
というわけでジェップさんにヘルプをして座らせてもらう。
ザインちゃんの存在感は俺の自重にも強い影響力を発揮していたのだ。
「で雷蕎麦の情報だけど、その前に注文だぁ」
「……私は【ナポリタンホットドッグ】で」
やはり、ヒュリティアはホットドッグだったよ。
ナポリタン、でだいたい想像がつくとは思うが、彼女が注文したホットドッグはそれとドッキングさせたホットドッグだ。
ホットドッグとあって、きちんとぶっといソーセージが挟まれており、炭水化物に炭水化物を合わせる、という行為に間違いはなく、最高にハッピーになれるホットドッグである、とはヒュリティアの言である。
「俺は、ねっとりチーズステーキセット、ライス特盛で」
俺は一度加熱するとトロトロの状態を維持する【トロチー】というチーズを載せた極厚ビーフステーキセットを注文。焼き加減は当然ながらレア。
暫くするとウェイトレスのお姉さんが料理を運んできた。
「お待ちどうさまぁ」
じゅっじゅっ、と美味しそうな音を奏でる極厚ステーキが俺の前に運ばれてきた。
調理が簡単なナポリタンホットドッグは俺よりも早く運ばれてきており、ヒュリティアはさっさとそれを完食してしまった。
そして、追撃の【ミートチリソースホットドッグ】へと着手している。
こちらは、肉に肉を合わせる、という力技の料理だ。
力は全てを解決する、とでも言いたげなほどに間違いはない、とはやはりヒュリティアの言である。
「いただきま~す」
「よく食うなぁ、おまえさん方」
一般人からしてみれば、俺たちが食べる量は異常であろう。
しかし、俺たちは色々と秘密めいたものを抱えているので、人間と一緒にしてはいけないのだ。
特に桃使いである俺は、食べた物を即座に桃力にして体内に貯蓄する、というオート機能を有している。
これが、俺が大食いである理由の一つだ。
もう一つの理由は俺が全てを喰らう者の【大本】であるということ。
無限に食ってしまう性質上、俺が満腹になることはない。
満腹になった気がするのは、心が満たされた時のみ。
即ち、美味しい料理を食べて幸せになった時が、俺にとっての【満腹】なのだ。
「はぐはぐ……」
えっちら、おっちら、とナイフとフォークを用いて肉を切り、トロチーを纏わせて口の中へと運ぶ。
ともすれば淡白すぎる肉にねっとりとしたチーズが絡まり、予想以上のコクとまろやかさを演出してくれる。
箸休めは、キャロットグラッセと通常のニンニクの八倍近い甘さを持つ【スウィートガーリック】の素揚げだ。
スウィートガーリックは揚げることによって更に甘みが増す。
そして、咀嚼した際の食欲をそそる香りもまた増す、という性質を持っていた。
これは、そのまま食べてもいいが、やはり肉と合わせると肉の旨味を何段階も引き上げてくれる。
であるならば、利用しない手はないというものだ。
当然ながら、この組み合わせはライスに絶望的に合う事を付け加えておく。
「んぐんぐ……ごちそうさまでしたっ! げふぅ」
「あぶー!」
次は自分だ、と主張するザインちゃん。
俺は「はいはい」と彼女の口に指を突っ込む。
すると、彼女は猛然と指をちゅっちゅし始めた。
実は後日、わざわざ桃先生を召喚せずとも、ザインちゃんに桃力を与える方法が見つかったのだ。
それが今おこなっているこれ。
どうやら、ザインちゃんは俺の身体のどの部分からでも、桃力を吸うことができるらしいのだ。
彼女を背負っている際に、妙に耳を「ちゅっちゅ」していると思いきや、実はお食事をしていたという。
それ以降は指から桃力を摂取してもらっているというわけだ。
流石に耳はくすぐったいのである。
「んじゃ、情報をおくれ」
「あいよ、とはいっても、そのような物を何十年も前に見た、というあやふやなもんだがな」
雷蕎麦は何十年も前に、東方国で発見されたのを最後に、その姿を見せなくなったのだという。
つまり、今回は海外に遠征することになる、というわけだ。
「海外遠征か……大冒険になるぞぉ」
「……私たちはいいけど、エリンちゃんは学生だから長期間の遠征はきついわね」
「それだけじゃねぇな、彼女用のパスポートがいる。戦機乗りは協会証明書がパス変わりだが、あの子は戦機乗りじゃねぇだろ」
ジェップさんの言うとおりである。
彼女は戦機を操縦できるが、戦機乗りではないのだ。
「同じチーム、ということでなんとかならないのかな?」
「世界的に有名なチームなら、見逃してもらえるかもしれんが、駆け出しのチームじゃまず無理だな」
「ですよねー」
となると、ヤーダン主任もこれに当てはまるのだろうか。
彼ならパスポートくらい持っていそうではあるが。
「……いっそ、戦機乗りにさせちゃう?」
「う~ん、エリンちゃんの腕前なら、勝手にランク上がっちゃいそうだしなぁ」
Dランクになろうものなら、協会からの緊急招集に付き合わないといけなくなる。
わざとEランクに留まるのもありだろうけど、彼女の場合は向上心が高いから、俺たちのように上を目指して自ら危険な任務にも赴くだろう。
「う~ん、ルフベルさんが、クロヒメさんを心配するわけだ」
「……クロヒメさんの場合は、余計な心配だろうけどね」
確かに。
クロヒメさんの身体能力は人間のそれを越えており、本当に人間ですか、と真顔で問いかけそうになったほどである。
異世界カーンテヒルでは、人間も超人的な身体能力を備えている者もいたが、第六精霊界の人間は、地球の人間となんら変わらない身体能力と思われる。
そのため、彼女は確実に異端である、と断言できるのだ。
その内、素手で戦機や機獣を撃破しそうで怖いです、はい。
「まぁ、ここで、ああだ、こうだ、言っても仕方がないか」
「……それもそうね。雷蕎麦を手に入れたら、また来るわ」
「あいよ、今回も戦果を期待してるぜ」
ジェップさんから情報を得た俺たちは、彼に幾ばくかの情報量を支払い、マーカス戦機工場へと戻ったのであった。




