88食目 ザインちゃんのごはん
鍋パーティーも落ち着いたところで、クロヒメさんが抱きかかえてていたザインちゃんが「ふみふみ」とぐずり始めた。
どうやら、お腹が空いてきたもよう。
「あら、お腹が空いてきたのかしら?」
と、クロヒメさんはいそいそと上着のボタンを外し……。
「おいぃ、おっぱいは出ないだるるぉ!?」
「雰囲気だけでも、と。そしてあわよくば、ママ、と認識させようとっ」
それでもザインちゃんは期待の眼差しを向けていたという。
だが、困ったことに彼女は粉ミルクを飲もうとしないのだ。
このままでは飢えて、とんでもない事になりかねない。
早くなんとかしなければ。
「粉ミルクも飲まないなんて、困った子よね」
「……でも、特段、衰弱してはいないのよね」
ヒュリティアが、ザインちゃんのぷにぷにほっぺをツンツンする。
くすぐったかったのかザインちゃんは「うー」と唸り遺憾の意を示した。
彼女がおこなう行動と言えば、泣く、笑う、そして何かに構わず、ちゅっちゅ、せしめることであろう。
それはもう、指だろうが、耳だろうが、髪の毛だろうがお構いなしだ。
「う~ん、何か口にしないと、大きくなれないぞぉ」
「だうー」
俺の問い掛けを果たして理解しているのか。
ザインちゃんは白エルフの証たる、大きくて垂れた長耳を、ピコピコ、と動かして笑顔を見せている。
かつての彼女が好物だったのは、ガンテツ爺さん同様に【蕎麦】である。
しかし、今の彼女では啜ることはおろか、飲み込めもしないであろう。
そもそも消化できるかどうかすら怪しい。
「なんだぁ、クロヒメさんの子供かい? 俺の情報には、そんなのはなかったぞ? ひっく」
「違うわ。この子は、エルティナちゃんの娘よ」
「……あ? いかんなぁ、酔い過ぎたか?」
クロヒメさんの説明は間違っていないが、別の意味で間違っている。
その説明じゃ、誰も信じない信じ難い。
「……そうか。エル、神桃の実を出せる?」
「桃先生を? たぶん、今なら出せると思うけど」
「……じゃあ、出して」
俺は困惑しつつも小さな手の平の中に桃色の果実を生み出す。
桃色の輝きが集約し、そこに瑞々しい果実が突如として生まれ出た。
「うをっ!? なんじゃ、それはっ!」
「まてまて! 今、サラッと、とんでもないことをしなかったかっ!?」
これに酔っ払い組が食いつくも、今はそれどころではないためスルー。
生み出した桃先生をヒュリティアに手渡す。
「……うん、私の予想が正しければ」
彼女は桃先生の先端を、あろうことかザインちゃんの小さなお口に突っ込んだではないか。
すると、ザインちゃんはそれをおっぱいだと勘違いしたのか猛然と、ちゅっちゅ、し始めたのである。
「いや、ヒーちゃん。それは流石に……いや、こ、これはぁっ!?」
その時、不思議なことが起こった。
桃先生が桃色の輝きを放ち、その果実を吸うザインちゃんもまた桃色の輝きに包まれ始めたのである。
そして、彼女が不思議な力で満たされてゆくことが理解できたのだ。
「まさか、ザインちゃんにとってのミルクって、桃力なのか?」
「……それは、この事で実証されたと思う」
吸い疲れたのか、それとも満腹になったのか、ザインちゃんは桃先生から口を放した。
俺は慌てて彼女の背中を擦る、と「けぷ」という音を発した。
やはり、何かを吸っていたようだ。
多分、桃力で間違いないようだが、とても気になるところである。
「桃先生には変化がないようだけど」
試しに切り分けてみる、とその瑞々しさが失われているようなことはなく、口にするとシャリという音を返してきてくれた。
その極上の甘さと急速に力を満たしてくれる効果も健在だ。
そして、ちゃっかり桃先生を口にする酔っ払いども。
「こ、これは無限に出せるのかっ!?」
「まぁ、力が十分あるなら」
桃先生を口にしたジェップさんは驚愕の眼差しを向けた後に、何やら考え込み始めた。
何か、良からぬ事でも企んでいるのであろうか。
だが、桃先生はそういったことに厳しいお方。
悪用されたと知ったら、間違いなく酷い目に遭うのでお勧めはできない。
「むぅ、こりゃあ後引く味じゃ」
「ぴよ」
ガンテツ爺さんの桃先生を、やはり火の精霊は美味しそうに食べていた。
この子は、本当によく食べる子であり、ガンテツ爺さんが口にした物は全て啄んでいる。
「さぁて、あたしは、ここいらでお暇させてもらおうかな?」
「あ、ワイルド姉貴、ありがとな」
ワイルド姉貴は早くも次の仕事が入ったもようであり、その支度をしなくてはならないもよう。
「いいよ、ぶっちゃけ、あまり役に立ってなかったしね」
彼女は困った表情を見せて酒場を後にした。
役に立っていなかった、とは言うが、クロナミを護ってもらっているという安心感は、俺たちの活動範囲を広くしてくれていることに十分貢献してくれていたのだ。
役に立っていないなど、とんでもない話である。
「ザインちゃんの件は解決したとして、実のところ問題は山積みだよな」
「そうじゃな、わしのデスサーティーンも失われてしもうたしの」
この情報を耳にしたジェップさんは、ぴくぴく、と耳を僅かに動かした。
彼の耳も割と高性能のもよう。
「それじゃあ、金が必要になるってことだな?」
「……そうね。次の食材の情報かしら?」
「へっへっへ、よく分かってるね。流石は銀閃様だ」
ジェップさんが次に示した食材とは【雷蕎麦】という、これまたわけの分からない食材であった。
名前からして蕎麦であろうことは分かるが、頭に付く雷とはどういったものであろうか。
「雷蕎麦って、どんなものなんだ?」
「分からん。蕎麦って名付けられてるが、食えるかどうかすら不明の食材だ」
「食材とはいったい……」
食材なのに食えない可能性のあるって食材じゃないジャマイカ、というツッコミどころ満載な特殊食材が次のターゲットとなった。
そのためには、やはりガンテツ爺さんの戦機を調達しなければならない。
とはいえ、中古にしたって手が出ないほどの金額である。
借金塗れの俺たちでは、ツケでいい、と言ってくれる業者は皆無であろう。
「う~ん、ガンテツ爺さんの戦機かぁ。どうすっかな?」
「それなら、自作すればいいじゃないか」
これまで、黙々と鍋を突きながら清酒を嗜んでいたヤーダン主任が口を開いた。
ようやく専門分野の話が来たとあって、すこぶる上機嫌だ。
「自作、って言っても【エレメコア】が調達できないんじゃ?」
「ひっく、確かにエレメコアはブラックボックスの塊さ。でも、作れなくはない」
「マジかっ!?」
「マジでっ!」
迫真の集中線を炸裂させながら、ヤーダン主任は胸を叩いた。
ぽよよん、と豊かな乳房が揺れ動いたのは、明らかに水分の過剰摂取から来る性転換であろう。
次の日、二日酔い確定現象とみて間違いない。
「……ヤーダン主任、本当に作れるの?」
「正確には【限りなく近い物】だね。安定性は保証できないかな?」
それは、確実に危険極まりない物なのではないだろうか。
俺がそのように突っ込むと、彼女は嬉しそうに「うへへ」と笑みを見せた。
何故そこで笑った、言え。
「とにもかくにも、費用を抑えて戦機を手に入れるなら、これしかないね」
「そうじゃのう……エレメコアは戦機協会の秘匿中の秘匿、それ故に法外な金額で企業に売り出しているからの」
だからこそ、戦機一体当たりのコストが高くなるのか。
利益を上げないと組織運営が困るのは分かるが、戦機乗りが戦機を買えなければ本末転倒になるのではないだろうか。
「戦機乗りが戦機を買えないとか反則でしょ」
「そのためにレンタル戦機屋があるんだけどねぇ」
俺の疑問は、相変わらず食べるのが遅いエリンちゃんによって、即座に解決された。
「あぁ、そうか。その手があったか」
「でも、その方法はお勧めしないわ。レンタル戦機は破損させたら修理代を払わなくちゃいけないし、レンタル中に受けた依頼の三割を支払う義務もあるから」
「おいぃ、エゲツねぇな?」
「しょうがないわ、そうやってお金をためてマイ戦機を購入する者もいるし」
しかし、クロヒメさんによって、レンタル戦機屋の実態が明らかになる。
中々にアコギな商売をおこなっているようだ。
「やはり、自作がいいのかもしれんの」
「僕も一から戦機を作ってみたいしね。我が社の研究の役にも立つし、一石二鳥さ」
俺は、ふきゅん、と考える振りをして、ヤーダン主任の提案を採択した。
そこで必要になるのが材料集めである。
建造場所はクロナミの格納庫を使用すれば何とかなるらしく、材料だけが不足しているとのこと。
とはいえ、パーツショップで買い揃えると、結局は馬鹿高い金額になってしまうので、全てを自作するというのだ。
でも、俺たちには急ぐ理由もない。
したがって、ヤーダン主任の主張はことごとく受け入れられ、明日より早速、材料集めに奔走することになったのであった。




