87食目 依頼達成報告・グツグツ大根
キアンカへ戻ってきた俺たちは夜を待ち、グツグツ大根を持っていつものBarスクラッパーに乗り込む。
そしてジェップさんに、宝石のように輝く不思議な大根を見せつけてドヤ顔をするのだ。
特に連絡は入れていないのだが、彼は夕方の決まった時間には既にそこにいて、簡単なつまみをお供にしてチビチビと酒を飲んでいる。
やはり、くたびれたコートとダサい帽子を携えて、小さなテーブル席で独り酒を飲んでいた。
そこにバタバタと駆け寄る慌ただしい珍獣は、何を隠そう俺だ!
「おぉい、ジェップさん」
「お? おいおい、当たり前のように採ってくるな、おまえさん」
「ふっきゅんきゅんきゅん、どの食材も俺に掛かればこんなもん。尊敬してもいいぞぉ」
グツグツ大根を掲げ戦果を見せびらかす俺に、ジェップさんは肩を竦めながら「ぷひっ」とため息を吐く。
「それじゃ、ご恒例のあれ、楽しませてくれんだろ?」
あからさまな彼の挑発にホイホイ乗ってやろうじゃないか。
俺は逃げも隠れもしない可能性が九割のナイト。
この挑戦からは逃げない逃げにくい!
「おう、マスター! 台所貸してっ!」
「やれやれ」
というわけで包丁以外の調理道具を拝借。
懐より丈夫な布で巻いたカネツグを取り出す。
その包丁を目の当たりにしたマスターが、感心したかのような吐息を漏らした。
「ほぉ……そりゃあカネツグだな」
「うん、思い切って購入してよかったんだぜ」
「そうだろうな、俺も愛用している」
とマスターも包丁を見せてくる。
彼の包丁を見て、俺はビックリたまげた。
「おいぃ、これはカネツグ参式じゃねぇか」
「あぁ、いい値段はしたが、その分、切れ味は最高のものだぜ」
カネツグ参式。
その切れ味は凄まじく、ダイヤモンドですら切断できるとされている。
したがって、取り扱いには細心の注意が必要になり、調理免許を持っていない者には販売しない、という制約がある。
なので、俺は購入できなかったのだが、もし調理免許を持っていたならば、間違いなくこのカネツグ参式を購入していたであろう。
ちなみに、お値段百万ゴドル。
それでも発注は絶えることが無い、という名包丁だ。
「いいなぁ」
「嬢ちゃんのカネツグ伍式だっていいものだぜ」
それは分かっているのだが、自分の物よりも上位の物を見せられると、やはり羨ましいという感情を抑え切れない。
調理免許を取っちまおうかなぁ?
でも無い物ねだりをしてもしょうがないので、気を取り直してグツグツ大根の調理に取り掛かろう。
宝石のごとき大根をまな板に載せる。
実は解毒の時点で、グツグツ大根の皮に当たる部分は実と同様の硬さに変化しているので皮むきの必要は生じない。
だから、そのまま切り分けても問題は生じないのだ。
今回はグツグツ大根のおろしを使い【みぞれ鍋】を作ろうと画策する。
具はロードダッシャーのもも肉と、にんにくの風味が美味しい【ニンニク白菜】の二種類のみ。
それを【昆布肉】という、昆布なのに肉汁が溢れ出る、不思議な食材で取った出汁でコトコト煮込む。
いずれも市場で安く出回っており、家庭でも馴染み深いとされてる食材たちだ。
「小さくてかわいい土鍋だから、短時間で出来上がりそうだな」
「冬になると、一人鍋を突く戦機乗りが多くなるからな」
それはいい情報を聞いた。
鍋をツンツンしながら、燗をした清酒をぐびりとやる、など至高のひと時ではないか。
あぁ、キンキンに冷えた清酒でもいいな。
鍋の熱さを満喫した後に、口内を冷た~い清酒で冷やすなど犯罪的な楽しさだ。
鍋は魚介系でもいいし、冬ならばそれこそチゲ鍋の本領発揮だ。
「おっと、そろそろいいかな?」
俺はすりおろしたグツグツ大根を鍋に惜しみなく投入。
小さな鍋がルビー色の大平原と化した。
「絵面がスゲェ」
「これは……見事だな」
マスターも思わず感嘆する小さな鍋は、大根おろしの下になっている具材たちが透けて見える、という奇妙な光景を生み出していた。
これをひと煮立ちさせて完成。
今回は余計なハーブ類を使わずにシンプルに勝負する。
「できたぞぉ」
「おぉ、鍋か。いいねぇ……」
ジェップさんのテーブル席には既にうちの連中がスタンバっていた。
どうやら、どさくさに紛れて食べる気満々なもよう。
そんなに量を作ってないから、勘弁したげてよ!
「うお、スゲェ鍋だな、おい」
「……大根おろし鍋にしたのね? これならグツグツ大根も本領を発揮できるわ」
ジェップさんは辛抱堪らない、とばかりに用意された小鉢にロードダッシャーのもも肉とニンニク白菜をよそう。
いずれも一口大にカットし食べ易い大きさにしてある。
そして、グツグツ大根おろしもたっぷりと小鉢に入れた。
それを見届けたうちの連中が、肉食獣のごとく小さな鍋を侵略している件について。
これには流石のジェップさんも表情を顰めたという。
「マスターっ!」
「あぁ、もう作ってるよ」
流石、マスターはできるお方。
この流れを予期していた彼は、しっかりと大きな鍋の方で同じものを作ておりましたとさ。
一安心したジェップさんは、ふぅふぅ、と息を吹きかけてロードダッシャーのもも肉を口に含んだ。
ひと噛みする度に、表情がだらしない物へと変化してゆく。
次いでニンニク白菜を噛み締める、と熱い吐息を吐き出した。
彼は中年のおっさんのため、絵面的には最悪の部類に当たる。
最後にグツグツ大根のおろしだけを味わう。
やはり、にやけた表情は引き締まることがなかった。
「いや、こりゃあ堪らん! なんて表現したらいいんだろうな、これ」
バシバシ、と自身の太ももを叩き、喜びを露わにするジェップさんは、しかし、小鍋の具材どもが既に消滅していることに気付き、しょんぼりとした表情を見せた。
野獣どもに奪われていることに気が付かないほどに、食に没頭していた証であろう。
「ほらよ、第二弾だ」
「うおぉぉぉぉっ! マスター、愛してる!」
「そういうのは、ツケを支払ってから言いな」
マスターはそう言うと「ふん」という、いつもの鼻息を鳴らしてカウンターへと戻っていった。
「お? マスターの鍋はグツグツ大根の上に何かを散らしているな」
気になった俺はグツグツ大根のおろしと共にそれを味わってみる。
ピリリ、という辛みの後に弾ける感覚がした。
「あっ! これって【パチパチ山椒】じゃないか!」
「ほほう、かんがえたのう。大人しめの料理に刺激が生まれて、食べることに高揚感が生まれるわい」
このパチパチ山椒は口内に入れて唾液に触れるとパチッという音と共にはじけるのが特徴のスパイスだ。
その際に生じる香りは通常の山椒の五倍強とされている。
また、水やお湯に浸けても弾けないので、色々な料理に合わせることが可能だ。
あくまで弾ける引き金は唾液のみ、という頑固なスパイスでもある。
これにガンテツ爺さんやジェップさんは、キンキンに冷えた清酒をチョイス。
クロヒメさんとワイルド姉貴はビールを注文した。
俺たちは見た目からして酒はアウトだ。
しかし、お子様だってアダルトな雰囲気に浸りたいときだってある。
「そこで、これ。お子様ビールー!」
「……わざわざ作ったの?」
はい、作りました。
麦芽を【天然炭酸水】に付け込んだ物です。
天然炭酸水は、活火山の近くから湧き出る、とされている炭酸水だ。
人工で作った物よりも複雑な味がして栄養もたっぷり。
そして、これで肉を煮込むとあっという間に柔らかくなる上に美味しさも加味されるという高性能炭酸水なのだ。
欠点としては通常の炭酸水の五倍のお値段がすること。
一リットル百ゴドルが、五百ゴドルというのは、貧乏人には辛いねんな。
魔法瓶に入れて持って来たので、もちろん、ひんやりシュワシュワ、である。
それをコップに注ぐ、と見た目だけはビールな麦茶モドキが姿を現す。
「ちょこ前に、ビールモドキか? 嬢ちゃんは将来、飲兵衛になるな」
「それほどでもない」
というわけで、依頼達成の祝いとして鍋パーティーの開催と相成りましたとさ。




