86食目 グツグツ大根 ~その名の由来~
「うをっ、まぶしっ!」
ルビーのごとき大根が自ら光り輝き始める。
その輝きは収まることを知らず、やがて静かに発光するに落ち着いた。
「なんだこれ、ずっと光ってるぞ?」
「……はむ」
躊躇なく食べるヒュリティアに怖いものは無いのだろう。
それに続けと俺も一口。
噛み締めるとサラサラと溶けてゆくかのような感触が待っており、その後にぶわっとグツグツ大根の旨味が洪水のごとく、いや火山の噴火のごとく爆発した。
「っ!? おでんの味じゃない! なんだ、この爽やかさと一瞬で消える辛みは!?」
「……まるで、火山の噴火のような勢いで駆け抜けて行ったわ」
ヒュリティアの例えは極めて正しい。
味そのものは通常の大根と同じく瑞々しく癖がない物へと変化を果たしている。
通常の大根と違う点は、解けるかのようにスッと口内で溶ける食感と爽やかさ、電流のごとく駆け抜ける辛みだ。
「これは、アクアトラベンシェルの刺身と合わせろ、と言っているようなものじゃないか!」
俺はグツグツ大根のを少し厚めに切り、背に包丁を入れる。
その背にアクアトラベンシェルの刺身を挟めて口にした。
「この二つの間柄……それは刺身と極上のわさびっ!」
アクアトラベンシェルの刺身自体に豊かな味が含まれているので醤油は必要ない。
海の豊かな味は伊達ではないのだ。
そこに陸の豊かな風味と刺激が合流し、それぞれが欠けていた部分を補う。
これは奇跡だ、調和だ、そして、紛れもなく熱い情熱が両者には存在したのだ。
それこそが、この味を生み出したに違いなかった。
「うわぁ、これ凄いよぉ!」
エリンちゃんもこれに目を丸くして驚きの表情を浮かべている。
その時、俺はエリンちゃんが一瞬だがブレて見えた。
本当に一瞬の出来事で、目の錯覚だった、と言われればそれまでの現象だ。
でも、これは錯覚じゃない。
現にエリンちゃんから得体の知れない力を感じ取ることができる。
でもそれは、彼女が【グツグツ大根のアクアトラベンシェルはさみ】を食べ進めてゆく内に感じ取れなくなってしまった。
「ヒーちゃん、エリンちゃんから何か感じ取った?」
「……? いえ」
「そっか~」
俺は首を傾げる。
勘の鋭いヒュリティアなら何かを感じ取ったと思ったのだが、どうやら見込み違いであったようだ。
俺の考え過ぎだったのだろう、とその場は納得することで収めた。
「あ、私もグツグツ大根を使って料理したんだぁ」
「エリンちゃんも? 何を作ったの?」
「グツグツ大根をお湯で茹でたの」
「へぇ、出汁は?」
「え? お湯で茹でただけ」
「おっ、おう」
要は、ただの水炊きである。
だが、これがまた【すんばらしい料理】になっていたとは誰が予想しようか。
「うおぉぉぉぉっ!? ものすんげぇ美味いおでんっ!」
「……これは盲点だったわ。おでんの味がするんだから茹でればどうなるか、なんて簡単な答えだったのに」
だからこその【グツグツ大根】であった。
この食材の正解は【お湯で茹でる】だったのだ。
名前の由来もきっと、グツグツと茹でるのが美味しい、という理由で名付けられたに違いない。
「こりゃあ見事じゃのう」
「あ~、キンキンに冷えたビールが飲みたいねぇ」
「あるよ」
とワイルド姉貴のリクエストに応える者がいた。
それは俺たちがノミユの町を初めて訪れた際にお世話になった酒場のマスターだ。
その両手には樽を模した作りの大ジョッキが握られており、並々と湛えられた黄金のしゅわしゅわが気泡を立てまくっているではないか。
「んきゃぁぁぁぁぁっ! 素敵っ!」
「ほらよっ! 今日という日に乾杯だっ!」
ガコーン、という音を立ててジョッキ同士をぶつけあい一気にエールを喉に流し込む。
そして、出来立て熱々のグツグツ大根の水炊きを口に放り込むワイルド姉貴とマスター。
「ぶひゃぁぁぁぁぁぁぁっ! 堪らない!」
「この料理は……どこかで……」
「マスター、それはグツグツ大根なんだぜ」
「なんだって?」
俺はマスターにグツグツ大根を解毒し調理していることを伝えた。
「たまげたな。もうグツグツ大根の解毒方法を知っている者はいない、と思っていたんだが」
「この嬢ちゃんはの、自力で解毒方法を見つけたんじゃよ」
ガンテツ爺さんの説明にマスターはつぶらな目をひん剥いて驚いていた。
しかし、やがて愉快そうに笑い始めたではないか。
「はっはっは! 炎の神の降臨と、小さな探究者に乾杯だ!」
マスターはグツグツ大根を町の者たちに振舞ってくれないか、とお願いしてきた。
こちらは元より、そのつもりであったため快く承諾する。
「おっ、角煮も出来上がったみたいだ」
小さなツボの蓋を開けて中を確認する、と当たり前のように赤い輝きが底から溢れ出てきたではないか。
うっかりしていたが、角煮もグツグツ、コトコト、と煮込んでいる。
つまり、この大根は煮込まれると、ついつい美味しくなっちまうらしい。
「な、なんだぁ、これはぁっ!?」
ツボの中にあったはずの肉がない。
だが、よくよく見ると、それはグツグツ大根と融合した奇妙な存在へと変化していたのである。
「不思議な肉? 大根?」
これに興味を示したのがクロヒメさんだ。
彼女に抱かれているザインちゃんも目を覚ましたのか、頻りに「ばぶー」と自己主張している。
「一口もらうわね」とクロヒメさんは器用に箸を使って肉だか大根だか分からない角切りを口に運ぶ。
一口、二口、咀嚼して口から赤い怪光線を放つ。
「お、美味しい! 美味し過ぎるぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
「ばっぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
この怪現象に、ザインちゃんは思わず、ジョバっ、とお漏らしをしたのであった。
「口の中がねっとりとした肉汁で溢れているのに、しつこさがまったくない! 味はホットブーブーのバラ肉なのだけど、大根の爽やかさを確かに感じる! それにサラサラと解けて何も残らないの! でも肉を噛み締めている、という食感は感じることができるのよ!」
「おっ、おう。熱意は伝わった」
超熱弁だが一気に語り過ぎていて頭に入ってこない。
もう、自分で食べた方が早い、と判断。
「口の中がねっとりとした肉汁で溢れているのに、しつこさがまったくない! 味はホットブーブーのバラ肉なのだけど、大根の爽やかさを確かに感じる! それにサラサラと解けて何も残らないんだぜ! でも肉を噛み締めている、という食感は感じることができるんだぁ!」
「それ、さっき私が説明した言葉そのものっ!」
不正はなかった。
「……うん、美味しい」
そして、この淡々としたヒュリティアさんの感想である。
「ううむ、これも美味い。って、ヒヨコも啄んどるの」
「えっ? 精霊が食べているのか?」
ガンテツ爺さんのグツグツ大根の角煮を、ヒヨコは確かに啄んでいた。
でも、角煮は一向に減る様子を見せない。
ガンテツ爺さんの真似をしているだけであろうか。
しかし、とてもそのようには思えなかった。
事実、ヒヨコはお腹を大きく膨らませて、満足そうに寝っ転がったからだ。
「グツグツ大根のエネルギーだけを食べていた?」
「どうなんじゃろうか? 普通に美味いから、別の何かじゃろうかのう?」
やはり精霊は分からないことだらけだ。
チユーズも食べる真似はするが、実際には食べたりしない。
もちろん、アイン君も食べたりはせず、俺の頭の上で、うとうと、とうたた寝をしている。
「まっ、いいや。とにかくグツグツ大根をみんなに振舞おう」
「……おっけー」
こうして、俺たちはグツグツ大根をノミユの町の人々にごちそうすることにした。
炎の宴は更に過激さを増し、危険な領域へと突入。
多数の二日酔い者を出す大惨事となったが、これを予期した俺の【地獄のグツグツ大根チゲ鍋】で強制的に二日酔いどもを、二日酔いより目覚めさせたのであった。
慈悲は無い。




