85食目 グツグツ大根調理開始
まずは何を作ろうか、と言ったところで、お造りなんだよなぁ、と気付く。
てなわけで、包丁でパパっと切って皿に盛り付ける。
エルティナイトの手の平で調理していた際には気付かなかった、グツグツ大根の切り身の美しさに気付き、思わず「ほぅ」とため息を吐いた。
一口大にスライスしたグツグツ大根は松明の輝きを受けてキラキラと輝きを放っている。
しかも、その身は透き通っており【ルビー】を彷彿とさせた。
これが食えて、しかも美味いというのだから堪らない。
「うわぁ、凄い綺麗っ」
「……でも、あの現象を知っていると、食べるには勇気がいるわね」
とか言いつつ平然と口に運ぶヒュリティアさん素敵。
ポリポリ、と音を立ててグツグツ大根の刺身を味わうヒュリティアは、無言で二切れ目を口に放り込む。
「……美味しい」
「わ、私もっ」
ヒュリティアの評価を受けてエリンちゃんも一切れ摘まみ、ひょい、とグツグツ大根の刺身を口の中に放り込んだ。
やはり、ぱりぱり、ぽりぽり、と小気味いい音を立てながら味を確かめている。
やがて、彼女の目じりは下がり口角が上がってゆく、という現象を垣間見せた。
「おいひぃ……」
そう、グツグツ大根は、ただ切ってそのまま食べるだけでも美味しいのだ。
俺も、きちんとグツグツ大根の味を確認すべく、切り身を口に放り込む。
パリパリ、ポリポリ、という音すら美味しく感じる大根など初めての事だ。
老舗のおでん屋のお汁の味が、噛めば噛むほどに溢れ出てくる。
それが口の中で温められて、丁度いい温度になってゆくのだ。
果たして、この良くしみ込んだおでんのごとき大根を、どうやって他の料理に合わせたものか。
まず真っ先に、何も加えるんじゃない、という正論が襲い掛かってくるが、これをなんとか捻じ伏せる。
正論だけでは得られないものが在ることを俺は知るが故に。
だが、考えれば考えるほどに思考は堂々巡りに陥る。
よって、俺は考えることを止めた。
そう、これまでの料理の経験に、自分の直感に全てを委ね、心の赴くままに食材を合わせてみることにしたのだ。
まず、迷くことなくホットブーブーのバラ肉の塊を手にした。
作るのは勿論【豚バラ肉の角煮】である。
「これ……じゃない、こいつだ」
「同じお肉にしか見えないよ?」
「いいや、こいつでないとダメなんだ」
それは、このホットブーブーのバラ肉が、グツグツ大根と共に煮込まれたい、と訴えているからである。
他のバラ肉たちは他の調理方法をしてもらいたがっているのが、何故か理解できてしまう。
理由など分からないし、分かろうとも思わない。
食材の気持ちが分かるようになって便利だなぁ、としか思っていないし。
「ええっと……小っちゃいツボはあるかな?」
「……これでいい?」
「おっ、いいのあるじゃん」
ヒュリティアが木箱を漁って取り出したのは赤茶色の小さなツボであった。
大きさは十五センチメートル程度と手ごろなサイズだ。
この中に角煮用に調合したタレと、丁度いい大きさに切り分けたホットブーブーのバラ肉、そして、厚く切ったグツグツ大根を入れて火に掛ける。
蓋もセットになっていたようで、それを受け取り蓋をして煮込む。
二十分くらいでいいだろうか、その間、別の料理に着手する。
「大根なんだから、味噌田楽でもいけそうだな」
「うん? おまえさん、東方国の料理も作れるんかい?」
「東方国にも味噌田楽があるんだ?」
「おう、あるぞぉ。ヒヨコの得意料理じゃったからの」
であるならば、ガンテツ爺さんのためにもチャレンジしてみよう。
オーソドックスな味噌田楽と、オリジナル味噌田楽に挑戦だ。
基本に忠実な味噌田楽は特段、考える必要なし。
オリジナルに少しばかり工夫を凝らしてみる。
なんてことはない、味噌にミントチーズを混ぜ込んで焼いてみる、というものだ。
「もういいかなぁ?」
基本に忠実な味噌田楽は、グツグツ大根本来の味と調合味噌の組み合わせに間違いが無く、素晴らしい味わいへと昇華された。
美味しいおでんに、味噌を掛けて頂いているのだから美味しいに決まっている。
そしてオリジナルの方。
美味しいには美味しいが、これは人を選ぶ味となった。
和風の味付けにミントの強烈な清涼感が主張し過ぎてしまって、ちぐはぐ感が半端ない。
しかし、これが何故かクロヒメさんに好評であり、一人でバクバクと全部平らげるという事態に発展。
しかも、おかわりを寄こせ、というのだから料理というものは分からない。
結局、クロヒメさんのためだけにミント味噌田楽を作ることと相成った。
「……できた」
「おん? ヒーちゃんのそれは?」
「……ミントチーズのグツグツ大根はさみ揚げ」
これはまた、秀逸な料理を即興で作ったものだ。
一ついただき、味を確かめる。
サクサクとした衣の下から、揚げることによって適度な硬さを残したグツグツ大根の歯応えを感じ取った。
それはまるで肉のような食感になっており、溢れ出てくる汁もまるで肉汁のようにねっとりとした感じになっているではないか。
その中心にはミントチーズが挟まれており、とろ~り、と溢れ出てきてグツグツ大根とサクサクの衣に纏わり付いた。
チーズのコクが一層にグツグツ大根の肉らしさを増長させ、ミントの爽やかさはともすれば油っこく感じるであろう衣を爽やかに食べさせる。
まさに足し算と引き算が完璧な料理であった。
この創意工夫に感化された俺は、負けじ、とある食材をガンテツ爺さんが持って来たクーラーボックスから引っ張り出した。
「あっ、それは……」
「ふっきゅんきゅんきゅん! アクアトラベンシェルだぁ!」
そう、このスペシャルな食材同士を組み合わせる、という試みをやっちまおう、というわけだ。
まずはアクアトラベンシェルを食えるようにする、とまな板に置いた瞬間に電流走る。
「うん? これって……」
すっ、と海水で出来たサザエの殻のとある部分に包丁を突き入れる。
アクアトラベンシェルは一瞬、ビクン、と身体を硬直させた後に鮮やかな桜色へと変色していったではないか。
「むっ、おまえさん、いったい何をしおった?」
「いや、ここをブスっと」
「これは、うちのヤツが刺身にしてわしに寄こした色と同じじゃ」
「確かにメッサモドキを使った時とは、確かに違う色だな」
というわけで予定変更。こいつは刺身にしてみる。
すると、とんでもない美味しさが口いっぱいに広がってくるではないか。
「うわっ、この間の刺身も美味しかったけど、これは別物だよ」
ヤーダン主任はこのアクアトラベンシェルの刺身を一口食べて「まるで凝縮された海を食べている」と表現する。
そして、いきなり女体化した。
「どゆこと?」
「わ、分からないよ。こっちが聞きたいくらいさ」
原理は全く不明だが、この刺身を食べるとヤーダン主任だけが女体化するもよう。
きっと、ものすっごい水分豊富なのだろう、と無理矢理解釈することにした。
「うんうん、あの時の味と同じじゃ」
「むむ、これが本当のアクアトラベンシェルの刺身なのか」
果たして、同じものを再び作れるであろうか。
まぐれなような気もするが、もう一つ手に取ってみると、やはりどこに包丁を入れればいいか分かってしまう。
場所は先ほどとまったく別の場所だ。
「でけた」
「ほぅ、分かるようになったみたいじゃの」
「なんでだろ?」
とにかく、できるようになったのだから活用しない手はない。
であるなら、グツグツ大根にも、適切な包丁を入れる場所が存在するのではないだろうか。
まな板に大根を載せて包丁を握る。
自然と包丁が動いた気がした。
さくっ。とんっ。
包丁の刃がまな板と接吻を交わした時、グツグツ大根は新たなる姿を見せたのであった。




