84色目 炎の宴と雷の子
珍妙なトラブルもあったが、俺たちは目的であったグツグツ大根をゲットした。
いろいろな謎は残っているが、ひとまずは全員無事だったこと。
そして、ナベド活火山周辺に生きる人々たちが無事だったことを喜ばねば。
「エルティナちゃん!」
「あぁ、無事だったようだね! 心配したんだよっ!」
クロヒメさんとワイルド姉貴も個室で休憩していたらしく、格納庫に顔を出し、俺の安否を確認すると大きく息を吐き出して安堵した様子を窺わせた。
だが、クロヒメさん。
光の速さで俺を抱き上げてほっぺを蹂躙するのはNGだ。
このままでは俺のほっぺが摩擦でホカホカになる。
さて、あとはキアンカに戻りジェップさんにドヤ顔するだけなのだが、どうやらノミユの町で大規模な宴を催すらしい。
場所は普段、お祭りなどに使用する町の中心に位置する公園を使用するそうだ。
このビッグウェーブに乗り遅れるなど、食いしん坊エルフの風上にも置けぬ行為。
したがって、俺たちはこの宴に参加する義務が生じるのだ。
俺の謎? そんなものは後回し、後回し。
「折角だし、町のみんなにもグツグツ大根を振舞おうか」
「……そうね、こんなにあってもね」
クロナミの格納庫には山のような量のグツグツ大根の姿。
あの水蒸気爆発で吹き飛ばされたグツグツ大根を責任をもってすべて回収した結果、これだけの量になってしまったとのこと。
余談ではなるが、俺が気を失ったあと火口傍から、にょっきり、と顔を覗かせるグツグツ大根が確認されたらしい。
どういう原理かは知らないが、グツグツ大根は溶岩がある限り無限に生え出てくる可能性が示されたのだ。
「大根料理かぁ……何がいいかな?」
そうなると俄然やる気が出てきた。色々と腕を振るおうと思う。
まず、シンプルにグツグツ大根の刺身を提供するのがいいか。
俺の時とは違い、ドロドロに溶けてしまうことはないだろう。
ホットブーブーの角切り肉と合わせて煮付けるのも面白いかもしれない。
大根おろしにして、色々な料理に合わせるのもいいだろう。
「ま、その前に解毒処理を済ませちまおうか」
というわけでグツグツ大根に向けてサンダーボールをかます。
ただし、俺単体の場合はその場で放電してしまうので、ヒュリティアたちには離れてもらった。
「それではユクゾっ! サンダーボール!」
バリバリバリ、という放電音と共にグツグツ大根たちが感電。
瞬間に真紅の宝石のような輝きを見せるようになったではないか。
それはまさに、食べれる宝石、と言わんばかりの美しさだ。
「わぁ、凄いね~……え?」
「……エル、そのお腹」
エリンちゃんとヒュリティアが俺の腹を指差す。
俺は自分の腹を見る、と異様なほどに膨れ上がっているではないか。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
慌てふためく俺は、ポッコリと膨れ上がった自分の腹を認めパニック状態へと陥る。
しかし、事態はそれすら許してはくれず、立て続けに珍現象は発生した。
にゅるん。
「おっぎゃ~」
「おっぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? なんか出てきたっ!?」
そう、俺の腹から、しかもツナギ越しに、にゅるん、と何かが飛び出てきたのだ。
それは超一流の【バブー】であった。
完膚なきまでに【赤さん】であった。
「ちょっと!? 誰の子っ!?」
「いやいや! クロヒメさん、エルティナちゃんの年齢じゃ無理でしょっ!?」
「幼女が赤ちゃんを産んじゃったよっ!?」
いったいどういう状況なのだっ!?
だが、ナイトは慌てふためかないっ!
まずは落ち着く事から始めよう!
「赤ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
「ばっぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
無理なんだよなぁ……。
俺から飛び出してきた赤ちゃんは白エルフの特徴を持った黒髪で黒い瞳を持つ女の子であった。
気の強そうな顔立ちをしていて、俺にはちっとも似ていない。
似ているのはその長く大きなたれ耳だけであろうか。
「おん? どっかで見た顔だな」
「だー!」
赤ちゃんは何かを訴えようとアピールするも、立つことすら叶わないクソザコナメクジでは、それもままならなかった。
やがて彼女は放屁。そのまま眠りの中へと突入していったのである。
そんな正体不明の彼女を抱き上げた。
バチリ、と電流が走った感覚を覚える。
「あっ!? こいつ……」
掛けていた記憶のピースが埋まる感覚、とでも言えばいいのだろう。
俺はこの子が何者であるかを思い出したのである。
「ヒーちゃん、こいつ、【ザイン】ちゃんだ!」
「……そんな気がしていたわ」
ザイン、それはかつて【エルティナ】の家臣だった侍っ娘だ。
本来の性別は男であるのだが、なんやかんやで女の子が定着した悲劇の漢女であったりする。
そんな彼女は、実は全てを喰らう者・雷の枝を司る者でもあるのだ。
今考えると属性多過ぎぃ!
「なんでまた、このタイミング、この誕生の仕方なんだぁ?」
「……それは、こっちが聞きたいくらいね」
大パニックに陥るクロナミ格納庫。
いっぺんに色々な事が起こって情報が処理しきれない。
「よし、グツグツ大根を祭り会場に持って行って調理しよう」
「……見事な現実逃避ね」
というわけでザインちゃんを柔らかなタオルでぐるぐる巻きにしてクロヒメさんに抱っこしてもらい、ノミユのお祭り会場へGO。
「うひっ、うひひっ、こ、これは堪りませんなぁ」
「ちょっと、その子を落とすんじゃないわよ?」
もう表現に困るくらいに表情がヤヴァいクロヒメさんに、ワイルド姉貴はドン引きであった。
これにはいかなる状況でも割と動揺しないかもしれない俺もほんの僅かに動揺を見せる。
人選を誤ったであろうか。いや、これはパーフェクトな過ちであろう。
まぁ、ワイルド姉貴もエリンちゃんもいるし、いざとなったらヤーダン主任を女性化させて面倒見てもらえばいいか。
だが、これからは粉ミルクも調達する必要があるのか。
なかなかに出費が抑えられないなぁ。
訪れた祭り会場。
とっぷりと日は暮れており、祭の会場を照らすのは公園中央の巨大な松明と、あちらこちらで見かける小さな松明だ。
敢えて電灯を照らさないのは、この町を救ったとされる炎の神に敬意を込めての事であろうことが窺える。
そこは飲めや歌えや踊れや、と混沌模様をまざまざと見せつけていた。
乱雑に並ぶ露店からは、食えや食えや、と無料で料理が提供され、あちこちにある酒樽に人々がコップごと突き入れて組み上げ、浴びるようにそれを飲み干していた。
祭というよりかは大宴会、大宴会というよりかは理性を失った獣たちの宴、といった感じだ。
一言でいうなら、これは酷い、であろう。
それでも、人々の言葉からは、絶体絶命の危機から救ってくれた炎の神への感謝の気持ちが溢れていた。
その原因と救出を誰が成し遂げたのかを知っている俺は、一人悶絶することになる。
なんだか、いろいろとさーせん、ってなもんだ。
「お、あそこの屋台、おっちゃんが酔い潰れてるな」
「……丁度いいわ、使わせてもらいましょう」
祭り会場の中央近くで酒を飲みながら調理していたのであろう、頭にタオルを巻きランニング姿のおっちゃんは酒瓶を抱えて夢の中だ。
したがって、ヤーダン主任とガンテツ爺さんの手によって強制排除し、公園のベンチに寝かしつける。
この土地柄、どこで寝ても風邪を引くことはないであろう。
「しっかし、賑やかだなぁ」
「……あの絶望的な状況からの生還だもの。当然よね」
乱雑になっていた調理場を整理整頓した俺とヒュリティアは、早速グツグツ大根の調理に取り掛かる。
グツグツ大根の毒は取り除いてあるので、ヒュリティアでも調理可能となっていた。
「へぇ、これがグツグツ大根かい?」
「そうなんだぜ」
「野菜というよりかは……宝石よねぇ」
ワイルド姉貴が、まるで宝石のように変化したグツグツ大根を恍惚の表情で見つめている。
絶対に食欲以外の感情が渦巻いているに違いなかった。
「売り払おう、とか思ってるんじゃないのかぁ?」
「ま、ままままま、まさか」
邪悪な野望を言い当てられたワイルド姉貴は、あからさまな動揺を見せる。
だが、今回の成功報酬としてグツグツ大根は分けてあげるので、彼女の好きなようにしてもらっても構わないのだが。
果たしてそれも、グツグツ大根を食べて成し遂げることができるか、だ。
「さぁ、作るぞ~」
俺は愛用の包丁カネツグを掲げ、グツグツ大根をまた板に上げるのであった。




