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81食目 炎の神と讃えられし者

 ◆◆◆ ヤーダン ◆◆◆



 最悪の事態に陥ってしまった。


 ナベド活火山が噴火し溶岩が流出。

 その溶岩が向かう先にことごとく町や村がある。


 ミーシャさんを回収したクロナミはガンテツさんの指示に従って山を下りることになった。

 それ以前、そして降りている途中にもエリンちゃんの様子がおかしい事になっている。


 普段の彼女ではないことが、ひと目見ただけでも理解できてしまうも、今はそれどころではない。

 だが、言うことを言って卒倒してしまった彼女は流石に放ってはおけず、オート操縦に切り替えて彼女を介抱する。


「いったい、何がどうなっているのやら」


 男の身体に戻っていたことが功を奏し、彼女の身体を軽々と抱き上げることに成功。

 僕は細身ではあるが筋力は人並み以上にある、と確信している。


 ただ、女性の肉体になっている場合、その限りではないらしい。


 取り敢えずはリビングのソファーに寝かしつける。

 そのタイミングでミーシャさんがリビングへと駆け込んできた。


「どうなってるの!?」

「エルティナちゃんたちが火口付近で機獣と交戦して、ナベド活火山が噴火してしまう要因を作ったみたいだね」

「そんな……!? 早く逃げないと拙いじゃない!」


 はわわ、と慌てふためく彼女の表情に、不覚ながらも可愛らしさを覚える。

 だが、彼女を観察している場合ではない、と我に返った。


「ミーシャさん、エリンちゃんを頼みます」

「え? やだ、この子、どうしちゃったの?」

「急に倒れてしまったんです。お願いします」


 そう願い、僕はリビングを後にする。




 向かった艦橋にてマニュアル操縦へと切り替え、急ぎ山を下りる。

 向かうのはノミユの町。


 そこでは人々が避難を開始している最中であった。

 だが、中には徒歩での避難をしている者たちもいる。

 それでは避難に間に合わないだろう。


 僕は独断ではあったものの、クロナミに避難民を乗せることにした。

 外部スピーカーにて、乗り物を持たない者たちはクロナミに避難するように呼び掛ける。


 溶岩到達まで三十分弱、という計算だ。

 クロナミの速力であるなら、なんとか逃げ切ることが可能だろう。

 時間ギリギリまで避難民を受け入れる。


「早く! 甲板へ!」

「た、助かります!」


 クロナミの甲板がノミユの人々で埋まってゆく。

 人数にして二百人程度集まったであろうか。


「な、なんだあれはっ!?」


 避難民の一人が天を指した。

 そこには一本の火柱が上がり、天を覆い尽くしてゆく様子が窺えたのだ。

 正直な話、非現実的な現象としか言いようがない。


 あまつさえ、それがとぐろを巻いた大蛇のようにも思えてしまうのだ。

 頭がおかしくなった、と身震いすら覚える。


「この世の終わりじゃあ」


 お年寄りの一人が膝を突き、天に祈るかのような仕草を見せる。

 一人そうしてしまえば、次々と同じ行動を取る者が現れた。


 しかし、老人が言ったように、それは終末を予想させる禍々しい光景であったのだ。


 車や戦機に乗り込み脱出を図っていた者たちでさえ、その異様な光景に目を奪われ足を止めてしまう。

 異様な超常現象は、それほどまでに人の注目を浴びてしまうのだ。


 しかし、僕は奇妙なことに、あの禍々しい力に何故かエルティナちゃんの姿を想起してしまった。

 おかしな話だが、あの事象は彼女が起こしているのではないだろうか、とすら推測してしまう。


「(……なんだ? さっきから体の奥が熱いのに、熱気が……)」


 そして、僕はおかしなことに気付いた。


 火山が噴火し溶岩が近づく、ということは気温もかなり上昇していることになる。

 しかし、僕はそれほどの熱を感じないどころか、寧ろ過ごし易さすら感じているのだ。


「お兄ちゃんの近く、涼しいね」

「え?」


 それは状況が理解できていない子供だからこそ出た言葉であったのだろう。

 三つ編みをしたあどけない顔の彼女は、僕の周囲が涼しいことを指摘したのである。


 だが、今はそれを検証する場面ではない事は承知しているので、この問題は後回しにする。


「時間は……もう五分もない! 限界まで避難民を収容します! 急いで!」


 山を見れば溶岩が下りてくる様子がハッキリと分かった。

 それは、もう猶予がない証。


「時間です! 船を発進させます!」

「待ってください! うちの子供が見当たらないの!」

「うちの女房を見なかったかっ!?」


 やはり、引き止めにかかる者たちが現れた。

 しかし、このままではクロナミに乗っている者全ての命が危ぶまれる。


「残念ですが、もう時間が……!?」


 その時の事だ、僕は確かに聞いた。


【大丈夫】、という少女の声を。


 瞬間、僕は天を覆い尽くす炎を見上げていた。

 そして、ほぼ無意識的に呟いたのだ。


「大蛇が……炎の大蛇が下りてくる!」


 天を埋め尽くす炎が、その奇妙な頭を地上に向けて下ろし始めた。

 それは、どう見ても人の拳。


 それがゆっくりと開いてゆく光景に、大蛇が口を開け放つ光景が重なる。


「おぉ……あれはいったいなんじゃ?」

「この世のものではない! 我らは生きながらにして地獄へと落とされたのか!?」

「ままー!」


 避難民たちは理解できない存在を恐れた。

 僕も同様だ、と思っていたが、実のところそうではなかったようだ。


 感じるのだ、あの炎の意思を。

 そして理解した。


 あの炎の大蛇が、何を成し遂げん、としているのかを。


 炎の大蛇がその拳たる咢を閉じる。

 それは獲物を喰らった証であったのだろう。

 瞬間、向かってくる溶岩の熱が急激に奪われたかのように冷え固まってゆく。


 それは本当に一瞬の出来事。

 瞬く間に溶岩が冷え固まり、ナベド活火山の一部へと変化を果たしていったのだ。


「な、何が起こって……!?」

「溶岩が固まってゆく!? 噴火も収まったのか!?」

「見ろ! 俺たちの町は無事だぞ!」


 その信じられない光景に人々は呆気にとられ、そして魅入られた。


 奇跡を起こした炎の大蛇の姿に。

 その異形なる姿の中に宿す優しき熱に。


「神じゃ、あのお方は神に違いないじゃ」


 やはり、祈りを捧げるご老人。

 人間の及びもつかない力を持つ存在を神とするのは、いつどの時代も同じなのだろう。

 しかしだ、そう思ってしまうのも無理はない話である。


 あの莫大な熱量を一瞬にして奪ってしまえる存在など、普通の生物には当てはめる事などできやしないのだから。


【ほらね】


 また、少女の声を聞く。でも、その姿は見えない。

 でも、僕はその声に返事を返す。


「あぁ、きみの言うとおりだったよ」


 くすくす、という無邪気な笑い声を残し声の主は消えていった。


 やがて、炎の大蛇も空に溶けるかのようにして消えてゆく。

 残されたのは灰色の空。

 それもやがて消え去り、青空と落ち着いたナベド活火山の上げる黒煙との、いつもの光景が蘇っていたのだ。


「……ヤーダン主任」

「エリンちゃん!? 大丈夫なのかいっ!?」


 このタイミングでエリンちゃんが甲板へと姿を現す。

 彼女を支えるようにしてミーシャさんが付き添っていた。


「溶岩は……? エルティナちゃんは、チゲは上手く……?」

「大丈夫、大丈夫だよ。全部上手く行った」

「……そう。よかった」


 気になる言葉を呟いたエリンちゃんは、やはり夢うつつのような表情であったが、彼女は僕の言葉を信じて再び眠りの中へと落ちていった。


 正直な話、僕もこの現象に理解が追いついていっていない。

 しかし、何故かこれらを科学的な根拠で証明する気にはなれなかった。


 そうしなくとも、いつか理解できる時が来る、という濃厚な予感があったからだ。


「さて……これからが大変だね」


 クロナミの甲板の上で、絶体絶命の状況から脱した人々の喜びようは生半可ではなかった。

 そこから予期できること、それは溶岩から町を救った炎の神を讃える宴であろうことは間違いなかった。


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