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80食目 全てを喰らうもの・火の枝

 ◆◆◆ エルティナ ◆◆◆



 エルティナイトのコクピットに乗り込む。

 新生の際に服は灰となって消滅したため全裸であるが、俺は超一流の裸族であるため、この危機的状況は回避された。


 であるならば、あとは溶岩の危機に晒される人々を救う事に専念するだけである。


 その方法はあるのか。

 どうやって、自然の猛威を退ければいい。

 自然に逆らう事など到底できるものではない。


 それは道理だ。


 だが、その道理に従って、全てを諦めるのか。

 抗い、傷付き、果てるのか。


 答えなど一つしかない。


 その道理をねじ伏せて、俺はその先にある未来を掴み取る!


「来たれ! 全てを喰らう者! 火の枝……!」


 俺の右手の甲に浮かび上がった炎の痣が真っ赤に輝きだす。

 それに呼応するかのようにエルティナイトに変化が生じた。


 機体の右手から炎が発生し、それが一瞬にしてエルティナイト全体を覆いつくしてしまう。


 真っ赤に染まる視界の中、俺は確かに【彼】の目覚めを確信した。

 だからこそ、彼の名を叫ぶのだ。


 愛しき、家族の名を。


「チゲェェェェェェェェェっ!」


 その名を、この世界に刻んだ時、パキリ、というひび割れの音を耳にする。


 この音は間違いなく、大いなる災いとなろう禁断の魔物を召喚されてしまった、という世界の悲鳴に違いない。


 だが、知ったことか。俺は、俺の都合を優先する。


 この力で多くの人々を救って見せる!


 第六精霊界よ! その目に焼き付けるがいい!


 これが、【全てを喰らう者】だ!


 エルティナイトを覆っていた激しい炎はその形のまま実体化し、エルティナイトを飾り立てた。

 その見た目は炎を纏いし騎士として映るであろう。


 だが、その実態は大きく異なる。

 今のエルティナイトは騎士ではない、圧倒的な【捕食者】だ。


 全ての【熱】を喰らいつくす化け物なのだ。


 今、その証拠を見せてやろう!


「う……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 右手に魔力を……いや、なんだ? この感覚は?

 魔力が流れ込まず、別の何かが右手に集結してゆく。


 これは、桃力でもない別の何か。

 だが、構うものか。それが必要とするなら、俺は送り込むのみ。


 やがて、その力は【大いなる大蛇】を解き放つに至る。


 エルティナイトの右腕が膨張し爆発した。 

 そこから飛び出してくる炎の大蛇。


 それは、とても大蛇とは言えない形状をしていた。

 何故ならば、それは炎で構築されている【右腕】だからだ。


 それが、際限なく天に伸びてとぐろを巻く。

 やがて天は、炎で埋め尽くされる、という奇妙な現象に陥る。


「あいあ~ん!」

「あぁ、いくぞ! アイン君!」


 チゲの目覚め、そして俺の新生によって、アイン君にも影響が及んだらしい。

 今の彼は灰色の球体ではなく、灼熱色をした球体と化していたのだ。


 いうならば、火と鉄の精霊であろうか。


「チゲっ! 人々の命を燃やし尽くす川を貪り尽くせっ!」


 俺の願いに、チゲが応える。天より炎の大蛇が降りてきた。

 そして、口となる拳を開き、溶岩流の熱を貪り食っていったではないか。


 パキパキ、と音を立てながら固まってゆく溶岩。

 ノミユの町へと目前に迫る溶岩流も一瞬にして熱を奪われ、岩石へとその身を変化させる。


 だが、ここで問題が発生。


「ぐおぉぉぉぉぉっ!? し、鎮まれっ! チゲっ! それ以上はっ!」


 久々に【食事】をしたチゲの食欲が納まらないのである。

 このままでは、溶岩どころか【全ての命の熱】をも食い散らかしかねない。

 当然の事だが、命の熱を食われた生物は死に至る。


「何故だっ!? 何故、コントロールが効かないんだっ!?」


 俺の必死の願いも聞き入れず、暴走するチゲに俺は困惑する。

 何かが足りないのか? 致命的な何かがっ!?


 遂には俺からもエネルギーを奪い始めるチゲに、俺は得体の知れない恐怖を感じ取った。


 何から何までもが違う。俺の知っているチゲとは違うのか?

 そんなはずはない、確かにこいつはチゲだ。


 では何故?


「か、考えている場合じゃねぇっ! なんとかしないとっ!」

「あいあ~ん!」


 いっちもさっちもゆかなくなった俺は、その時、エリンちゃんの声を耳にした。

 それは彼女の悲痛な叫び声だ。

 スピーカーから流れてくるそれは苦悶すら感じる。。


『護って、みんなを護って、あの時のように! エルティナちゃんたちを護ったように!』


 ビリビリと空気を、いや空間そのものを振動させるかのような衝撃。

 俺は堪らず「ふきゅん」と呻いてしまう。


 いやこれは本当にスピーカーから流れている声なのか。

 まるで何百、何千ものエリンちゃんが発しているかのような異常な声質。


 それは思考を搔き乱すかのような異質の声となって俺に襲い掛かってくる。

 しかし、俺はその声の中に混じる、彼女の真の声を拾い取った。


 そして、その言葉に衝撃を覚えた。


『チゲっ!』


 何故、その名を彼女が知っているのか。

 だが、エリンちゃんに名前を呼ばれたチゲは明らかに動揺。

 そして、エネルギーの吸収を緩めていった。


 このタイミングでヒュリティアが無線で連絡を入れてくる。

 彼女の声に、俺はちょっぴり冷静さを取り戻した。


 俺もチゲ同様に動揺していたのだ。


 ……これは決してダジャレではない事を強く訴えたい。


『……エル! 聞いて! そのチゲは【本物】よ!』

「本物? いやいや、チゲが偽物なわけないだろ!」

『……でも、ここには確かに偽物がいるの。それは限りなく本物に近い別の存在』


 彼女は何を言っているのだろうか。

 だが、この現状でじっくりと考えてなどいられない。


 このタイミングを逃せば、チゲを押さえ込むことができなくなるかもしれないのだ。


「その偽物は誰なんだっ!? というか余裕が無いんですわっ?」


 ヒュリティアは俺の返答に少し戸惑った様子を窺わせる。

 しかし、彼女は意を決したようで、その偽物が誰であるかを告げて来た。


『……それは、【あなたよ】』

「なんだって!?」


 衝撃の事実がヒュリティアの口から放たれた。

 俺が、俺ではない、とはいったいどういうことか。


『……あなたがチゲを制御できない事で確信したの。でも、今は全てを喰らう者を押さえ込むことだけを考えましょう!』


 もし、ヒュリティアが言う事が真実であったとしても、だからどうすれというのだろうか。

 俺のミジンコサイズのブレインで出した答えなど、ごくごく単純。


 知ったことではない、である。


 俺が成すべきことは、チゲを押さえ込んでこの騒動を収める事。

 そして、命を守ることである。


 そこに本物だの、偽物だのと言う議論はいらない。


「どうすればいいっ!?」

『……チゲは混乱しているの! だから、宥めなければいけない!』


 縋るような気持ちでヒュリティアに助言を乞う。

 こんな状態になってプライドを優先するなど愚の骨頂だ。


『……私と、【あなたの眷属】になったガンテツ爺さんの能力を使うわ!』

「ヒーちゃんとガンテツ爺さんの!?」

『……今は、私を信じて』

「分かった!」


 疑うはずなど無い。

 俺は彼女に対して即答して見せた。


 やがて、ルナティックより不思議な力が伝わって来た。

 どこか懐かしく、でも覚えのない力だ。


『……略式ソウル・リンク・システム起動、シンクロ率32%……三人同時だから、シンクロ率が低い!』

『おいおい、本当になんとかなるんじゃろうなっ!?』

『……なんとかするっ! エルに力を集めて!』

『えぇい、こっちは初めてやるんじゃぞいっ!?』


 バタバタ、としたやり取りの後に、温かな力が俺に流れ込んでくるのを感じ取る。

 恐らくヒュリティアとガンテツ爺さんが送ってきてくれているのだろう。


『……エル! その力を使ってチゲに語りかけて!』

「チゲに!?」

『……そう! 優しく、ゆっくりと、宥めるかのように!』

「やってみる!」


 俺はいまだにエネルギーを奪い続けるチゲに対し、その奪われるエネルギーに想いを載せて送り込んだ。


 大丈夫、俺だよ。安心してほしい、という想いを籠めてチゲに送り続ける。

 ゆっくりと、ゆっくりと、子供を諭すかのように、丁寧に気持ちを送り続けた。


 すると、徐々に奪われるエネルギーは少なくなり、やがて完全に停止したではないか。


 そして、エルティナイトを覆っていた炎の鎧は光の粒子へと解け霧散。

 元のエルティナイトが姿を現した。


「な、なんとかなったのか……?」

「あいあ~ん」


 ぽむぽむ、と俺の頭の上で飛び跳ねたアイン君が膝の上に飛び降りてきた。

 その色は元の灰色だ。


 いつものアイン君を見て安堵したその瞬間、溜まりに溜まった汗が一気に噴き出してくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 そして、一気に疲労も襲い掛かってきた。

 全てを喰らう者、その存在の意味と危険性を思い出した俺は、その重圧に圧し潰されそうになっていたのである。


 このタイミングで、ヒュリティアがエルティナイトのコクピットハッチを強制解放して乗り込んできた。


「……エルっ!」

「ヒ、ヒーちゃん……」


 有無も言わさぬ抱擁に、彼女の体温に、俺は安堵を覚えた。

 へとへとになった身体を支えるには体力がなさ過ぎて、彼女に身体を預ける形になる。


「……それでいいわ。今は何も考えず、眠りに落ちるの」

「うん、そうさせて……もらうんだぜ……」


 ゆっくりと意識を手放す。






 やがて闇が広がり、その向こう側に笑顔の仮面を付けた真紅のゴーレムの姿を認める。


 チゲだ。間違いない。


 あぁ、今行く。ゆっくりと話し合おう。


 チゲの差し出した手をしっかりと握り締める。

 俺たちは再び出会ったあの頃のように、ひとつひとつ言葉を交わし合ったのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] すごいことに・・・ まさか、炎の蛇・・・?
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