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79食目 火に魅入られし者

 ◆◆◆ ガンテツ ◆◆◆



 これは、いったい何が起こっているのだ。


 ナベド活火山がわしらと機獣との戦闘で噴火してしまったところまでは認めよう。

 しかし、エルティナがグツグツ大根を口にして、全身が跡形もなく溶けてしまったのはどういう理屈だ。

 しかも、死んではおらず、挙句には喋っているではないか。


「どうなっておるんじゃっ!? あの子はっ!」

『とにかく、エルの下へっ! 何かが起こるっ!』

『何かって、何っ!?』


 もうわけが分からない。

 クロヒメのヤツがヒステリックに叫ぶ気持ちも分かるというものだ。


 肉塊になったエルティナからとてつもない熱が発せられ、降りそそぐ火山灰ですら燃やし尽くすという現象が発生している。

 あんなものに近付いたら戦機が持たないのではないだろうか。


 しかし、ヒュリティアは迷うことなくエルティナの下へと向かった。

 また、クロヒメも同様に肉塊と化したエルティナの下へと向かっている。


「えぇい……ままよっ!」


 わしも意を決し、エルティナイトの下へと急ぐ。


 果たして、その行動が吉と出るか凶と出るか。

 とその時の事だ、空より岩石が降ってきた。

 それはエルティナイトより遥かに大きく、戦機ごときではどうにかなるものではない、と瞬時に悟れる大きさであった。


「っ! いかん! あのままではエルティナイトがっ!」


 くそっ、間に合うだろうか。


 現在、わしらはバラバラに行動していたため、三機ともエルティナイトから離れた位置にいる。


 わしが一番エルティナイトに近く、ヒュリティアが一番遠い位置だ。


 エルティナの肉塊は脈動を繰り返し、今にも変化を起こしそうではあるが、それでは遅い。

 天に巻き上げられた巨大な岩石の方が、先にエルティナとエルティナイトと圧し潰してしまうだろう。


 ならば、やることはただ一つ。


「デスサーティーン! 頼むっ!」


 わしはデスサーティーンで落下中の岩石を押し返さんと試みた。

 岩石の真下に飛び込み、全スラスターの出力を全開にする。


「えぇい! どうにかなるもんではないわっ!」


 案の定、戦機一機ではどうにもならない。

 おまけに、この岩石は超高温を保っている。


 徐々に融解しつつあるデスサーティーンの両腕。

 遂には完全に融解し、それでもわしは機体の胴体を使ってでも時間を稼がんとした。


 熱で爆発する機器、ぐずぐずに焼け焦げる皮膚、老体には堪える。


 だが、老人が生きて若者……というよりかは子供が死ぬ世界に未来はない。


「損な役回りじゃて! なぁ、相棒?」


 果たして、十分な時間は稼げたであろうか。

 それを確認するまでもなく、わしはデスサーティーンの爆発の中に飲み込まれたのだった。




 ◆◆◆ エリン ◆◆◆




 ダメっ! ダメよっ……!


 いろいろな未来が私の視覚に飛び込んでは消えてゆく。

 先ほど、ガンテツお爺ちゃんが爆発に飲み込まれる光景が脳裏に映し出された。


 最悪だ、見たくもない。でも、無理矢理に見せられる。


 この結末の回避方法は無いのだろうか。

 私に何を成し遂げろというのだろうか。


 分からない、分からない……!


 その時、私はいつか見た夢を思い出す。

 命を賭してまで大切な友人たちを護らんとした大いなる巨人を。


「護って、みんなを護って、あの時のように!」


 縋るしかなかった、夢の中で身を挺してまでエルティナちゃんたちを護り通した灼熱色の巨人に。

 必死に通信マイクに向かって声を張り上げる。


 それは、果たして私の声であったのだろうか。

 自分の声は、ありとあらゆる角度から反響したかのような感じで通信マイクに向けられ、クロナミの艦橋を私の声で埋め尽くしているかのよう。


 これにヤーダン主任は溜まらず耳を塞いで耐えているが、今は彼のことを考えている余裕は一切なかった。


 ただ、ただ、エルティナちゃんたちを救ってほしい、という衝動がひたすらに私を突き動かす。


「エルティナちゃんたちを護ったように!」


 もう、自分が何を言っているのか把握していないし、理解もできていない。

 何を言えばいいのか、何故言わなくてはならないのか、私は何をしているのだろう。


 でも、言わなければならない言葉は、言葉ではなく、その彼の微笑にて補完される。


「チゲっ!」


 私の最後の叫びは、突風となって環境に吹き荒れた。

 既に糸が切れそうだった人形のような私は自らが起こした風によって吹き飛ばされ床に叩き付けられる。

 口の中を切ったのか鉄の味が口内に広がった。


「エリンちゃん! しっかり! しっかりするんだ! エリンちゃ……!」


 私の必死の祈りは、願いは果たして届いただろうか。

 彼女たちに、そして彼に届いただろうか。


 ヤーダン主任の心配そうな声を最後に、私の意識は途切れた。


 彼には悪いことをしちゃったなぁ……怪我、してないといいな。




 ◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆




 間に合わなかった。


 ガンテツ爺さんの漆黒の機体はエルティナを護るために無謀な行いをし爆散、岩石到達までの時間を、ほんの僅か引き延ばしたに過ぎなかった。


 果たして、それは無駄な行為であっただろうか。


 答えは否だ、この世の中に無駄な行為などはない。

 それが、命がけであるなら尚の事。


 その証明は、彼女がやってくれた。


 デスサーティーンの爆炎よりも更に灼熱の色を放つ炎が生れ出た。

 それは奇妙なことに巨大な右手を模っている。


 エルティナイトの右手より発生した炎は迫りくる岩石を受け止める、とそのまま握り潰してしまったではないか。


 いや、握り潰す、というよりかは、蒸発させてしまった、が正しいだろう。


 そして、それを成した者こそ、全ての食欲に見入られし者。

 その食欲を全て取り込む定めにありし者。


「……エルっ!」

「待たせちまったな、みんなっ!」


 生まれたままの姿の白エルフは、全身が焼け焦げているガンテツ爺さんを抱きかかえていた。

 その右腕には燃え尽きぬ炎が纏われており、メラメラ、と大気を貪り続けている。


 その有様、そして圧倒的な存在感に確信を遥かに通り過ぎた感覚を覚えた。


 間違いない、あれは【この世で最も優しい炎】だ。

 あの子が、エルティナを、私たちを護るために【帰ってきた】のだ。


「グツグツ大根っ! ガンテツ爺さんを頼むっ!」


 エルティナがチユーズではなく、グツグツ大根にガンテツ爺さんを任せる、と言った。

 それは、あの子が食材と心を交わした証。


 正しくは【火の精霊】と誓いを交わした証だろう。


 エルティナに美味しく調理されたグツグツ大根は、瀕死のガンテツ爺さんの口へと飛び込む。


 無意識であろうか、それともその美味しさに咀嚼せずにはいられなかったのであろうか。

 その行為は、即ち、火の精霊を受け入れるも同然。


「ぐ……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 ガンテツ爺さんの肉体は瞬く間に灰となって崩れ去る。

 果たして、それは失敗をしてしまった結果か。


『ガ、ガンテツお爺さんっ!』

「……大丈夫よ、クロヒメさん。彼は選ばれたわ。その熱い精神は【火の精霊】に選ばれたの」

『せ、精霊っ!? いったい何を……』


 それは、私たちが見守る中で起こった。


 ガンテツお爺さんの灰が突如として燃え上がり人の姿を成す。

 そして、ガンテツお爺さんが炎を伴いつつ、時間の逆再生でも見ているかのように再生を果たしたのだ。


 火の精霊はビジュアルを考慮し、服ごと彼を再生させていたもよう。


「ぶはっ!? こ、これは、なんじゃっ!? それに、この子はっ!?」

「ガンテツ爺さんは、火の精霊に選ばれたんだぜ」

「この子が……火の精霊?」


 火の精霊は赤いヒヨコ、とでもいうのであろうか。

 それが小さな翼をパタパタさせながら、嬉しそうにガンテツ爺さんの周りを飛んでいた。


「そうか、わしは嬢ちゃんと、こいつに救われたんじゃな」

「その切っ掛け……この僅かな時間を作ってくれたから、全てが間に合ったんだ」


 エルティナはその右腕を掲げる。

 その手の甲には真っ赤な【炎の痣】がくっきりと浮かび上がっていた。


「ヒーちゃん! ガンテツ爺さんを!」

「……分かったわ!」


 私は急ぎガンテツ爺さんをエルティナから回収する。

 そして、直ちにエルティナイトから離れた。


 それは、これから起こる人知を超えし現象に備えるため。


「……クロヒメさん、こっちに!」

『何がなんだか……もうっ!』


 彼女はかなり混乱気味であったが、素直にこちらに来てくれた。

 これで、思う存分に力を振るえるはず。


 あとは彼女らに全てを委ねる。


 再臨した、【食いしん坊エルフ】。


 かつて全てを喰らいし大蛇が、今、蘇らんとしていた。


 果たして、それは絶望か。

 果たして、それは希望か。


 それを決めるのは、新生したあの子次第だ。


 エルティナイトに乗り込んだエルティナから、覚えのある途方もな力を感じ取る。

 それは、私たちの世界を震撼させた力に間違いない。


「……さぁ、見せて頂戴。あなたの、あなた方の【食欲いだいなるちから】を」


 ここに、新たなる物語は産声を上げた。

 きっと、それは伝説になることだろう。


『いくぞ! アイン君! エルティナイト! そして……!』


 エルティナイトに乗り込んだエルティナが、コクピットハッチを閉める。

 それと同時にエルティナイトが右腕を掲げた。


 鋼鉄の巨人の右拳に大いなる力が集約してゆくのを感じ取った時、世界は真紅よりも赤く染まり上がったのであった。


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