78食目 情熱のグツグツ大根
◆◆◆ エリン ◆◆◆
大変なことになってしまった。
ナベド活火山が数百年ぶりに噴火してしまったのだ。
大地が脈動しているかのような揺れと、暗黒に染まり上がる空。
天より降りそそぐ大量の火山灰。
まさに、この世の終わりのような光景には、いかなる者もただ立ち尽くすしかない。
そして、タイミングは最悪だ。
現在、エルティナちゃんたちはグツグツ大根を求めて火口付近にまで赴いている。
加えて火口付近で機獣と遭遇し戦闘、なんとか勝利した、という朗報の直後に大噴火だ。
この異常事態に対し、ヤーダン主任は即座にエルティナちゃんたちに連絡を入れる。
電波状態が悪いのか、数度通信を試みるも失敗に終わる。
しかし、諦めずにコンタクトを取り続けたところで、ようやくガンテツお爺ちゃんと通信が繋がった。
これにヤーダン主任は安堵するも、一瞬の事。
通信が途切れる前に伝えることを伝えるべく口を動かした。
「ガンテツさん、直ちにクロナミに退避を! もう人間の手には負えない! 僕たちも直ちに各町へ避難勧告を出します!」
『了解じゃ! おまえさん方先に避難せい! わしらは、わしらでなんとかする!』
「で、ですが……!」
『エリンを頼む! わしの孫みたいなもんじゃからなっ!』
ガンテツお爺ちゃんのハキハキした応答に、ヤーダン主任はやるせなさを見せた。
しかし、自分たちにできることは限られていることを悟ったのか、クロナミの護衛に当たってくれていたミーシャさんに帰艦要請を出す。
「ミーシャさん、撤退です! 急いでクロナミに!」
『あいよ! エルティナちゃん達……大丈夫かねぇ?』
「あの子たちなら、きっと大丈夫ですよ」
私もそうだと信じたい。
でも、この妙な胸騒ぎはなんだろうか。
これはきっと予感、いや、それよりも確信に近い物を感じる。
濃厚な未来予測に近い幻覚。
だって、私の目には無残な最期を遂げるエルティナイトの姿が!
「―――――――――――っ!」
目と塞ぎ、ぶんぶん、と頭を振る。
でも消えない、ドロドロに溶け行くエルティナイトの姿が。
エルティナちゃんの姿が。
消えてくれない、消えてくれない。
まるで、現実から目を逸らすな、と言っているかのように。
なんの力も持たない私に、いったい何をしろというのだ。
できることは不条理を嘆くことくらいなもの。
理不尽を呪うことくらいなもの。
私は普通の人間なのだ。
こんなの、こんなの……!
「う、あぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「エ、エリンちゃんっ!? いったい、どうしたんだいっ!」
痛い、痛い、痛いっ! 頭が割れそうなくらい痛いっ!
視界が何重にも重なってわけが分からない。
ヤーダン主任の声が幾つも鳴り響いて吐きそうだ。
堪らず頭を抱えて膝を突く。
それでも痛みは増す一方で、でも頭の中の映像は鮮明さを増してゆく。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
五感の全てに異常が発生しているかのようで、空気に触れているだけで激痛が走る。
脳髄を鉄の棒でかき回されているかのような気持ち悪さに吐き気を覚えた。
でも、この感覚……以前にもあった気がする。
それは確か幼い頃に、私がホビーブリギルトに乗って、あの、黒い……。
「う、ぐぐ……!」
「ダメだ、無理をしては!」
ヤーダン主任の制止を振り切って私は立ち上がった。
視界には、やはりドロドロに溶けたエルティナちゃんとエルティナイトの姿。
不快だ、不快だ。
私は、そのようなものを、【望まない】。
私は震える手で、通信用のヘッドギアを手にした。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「あい~ん! あい~ん!」
「ぐ……! 魔力が少ないからって! 逃げれるかよ!」
そうだ、ナイトが逃げてどうする。
ナイトは人々の盾だって、それ一番言われてっから!
だが、魔力の無い白エルフ、そしてエルティナイトはただのポンコツって割と言われている感。
さてさて、どうするべきか。
「溶岩の流れをコントロールして、何も無いところに流せないだろうか?」
『……難しいと思う。私たちの武器じゃあ、火力が足りないもの』
「ちくしょう、せめてファイアーボールが撃てれば……!」
その魔力すらないという極限状態。
今、エルティナイトを動かせているのは俺の光素を使用しているからだ。
やはり、魔力と光素は似て非なる存在であるようだが、問題無くエルティナイトを動かすことができている。
しかし、まったく、と言っていいほどパワーが出ないのだ。
これが【魔力と光素の差】というものなのだろう。
「はっ!? 魔力がない……だとっ!?」
ここで俺の脳裏に電流走る。
それは、どうしようもないくらいの天啓に違いなかった。
『どうしたの? エルティナちゃん』
「圧倒的な閃きっ! 魔力がないなら、補充すればいい! そうだろ、クロヒメさん!」
『……まさか、ここでグツグツ大根を調理して食べるの?』
「ヒーちゃん! グツグツ大根をくれ!」
俺は操縦をアイン君に任せ、エルティナイトの手の平へと移動。
そこでグツグツ大根を受け取り調理を開始する。
時間は殆どない、一発勝負に近いものがある。
全神経を名匠カネツグが鍛えし包丁へと注ぐ。
「真っ赤な大根だ。でも、もう熱気は籠ってないようだな」
赤い大根を触ってみる、とそれはひんやりとし感触を返してきた。
良くも悪くも赤い大根としか認識できない。
だが、その見識は間違いである、とグツグツ大根は雄弁に語っているかのような生命力を見せつけてきた。
魔力が底を尽き掛けているからであろうか。
光素を行使しているからであろうか。
俺には命の輝きが視覚を通してハッキリと理解することができたのだ。
「俺の魔力が底を尽いたことと、そのタイミングでのグツグツ大根との出会い……これは偶然じゃない! 確定事項っ! 何者かが定めた運命っ!」
伝わってくる! グツグツ大根の想いがっ!
美味しく食べてほしい、という情熱と愛情がっ!
だが、分からない! その調理法が!
どうすれば、こいつを美味しく食べてやれるんだっ!
焦りで大粒の汗が額から滴り落ちる。
どうすれば、どうすればいい! 教えてくれ、グツグツ大根っ!
その時の事だ、俺は落雷に打たれたかのような感覚を覚えた。
それは紛れもなく、天よりもたらされた俺の行くべき道。
「俺の……残りの魔力を使い! サンダーボールを発動!」
一か八かの大勝負に出る。
グツグツ大根には猛毒が含まれているという。
俺には毒が通用しないが、それは決して毒を取り除かなくてもいい、という事ではない。
食材は毒を取り除いて、初めて真価を発揮できるのだ。
そのグツグツ大根の毒除去方法とは、ズバリ、電流を流し毒を破壊することを悟る。
それを教えてくれたのは何者でもない、グツグツ大根本人だ。
それも、ただ電流を流せばいい、というものでもない。
強力な電流を一瞬で通すことが必要不可欠なのだ。
バリバリ、と音を立て一瞬で駆け抜ける雷は見事、全てのグツグツ大根を貫き大気へと溶け込んでいった。
これは成功したと考えていいだろう。
「ぐ……!」
だが、視界がぼやける。魔力枯渇現象だ。
魔力は命と密接な関係にあり、使い果たすと最悪、死が待っている。
したがって、魔力の使い過ぎ=死という法則が成り立ってるのだ。
今の俺の状態は、下から数えた方が早い症状。
つまり、あと一歩で俺は死ぬ。
それでも、俺は必死に包丁を握り締める。
あともう少しなんだ、もってくれ、俺の命っ!
エルティナイトの手の平をまな板代わりとして、グツグツ大根をカットする。
すると、毒の抜けたグツグツ大根から再び高熱が発生し始めたではないか。
しかも、あろうことにカットした大根が、ふわりふわり、と宙に浮かび、目も眩むほどの輝きを発し始めたのである。
「こ、この輝きはっ!? う、うおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
独りでに口が開く。
そこに、一口大にカットされたグツグツ大根たちが、次々に飛び込んでゆくではないかっ!
それを噛み締める。
じゅわり、と灼熱の旨味成分が溢れ出してきた。
「こ、これはっ!? うぅ! まぁ! いぃ! ずぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺の口から真紅の怪光線が放たれる。
間違いない、今、俺はっ! ナベド活火山の生命力を取り込んでいるっ!
グツグツ大根から溢れ出す灼熱の旨味は、まるで何百年も足し注がれてきた老舗のおでん屋のつけ汁っ!
噛み締める度に、それは色々な表情を見せるっ!
「あぁ、堪らない。この熱は命だ! 情熱だっ! 愛だっ! 俺は今っ! グツグツ大根の愛に抱かれているっ!」
この圧倒的な熱に俺は溶かされてしまっているかのようだ。
その表現は正しいのだろう。
俺の身体は、ドロドロに溶けてしまっていたのだ。
『……エルっ!』
ヒュリティアの悲鳴が聞こえてきた。
でも、大丈夫だ、問題無いよ。
これは、俺が【新生】するために必要な現象なんだ。
だから、見ていてくれ。
どろどろの塊になった俺の内側に膨大なエネルギーが発生しだした。
それは、紛れもなくグツグツ大根の熱い情熱。
それは、紛れもなく俺の熱い情熱。
だからこそ、俺たちは叫ぶのだ。
「真・身魂融合っ!」
それは誓いの言葉。
己が魂と肉体とを同一化し、新たなる段階へと進むための決意の儀式。
命尽きるまで永遠に共にある、という覚悟の誓い。
俺は、俺たちは、燃える情熱と共に、この第六精霊界に新生した。




