77食目 起死回生
◆◆◆ 機械人 P・モレント ◆◆◆
なんだこいつは? 今までやり合ってきた戦機とは、まるでタイプが違う。
言葉に言い表すのであれば、単細胞、愚直、猪、それらの言葉がよく似合う。
だが、脆い戦機でそれをしようものなら、たちまちの内にバラバラになってしまうだろう。
しかして、彼奴にはそれがない。
このロ・メカの体当りにも耐えきるバカげた頑強ぶりに、血が通わぬ鋼鉄の肉体にあっても熱い血潮を感じ取った。
「このロ・メカに傷を与えるとはやるではないか、エルティナイトとやら!」
『上から目線で言えるのも、あと僅かな時間だぞ!』
そして、この強気な性格。何から何まで、俺の好みだ。
だからこそ、本気で叩き潰す。
「ならば、やってみせい! このP・モレントに対してっ!」
再びロ・メカの腕部にエネルギーを送り込む。
この機獣は対溶岩耐性を持たされており、また、その防御膜を応用して溶岩を操作することも可能である。
そして、溶岩が存在する、という環境下のみではあるものの強烈な特殊攻撃を発動できる。
それがこの……。
「マグマゲイザー!」
腕部エネルギーを大地に流し込み溶岩に干渉。
それを噴火の要領でもって噴出させる。
並の機体では到底、耐えきる事など叶わぬ一撃だ。
『ぬわぁぁぁぁぁぁっ!? 装甲が溶けたっ!』
ドロドロに溶ける彼奴目の戦機。
呆気ない最期、かと思えば彼奴は装甲を瞬く間に破棄したではないか。
「くかかかー! 面白い、実に面白い!」
『やりやがったなっ! 結構高いんだぞ、これ!』
ドスドス、と地団太を踏んで怒りの程をわざわざ見せつけるのは痛み入る。
だが、人はそれを無駄な行動というのだ。
「装甲を外して本体を護った咄嗟の行動は称賛に値する。だが、ここまでだな」
『なんだとっ!?』
「その貧弱な形ではロ・メカの一撃には耐えられまい」
『おいぃ、その言葉、絶対に後悔させてやんぞぉ!』
この声質は、図星を言い当てられたものに相違ない。
言葉による心理戦は苦手と見た。
ここまで条件が揃って負けるのは恥ずかしいどころの騒ぎではない。
やはり、多少頑丈なだけの戦機であったか。
急に興味を失い、熱が引いてゆくのが分かった。
ここいら辺で連中に引導を渡し、作業に戻るとしよう。
俺はロ・メカの腕部にエネルギーを充填し始めた。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
拙い! めっちゃ亀さん強い!
こちらの攻撃は一応通用するが、反撃のぶちかましでエルティナイトがバラバラになるのはほぼ確定!
だからといって、ここでジッとしていたらマグマの柱に溶かされちまう!
『……エル! 考えがあるわ!』
「ほぅ……興味ありますっ!」
『……よく聞いて』
ヒュリティアからもたらされた作戦は、とんでもない作戦であった。
失敗すればこちらは全滅、成功すれば亀さんを撃破できる、という一か八かだ。
でも、俺はこういう作戦、嫌いじゃないんだよなぁ。
「乗った」
『……そう言うと思った。クロヒメさんもガンテツ爺さんも了承済みよ』
「いい根回しだこと」
『……えっへん』
というわけで、作戦開始。
ヒュリティアとクロヒメさん、ガンテツ爺さんは囮役に徹する。
狙いは亀さんをイライラさせること。
ぶんぶんと小蠅のごとく動き回る戦機たちに、ロ・メカはその長いヒレを振り回して応戦する。
甲羅から伸びる砲門より放たれるエネルギー弾は俺が対処。
そのチャンスが訪れるまで辛抱強く耐える。
『鬱陶しい蠅どもめっ! まずは、おまえから消し去ってくれる!』
ロ・メカが大きくヒレを振りかぶった。
溶岩の一撃が来る予兆に違いない。
その発動位置は、恐らく亀さんの真正面に立つクロヒメさんのアインラーズ。
ヤツの殺気を感じ取ったのであろう、彼女は好機が来たことを俺に知らせる。
『エルティナちゃん!』
「おう! 魔法障壁展開!」
クロヒメさんの合図で俺は魔法障壁を形成。
形はひっくり返したコップだ。そこにロ・メカを閉じ込める。
だが、これは封じ込めが目的ではない。
「続いて水属性日常魔法【アクアドロップ】、発動!」
そのコップに、にゅるん、とエルティナイトの腕を突き入れて日常魔法【アクアドロップ】を発動させる。
すると、ボッ、という音と共に魔法障壁製の巨大コップは純水で満たされた。
『な、なんだこれはっ!? 水……だとっ!?』
慌ててロ・メカが退避しようともがくも、水の中では思ったように動けないようだ。
ヒレでの一撃も威力が半減し、魔法障壁のコップにヒビ一つも入らない。
亀さんなのに恥ずかしくないの? 辞めたら種族。
そして、溶岩に耐性があると慢心したヤツは、マグマの柱を【自分の至近距離】に発生させている。
「みんな! 早くエルティナイトの後ろにっ! 魔法障壁……【五百連】だぁ!」
超高密度の青白い壁がエルティナイトの盾に集結する。
その唯一無二の盾は、これから起こる暴虐の衝撃から仲間を護ることだろう。
『ば、馬鹿なっ! 馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
もう遅い、おまえは俺たちを舐め過ぎた。
ロ・メカが自ら発生させた超高熱のマグマが純水と接触。
結果、水蒸気爆発が発生した。
溶岩にも耐える装甲も、水蒸気爆発の衝撃には耐えることができなかったようだ。
爆発によって木っ端微塵に吹き飛ぶ巨大な亀の機獣。
対する俺たちの輝ける盾は、その身を砕きつつもなんとか耐えている。
……今のところは。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
その爆発の中、俺は見た。宙を舞うグツグツ大根たちの姿を。
「いかん! 直ちに彼らを救出せねばっ!」
というわけで、空いている方のエルティナイト手で魔法障壁製の虫取り網を生成しヒュリティアたちに手渡す。
「グツグツ大根を救って差し上げろ!」
『このタイミングでかっ!?』
『なんというか』
『……ブレないエル。素敵よ』
なんだかんだ、お願いを聞いてくれる仲間たち。好きかも。
この爆発でも割と原形を保っている真っ赤な大根たちは、いったいどういう頑強さを持っているのであろうか。
ただ単に衝撃に強い食材なのか、それとも別の力が働いているのであろうか。
「おぉん! あとが無いっ! 耐えてくれめんすっ!」
俺の情けない悲鳴は果たして天に届いたのか。
五百あった魔法障壁は残り三つを残して、なんとか水蒸気爆発を耐えきったのであった。
ぜぇぜぇ、と肩で息をする。
魔力には相当な自信があるのだが、ものっそい消耗した気がした。
まぁ、この程度は大丈夫だろう。
内に溜まった疲労を吐き出すかのごとくため息を放出、同時にドッと汗も噴き出した。
「マジで一か八かだったな」
『……それだけ、今回の相手が危険な存在だった、という事よ』
ヒュリティアの言うとおりである。
攻撃をまともに受け付けず、しかも異様な火力をもつ難敵であった。
撃破方法も真っ当ではないことから、対処方法も無いに等しい。
あんな奴が大挙して襲い掛かって来たら、完全に積みだ。
「とにかく、グツグツ大根も手に入ったし、機獣の問題も解決したし、これにて落着だな」
『……待って、様子がおかしいわ』
『何? この振動は?』
ヒュリティアとクロヒメさんが異常を察知した。
俺も心の奥底が騒めきだしている。
同時に激しい頭痛に見舞われた。
まるで、急いで何かを思い出せ、という叫びにも思える。
その時、ヤーダン主任から緊急通信が入った。
『急いでそこから離れて! ナベド活火山が噴火の兆候を見せた!』
「な、なんじゃとっ!? やはり、グツグツ大根が噴火を抑え込んでいた、というのは事実じゃというのか!」
……あれ? ひょとして、これって俺たちが悪いっぽい?
「俺たちは悪くねぇ! 全部、亀さんが悪いんだっ!」
『……そーだ、そーだー』
というわけで華麗に責任転嫁し罪は免れた。
だが、それよりも噴火の方をなんとかしなければ。
「どうするっ!? 魔法障壁で蓋をするわけにも……」
「あいあ~ん!」
アイン君の悲鳴。
それと同時に、ナベド活火山はその怒りの咆哮を上げた。
この火山の麓には沢山の町がある。
そこにはお世話になったノミユの町も。
「このままじゃ、町の人々の命が……!」
心の中が騒めく。早くなんとかしなければ、という衝動が俺を突き動かす。
しかし、俺の魔力は限界に達しようとしていたのだ。
「っ!? 魔力が……何故だ!?」
身体から力が抜けるような感覚。
まさか【魔力枯渇現象】だというのか。
おかしい。
俺の魔力は途方もない量であり、魔力切れなど起こすはずもないというのに。
かつて一度ほど経験した魔力不足による虚脱感。
この感覚を忘れるはずもなく。
『……エル! それ以上は魔力を使わないで!』
「ヒ、ヒーちゃん?」
『……今のあなたは、【かつて】のあなたじゃない! 死んじゃうわよ!』
「どういう……いや、今はそれどころじゃない! 町の人々の命を!」
火口より流れ出す溶岩は、ゆっくりと麓を目指し流れてゆく。
それは死へのカウントダウンも同然であった。




