74食目 地獄のチゲ鍋祭
あ~た~らし~い、朝がきたっ!
「おんどるるあぁん! おきるるおぉっ!」
フライパンをお玉で叩きながら大人どもの部屋を回る。
案の定、連中は二日酔いのもようで、フライパンの金属音に悶絶する様子を見せた。
特にミーシャことワイルド姉貴の酷さは筆舌に尽きる。
もうこれは表現してはいけないやつだ、と本能が訴えているのだ。
本来であれば、総合状態治癒魔法【クリアランス】でちゃっちゃと治療するのが好ましいのだが、戒めの意味を込めて自然治癒させるのが好ましいだろう。
そのための辛い朝食、そのためのチゲ鍋なのだ。
あと、ヤーダン主任にはしっかりと身なりを整えてもらう。
女性用の衣服のまま、男性化したら事案が発生してしまうからな。
中にはそれがいい、という紳士淑女がいるようだが、却下だ、却下!
そんなわけで、朝っぱらから【ドキっ! ヒリヒリチゲ鍋ハッスル祭】は~じま~るよ~。
「では……死ぬがよい」
「朝っぱらから、これは酷いのう」
二日酔い組の中では比較的軽症であるガンテツ爺さんは、ぶつくさ言いながらグツグツ煮立つチゲ鍋に箸を入れた。
具材はホットブーブーのバラ肉、辛み成分が含まれるという真っ赤な白菜の【赤菜】、溶岩ヒラメを一匹裁いて切り身を投入。
【バーニンニク】という辛~いニンニクで風味を加え、【辛いよかん】という加熱してもビタミンが失われない果物も投入。
辛いよかんは果実こそ辛くはないが、その皮がくっそ辛い。
しかし、とても香りがいいので使わない手はない、ということで細かく刻んで投入。
溶岩石に擬態しているという溶岩アサリを加え、くっそ辛いという【ヒリヒリエノキ】というキノコをもりっとぶち込んで、【デス豆乳】という真っ赤な豆乳でまろやかさを加えた鍋である。
辛さに掻き消されて、まろやかさが息してないけどなっ!
尚、昨晩このスープを作った時点で、かなりデンジャラスな辛さだった。
味見して【クリアランス】を発動させたのは、後にも先にもこれだけだと思う。
情けとして、ミント水で炊いたご飯を用意。
食べるとモッチリとした食感の後に爽やかな清涼感が追従してくる。
この地方独特の炊き方であるそうで、酒場のマスターに教えてもらった調理法だ。
軽く塩を振って【おむすび】にして携帯するのがポピュラーなもよう。
「ひえっ、どこから見ても赤しかないわ」
「うおぉ……これが地獄なのね。うっぷ」
赤一色のチゲ鍋に恐れをなすクロヒメさんとワイルド姉貴は、ブルブルと震える箸でチゲ鍋から具を椀に移した。
「これは、食がそそるね」
一方で辛い物好きなヤーダン主任は俄然、食欲を窺わせた。
彼女も一応は二日酔い重症者であるが、このくっそ辛い鍋の前に覚醒したもよう。
見る見るうちに彼女の椀が具で山盛りになってゆくではないか。
しかも、誰しもが嫌煙したスープまでもをお玉ですくって椀に流し込む。
ぶっちゃけ、見ているこっちの方が「ぴぎゃぁぁぁぁっ」と叫んでしまいそうなほどに危険な量である。
それを「いただきます」と感謝を込めて口にする彼女は「ほう」とうっとりとした吐息をはきだした。
一瞬にして頬が上気し彼女は上目遣いになる。
ぶっちゃけ、アヘが……。
「……そこまでよ、エル」
「はっ!? 俺は正気に戻った!」
ヒュリティアの的確なツッコミによって、俺は正気に戻ることができた。
危ない危ない、あとでヤーダン主任の目にモザイクを入れておこう。
何? もっとヤヴァくなる?
気にするなっ!
俺たちはというとヒュリティアの要望により、【ホットブーブードッグ・ミントスペシャル】というものを頂いている。
これはコッペパンにミントを加えたものなのだが、そのインパクトが半端ない。
「エルティナちゃん、すっごい色だね」
「エリンちゃん、俺も初めて目撃した時は思わず鳴いたんだぜ」
なんと、パンが緑色なのだ。
その具材どもはことごとく赤という極端さだ。
具材は勿論、ホットブーブーのソーセージをメインに、【ピリピリ豆】というほんのり辛い豆と、【トマカラ】というマスタードのようにすぐ辛さが消える菱形のトマトをソースにした物がパンに挟まれている。
これを早朝のパン屋さんから購入してきたのだ。
これと濃厚ミルクがチャイルド組の朝食となる。
「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ぴぎょぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「もぴぴぴぴぴぴぴぴぴっ!?」
ガンテツ爺さん、ワイルド姉貴、クロヒメさんが悶絶する。
一瞬にして顔は真っ赤になり、大量の汗が噴き出してきた。
三人は慌ててミントご飯を口にする、と追加で汗が噴き出してきたのが確認できた。
「だ、だめっ! ご飯じゃ中和できない! み、水っ!」
「ほい、クロヒメさん」
「あ、ありがと……辛いっ!?」
「ふっきゅんきゅんきゅん……ノミユ名物、【ダイエット水】なんだぜ」
クロヒメさんを悶絶させた【ダイエット水】はぶっちゃけ、ノミユの町の井戸水である。
この地方の水には辛み成分がたんまりと含まれており、飲むと一気に汗がぶわっと吹き出してくるらしい。
そのためか、この地方の人々におデブは存在しないのだ。
尚、普通の水にするためにはミントの葉を一枚投入し、三十分ほど待つと辛みが消えるらしい。
この地方の人々にとって、ミントは欠かすことのできない植物なのだ。
生命力もクッソ強いし、モリモリ育つので、まず枯れるという事はないだろうから重宝するのも頷ける。
「ちゃんと完食するように」
「お、鬼ぃ!」
「残念、俺は鬼を退治する桃使いなのです」
というわけで、大人どもの体内に籠る【湿】を全部排出させましょうね~?
【湿】は言い換えると【陰】ともいえるものだ。
要は身体に悪い物であるので、汗と共に体外へと追いやってしまうに限る。
「はむはむ、んぐんぐ、食べろっ! 食べるんじゃっ! 痛みを感じる前に一気に!」
「なんで、むぐむぐ、こんなことにっ!」
「ほふほふ、はぎゅぅぅぅぅっ!? と、唐辛子丸ごとっ!?」
正直すまん。唐辛子はいらんかったかなって。だが、俺は謝らない。
大人どもの悶絶する光景を見ながら、俺は暗黒微笑を炸裂させた。
それでもって、ホットブーブードッグ・スペシャルをぱくり。
具材たちの情熱的な辛さが口に押し寄せるも、ミントパンがそれを中和させる。
すると、絶妙な加減の辛さだけが口の中に残るのだ。
追撃してくるミントの爽やかさが、早く次を口の中に入れろ、と囁いてくる。
したがって、俺たちは競い合うかのようにホットドッグを口に運んで行く。
でも、俺は合間に濃厚ミルクを飲むだろうな。
「ぷひゅう……ごちそうさまでしたっ!」
合掌し、食材と美味しい料理を作ってくれた人に感謝を捧げる。
「……ミントパン、いいわね。妄想が捗るわ」
瞳を怪しく輝かせたヒュリティアはあっちの世界へと旅立たれてしまった。
ここは、そっとしておこう、の一択であろう。
「もきゅもきゅ……あ、ヤーダン主任がっ!?」
ここで、まだホットブーブードッグを食べているエリンちゃんが、ヤーダン主任の変化に気付いた。
彼女の方を振り向くと、むくむく、と彼女の身体が大きくなっているのが理解できた。
汗を出して、体内の水分が一定値を下回ったことによる男性化が始まったのだろう。
「なんか、凄い瞬間を見ちゃっている感じ? むぐむぐ」
「間違いないんだぜ」
三分後、ヤーダン主任は、彼女から、彼へと変態を完了させたのであった。
「いやぁ、美味しかった! 二日酔いもどこかへ吹き飛んでいったよ!」
そこには爽やかな笑顔をみせるヤーダン主任の姿が。
そして、他の大人たちもいっぱい汗を掻いて体調を整えたもよう。
「もう二日酔いはこりごりじゃて」
「ほんとね。でも、二日酔いの症状が無くなったみたい」
「無くなったというか……舌の痛さで気にならなくなった?」
「「それな」」
ワイルド姉貴の鋭い指摘にガンテツ爺さんとクロヒメさんの声が重なる。
今日もいい天気になりそうだ。
グツグツ大根の捜索には丁度いい。
食事の片付けを済ませた俺たちは休憩後、再びナベド活火山へと足を運ぶのであった。




