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73食目 ロストメモリー【火】

 その晩、私は夢を見た。


 果たして、それが夢であるかどうか。


 夢であるのに、私は一切出てこない。




 場所は砂漠だと思う。砂ばかりで他は何もない。

 命を感じられないその場所で、命を賭けて戦う人々の姿があった。


 そこは疑いようがないほどの戦場。

 幾つもの命が輝きを見せて、儚く散ってゆく光景が随所に見受けられる。


 どこまでも続く砂漠の光景とは裏腹に寒気しか感じない。

 私は恐ろしくなって、その場から立ち去りたいと願い瞼を閉じる。




 その瞼を開いた。そして、後悔した。


 場所は移り変わり、果たしてそこは、いまだに戦場であった。

 だが、そこにエルティナちゃんがいた。


 体中が傷だらけで、且つ、右腕がない。

 でも、その体の大きさは、エルティナちゃんよりも遥かに大きい。

 年の頃は十歳前後であろうか。


 でも、見間違えようがない。


 あの特徴的な眠たげな目と、大きな長耳を。


「――――――――――――!」


 金髪をリーゼントヘアーで整えた痩躯の大男が傷ついたエルティナちゃんに向かって咆えた。


「――――――――――――!」


 エルティナちゃんと思わしき少女も、血に塗れた身体を忍て立ち上がる。

 でも、その身体は傷付き過ぎていた。


 思わず私は駆け寄る。

 そして、私の手は彼女を通り過ぎた。


 まるで、彼女が幻影であることを知らせるかのように。

 あるいは、私が幻影なのかもしれない。


 だが、接触と同時にバチリという感覚が私を襲う。

 瞬間、場面が跳んだ。


 やはり、砂漠であることは間違いなく、そこでは巨躯の男と少年たちが死闘を繰り広げていたのだ。

 血と死臭しか感じられない吐き気を催すその場で、また一つの命が失われた。

 それは少年騎士で特徴的な青い髪が印象的だった。


 爬虫類を人型にしたような奇妙な生き物が、聞いたこともないような言語を叫ぶ。


 クラーク、そう確かに聞こえた。青髪の少年の名前なのだろう。

 爬虫類の少年は無念からか慟哭した。


 エルティナちゃんの傷は酷いものだ。

 早く手当てをしなければ死に至るだろう。


 どうして、こんな荒唐無稽な夢を私は見ているのか。

 彼女を取り巻く人々もその殆どが人間ではなかった。

 まるで創作物に登場する架空の種族としか思えない者たちばかりだ。


 でも、彼らは命を持っているかのように現実的であった。

 何よりも、エルティナちゃんを案じてくれていた。


 バチリ、という感覚。

 また場面が跳ぶ。


 今度は赤と黒とで埋め尽くされた洞窟のような場所。

 エルティナちゃんは先ほどとは違い、私が知る彼女を少し大きくした程度。

 そして、私が初めて彼女に会った時に着ていた衣服を身に纏っている。


 仲間たちと洞窟を進むエルティナちゃんは、やがて、真っ赤な巨人と遭遇した。

 それは、顔がない奇妙な巨人だ。


 そして、巨人とエルティナちゃんの奇妙なやり取りが始まる。


 また、場面が跳んだ。


 この夢は、いったいなんなのだろう。

 そして、誰の夢なのだろうか。


 場面は笑顔の仮面を被った赤い巨人と、エルティナちゃんが厨房で仲良く料理を作っている光景へと移る。

 二人は仲が良さそうな雰囲気を見せていた。


 きっと、何かがあって、あの後に仲間に加わったのだろう。

 エルティナちゃんの性格からして、過ぎたことに囚われない性格は仲間をどんどん増やしてゆき易いと思う。


 本当に幸せそうな二人だ。


 でも、現実は……その夢は残酷だった。


 再び場面が跳んだ。場所は先ほどの戦場。

 無数の屍が転がる砂漠を走るエルティナちゃんたち。

 体力も尽きて走れないのか、今彼女は鮮血に染まる真っ白な犬の背に身を預けていた。


 その背後から迫る炎の壁。

 あまりに広い範囲のそれは回避不能であり、確実に死をもたらす滅びの炎だった。


 私は熱さを感じない。夢なのだから当然だろう。

 でも、夢の中のエルティナちゃんたちは、そうではないらしい。


 悲鳴が上がる。


 それは絶望であっただろうか。誰しもが膝を突いていた。


 でも彼は、笑顔の仮面を付けた巨人の彼は違った。


 右腕を突き出し、炎の紋章ようなものを発生させてエルティナちゃんと、その仲間を護ったのだ。


 でも、その代償は彼の破滅。


 崩れ行く赤い身体。

 それに気付いたエルティナちゃんは叫んだ。


「チゲ、チゲっ!!」


 最早、止める術のない状況にエルティナちゃんは泣き叫ぶ。

【チゲ】とは赤い巨人の名前であろう。


 崩れゆくチゲ、その彼からボロボロになった笑顔の仮面が剥がれ落ち、音も無く砂漠の砂の上に転がった。

 崩壊する大きな赤い身体、もうその崩壊は止められない。


 チゲは完全に崩壊し灰となってエルティナちゃんに降り注いだ。

 でも、その赤い右腕だけは残り、エルティナちゃんの足下に転がる。

 彼女は震える左手で、なんとか彼の右腕を拾い上げ慟哭した。


「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 全ての希望を失ったエルティナちゃん。

 爆炎を抑えていた炎の紋章も徐々に崩壊してゆく。


 その時、眩い輝きがエルティナちゃんたちを包み込んだ……。






 そして、私は現実に還る。


「っ! はぁ、はぁ……!」


 まだ、真っ暗だ。

 夜も明けていないのだろう。


 空調が効いた部屋は快適な温度に保たれている。

 にもかかわらず、私は大量の汗を掻いていた。


「い、いったい、なんだったの?」


 わけが分からない。


 夢なのに、夢とは思えないほどの現実さがあった。


 そして、あんなに悲しそうなエルティナちゃんを見るのは初めてだ。

 彼女はいつも元気で笑顔であることが多い。


「質の悪い夢……でいいのかな?」


 考えが纏まらない。

 頭の芯が痺れているかのような感覚に吐き気を覚える。


 取り敢えずは喉がカラカラに乾いているので、水を求めてキッチンへと向かう。


 そこには何故かエルティナちゃんの姿。

 そして、何かを作っている様子だった。


「エルティナちゃん?」

「ふきゅん? エリンちゃん、こんな真夜中にどうしたんだぁ?」

「それは、こっちのセリフだよ」


 私は寝汗を掻いて喉が渇いたことを告げる。

 すると、エルティナちゃんはミントを漬け込んだ冷水をコップに注いで手渡してくれた。


 彼女は背丈が足りないので、専用の踏み台をズリズリと移動させて物を出ししまいしている。

 その行動が小動物チックで可愛らしいのだ。


 とても、死闘を演じるようには見えない。

 やはり、あの夢は疲れた私が見た妄想だったのだろう。


「はぁ、スース―して美味しい」

「もうちょっと漬け込んだ方が美味しいんだけどな」

「ところで、エルティナちゃんは何を作っていたの?」

「うん? これ」


 それは物凄く真っ赤な鍋だった。そして、猛烈に辛そうだった。


「これはいったい、なんて料理なの?」

「チゲ鍋、なんだか急に作りたくなったんだぁ」


 私は息を飲んだ。


 チゲ、その名を先ほど夢の中で知ったばかりなのだから当然であろう。


「でも、なんで急に作りたくなったんだろう? 不思議だなぁ」

「不思議なこともあるものだねぇ。それで、これを誰が食べるの?」

「朝飯に、大人どもに喰わせる。絶対に二日酔いだぞ」

「その可能性は否定できないね」


 ちょっと、味を見せてもらう。やはり、強烈な辛さだ。

 でも、その辛さの中に奥深い旨味を確かに感じ取る。


「かっら~い!」

「チゲ鍋だからな。汗を掻いて体の中に籠る湿を出す効果が期待できるんだぜ」

「いっぱい汗を掻いて、不純物を出しちゃうってこと?」

「ま、そういう事なんだぜ。シャワー入ってきてどうぞ」

「あ、汗臭い?」

「少女臭がする」

「うわ~ん!」


 そう断言された私は恥ずかしさのあまり、風のごとくシャワールームへと急いだのであった。


 その後、エルティナちゃんから、【バニラアイスクリームのミント載せ】を頂いて機嫌を直した私であったとさ。


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― 新着の感想 ―
[一言]誰かの転生体か?wktk
[一言] エリンちゃん・・・ どうかかわってくるか・・・
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