71食目 溶岩食材調理開始
◆◆◆ エリン ◆◆◆
溶岩ヒラメを釣りに行ったエルティナちゃんたちが帰ってきた。
時間にして一~二時間くらいだっただろうか。
その間、私たちは、というとエルティナイトの新武装について、ああだ、こうだ、と意見を交わしていた。
ヤーダン主任は自由な発想の持ち主であり、突飛な発想の持ち主だ。
エルティナイトの盾に翼を付けて背中に装着し機体を空に飛ばす、などという発想は常人であれば思い付かないし、そもそも身を護る盾を背中に付けてしまっては身を護る術がないのではないか。
そう指摘してみると、彼女は大きな乳房を抱えて断言した、「全てはロマンが優先される」
。
何を言っているのか分からないけど、とにかく凄い自信だったので、取り敢えず頷いておいた。
きっと、正しい判断だったと思う。
エルティナちゃんがワイルド姉貴と呼ぶミーシャさんは、しっかりとクロナミの護衛をしてくれていた。
何事もなく時間が過ぎてくれて嬉しいばかりだ。
「ただいまなんだぜ」
「お帰り~。どうだったの?」
「大漁なんだぜ」
金髪碧眼の女の子は「ふきゅん、ふきゅん」と独特の鳴き声を上げながら、小さな体を目いっぱいに使って大漁をアピールする。
その仕草が幼い容姿と相まって愛くるしい。
十二歳、ということだが、どう考えても三歳児であり、それが事実であることが窺えた。
確かに考え方などは大人のそれであるが、性格や行動などは幼児の特徴が顕著である。
言葉遣いも男性寄りだけど、決して荒々しくはなく優しさを感じさせる物言いだ。
だからだろうか、違和感というものを感じさせない。
これがエルティナちゃんである、と認めさせてしまうのだ。
「はぁはぁ……幼女最高」
「こりゃ、本性を隠さんか」
「女ばかりなんだから、いいじゃないの。ガンテツお爺さん」
「わしは男じゃぞ」
エルティナちゃんを抱き上げて鼻息を荒くする残念美人クロヒメさんは、しかしガンテツお爺ちゃんの指摘を一蹴した。
そのブレない姿勢は見習うべきであろうか。
抱き上げられたエルティナちゃんは「ふきゅ~ん」と悲鳴を上げている。
これはダメな方だと判断し、見習う、という選択肢を破棄した。
ノミユの町に帰還した私たちは、溶岩ヒラメ以外を耐熱容器に入れて外で調理を開始する。
溶岩を泳ぐ魚たちは通常の調理方法では捌くこともできないのだ。
そこで使用するのが、ナベド活火山に転がっている溶岩が冷え固まってできた岩石類である。
この岩石類は、熱を吸収し保存する、という特徴を持っているため、調理の前に魚を置くことによって、魚に籠っている熱を取り除くことができるらしい。
「もういいかな?」
「……いいみたい」
エルティナちゃんが、紅葉のような小さな手で、ぺしぺし、と溶岩フグを叩いた。
溶岩フグは、最後の抵抗、と言わんばかりに膨れ上がる。
「へっへっへ、熱のねぇフグは、ただのフグだぁ」
「石が付着している時点で普通じゃないんだよねぇ」
私の何気ない指摘はエルティナちゃんに大ダメージを与えたようで、二度三度、断末魔を上げた後に彼女はパタリと倒れた。
「……死亡確認」
「なら、大丈夫じゃな」
そして、この褐色幼女とご老人のやり取りだ。
「フグは毒を持つというけど、捌ける者はいるのかい?」
「あ、俺、できるんだぜ」
あっさりと蘇生したエルティナちゃんは、持って来たケースから見事な包丁を取り出した。
細くて長くて鋭い包丁だ。
「……買ったの?」
「買った。刀匠カネツグの一振り。お値段二十五万ゴドル」
幼女の告白にその場にいた全員が「たっか!?」と思わず叫んだ。
「ばかやるるぉっ! このひと振りはお値段以上なんだぞっ!? 今から、それを証明してやるぅ!」
包丁を持っていない方の手を、ぶんぶん、と振って怒りをアピールするエルティナちゃん可愛い。
っと、いけない。クロヒメさんみたいになっちゃいそう。
「ふふん、ふんふん」
そして、鼻歌交じりで見事な包丁さばきを見せる白エルフを名乗る少女は、瞬く間に溶岩フグを解体してしまった。
流れるような動作で思わず見とれてしまうほどだ。
「ガンテツ爺さん、この石って食えるの?」
「いまだかつて、そんな質問をして来た奴はおまえさんが初めてじゃい。食えるはずがなかろう」
「それは、がっかりなんだぜ」
「ま、石にへばりついている皮は食えるがの。軽く炙る、となんとも言えない風味が更に強くなるんじゃわい。それを清酒に入れて飲むと……むふふ」
酒好きのガンテツお爺ちゃんは、それを想像しだらしない表情を見せた。
そんな顔を見てしまっては、エルティナちゃんも奮起してしまうというものだ。
やはり、溶岩フグの皮も鮮やかに石から切り外してしまう。
「少し難しかったな。何度か石と接触しちゃったんだぜ」
「……包丁が欠けちゃったんじゃないの?」
「問題無しなんだぜ。こいつは包丁界の斬鉄剣、なんでもかんでもバッサリだぁ」
そういうと、エルティナちゃんは傍にあった少し大きめの石を包丁で両断してしまった。
相当な切れ味がないと、こうはいかないだろう。
「ひえっ、そんな物で手を切っちゃったら大変だよっ!?」
「何言ってんだぁ? 俺には治癒魔法があるから、手だろうが、足だろうが、チンチンだろうがもげても、即座に再生可能なんだぜ」
そう言えばそうだった。でも、切断が再生可能と聞いていない。
実際に見たのは、切り傷が瞬く間に塞がった現象のみだ。
エルティナちゃんが腕を損失した姿を想像し胆が冷える。
背筋を冷たい汗が走った。
「た、例え本当に治るとしても、実演しちゃダメだからねっ!」
「お、おう」
こういう子は、ハッキリ言っておかないと後々にやらかしそうなので、今しっかりと言っておかなければ、という使命感に突き動かされた。
エルティナちゃんは無駄に何回も、こくこく、と頷き理解してくれたもよう。
「気を取り直して調理開始なんだぜ」
「わしは、おつくりがいいのう」
「そう言うと思って、既に刺身皿を用意しております」
「よくできた子じゃわい」
にんまり、と笑い合うエルティナちゃんとガンテツお爺ちゃんは、まるで孫と祖父のようである。
なんというか、どことなく似ている感じがするのだ。
【食いしん坊】なところが。
「……エル、天ぷらにしてみる?」
「お? 面白そうだな。ヒーちゃん、作って」
「……了解」
こちらではヒュリティアちゃんが鍋を用意して、溶岩フグを天ぷらにするもよう。
フグの天ぷらは食べたことがないが、どのようなものになるのだろうか。
とっても楽しみである。
「そういえば、もっと暑さを感じるかと思たのだけど、それほどでもないね」
「え? ヤーダンちゃん、感覚がおかしいんじゃないの?」
ヤーダン主任がそのような感想を漏らす、と半裸のミーシャさんがこれを否定。
それを証明するかのように、彼女は玉のような汗を幾つも浮かべて、少しばかり妖艶な雰囲気を醸し出していた。
これが大人の魅力というものなのだろうか。
私も、あと数年も経てば、これくらいの色気が備わるのかな?
「そういえばそうじゃのう。以前きたときは、酷く汗を掻いておったはずじゃが」
「……エル、何かした?」
「してない」
結局は原因不明で終了となった。
一応は、この中でアクアトラベンシェルを食べていない、という理由でミーシャさんを除外できるけど……まさかね?
出来上がった料理を、そのまま外で頂くことになった。
折り畳みのテーブルと椅子を用意。
そこに見事な料理たちが、ずらりと勢ぞろい。
しゅわしゅわ、と泡を奏でる黄金水と、ガンテツお爺ちゃんの清酒もスタンバイOK。
この頃には日も暮れて、ランタンの明かりと星の輝きが食卓を更に彩る。
「さぼ~」
「ふきゅん、サボリチュウだ」
ついでに賑やかな私たちの声に誘われて、サボリチュウが大集合し、途端にお祭り騒ぎになっていった。
さぁ、エルティナちゃんとヒュリティアちゃんが腕を振るった料理を頂こう。




