70食目 溶岩ヒラメを釣り上げろ
ノミユの町で胃と心を満たした俺たちは、グツグツ大根を目指し、朝早くからナベド活火山へと出発。
しかし、今回は直接グツグツ大根を狙いにはいかない。
まずは戦機協会で受けた溶岩ヒラメ納品の依頼を完遂するために、ナベド活火山の溶岩池を目指すのだ。
「これが溶岩でも溶けない釣り針と糸か」
まぁ、当然だな、と俺は感心した。
というのも、それは糸と針であるが、物質ではなくエネルギー体であったのだ。
要は釣り竿の先端から伸びるエネルギー状の釣り糸といったものであり、これで溶岩ヒラメを釣り上げるというわけである。
「よくもまぁ、こんなものを作る気になったもんだねぇ」
「それだけ、人の食欲というのは度し難いというわけじゃな」
ガンテツ爺さんが耐熱スーツに着替え、デスサーティーンに乗り込んだ。
俺とヒュリティアも同様に耐熱スーツに着替えて戦機へ乗り込む。
宇宙服のような耐熱スーツは、もこもこして動きにくい。
エルティナイトに乗り込むのも一苦労であった。
さて、溶岩池にはクロナミでは到達できない。
行く手を阻む岩石群は戦機で乗り越えなければいけないのである。
したがって、今回はワイルド姉貴とヤーダン主任、エリンちゃんはクロナミでお留守番だ。
「さぁ、沢山溶岩ヒラメを釣り上げましょう」
そして、妙にやる気満々なクロヒメさんである。
実は彼女、大の釣り好きであるようで、一度は溶岩ヒラメを釣り上げてみたい、という願望を持っていたようなのだ。
なかなかにアウトドア派であるが、やっている仕事は受付という超インドアなお仕事である。
その反動もあるのかもしれない。
クロヒメさんの持ち込んだ戦機アインラーズのツインカメラがビコンと輝く。
彼女の戦機は前回の狙撃型とは違い、高機動型に変更しているようだ。
狙撃はヒュリティアが担ってくれるのでアタッカー役をになってくれるらしい。
ガンテツ爺さんもアタッカーなので、これでバランスが取れるというわけで。
俺? 俺はもちろん盾と回復ですが何か?
「それじゃあ、行ってくるんだぜ」
『大漁を祈っているよ』
「ヤーダン主任もワイルド姉貴に気を付けるんだぜ」
『はは、そうだね』
ヤーダン主任は少しばかり苦笑し通信を切った。
ハッキリ言って、ワイルド姉貴は大失敗だったかもしれない。
次からは姿はヒャッハーだが良識あるモヒカン兄貴かスキンヘッド兄貴、または、ちょっぴりヘタレだけど男気があるゴーグル兄貴に同行をお願いしようそうしよう。
そんなわけで、戦機で行く事三十分弱。
件の溶岩池は、その姿を現した。
無数の大岩に囲まれる灼熱の池、その周辺には驚くことに植物がびっしりと生えているではないか。
その植物は葉を青々と湛え、溶岩の熱には決して屈さないと宣言しているかの様子を窺わせた。
また、その植物の先端には果実のような物が生っており、形状はトマトに酷似している。
その果実の色は赤紫色であろうか、そのように見受けられた。
「草が生えてるんだぜ」
『あれは【溶岩草】と呼ばれる活火山によく生える多年草じゃな。溶岩の有毒ガスを吸って綺麗にしてくれるありがたい植物じゃよ』
「つまり、実は食べない方がいいと?」
『そうじゃな、アレは猛毒の実じゃよ。じゃが……ほれ』
とガンテツ爺さんが促す、とその実を食べている動物がいるではないか。
『あれがホットブーブーじゃ』
「あのへんちくりんな動物が?」
むしゃむしゃ、と溶岩草の実を食べる二足歩行の真っ赤な豚、それがホットブーブーであるという。
『あの実をホットブーブーが食って、こことは別の場所で糞をする。そうして、溶岩草は命を繋いでゆくんじゃよ』
「へ~、ガンテツ爺さんは物知りなぁ?」
『全部、死んだ嫁の受け売りじゃよ』
最後はちょっとしんみりしたが、早速溶岩ヒラメのフィッシング開始である。
クロヒメさんなどは、我先にと釣りポイントを吟味していた。
というか、俺たちだけなのに、そんなに急がんでも……。
「……エル、急ぐわよ」
「あぁ、ここにも釣りキチがいたよ」
何を隠そう、ヒュリティアも結構な釣りキチである。
生まれがお貧乏なヒュリティアは、自給自足が基本であるため、釣りも命がけでおこなっていた時期があった。
それだけに釣りで負けるのは相当に悔しいのか、絶対に負けない、という闘魂をめらめらと燃やしまくっているのである。
まぁ、俺もそれなりに釣りを嗜んでいた時期があるので、ここで一つ実力の差というものを見せてやろうではないか。
「溶岩に落っこちるんじゃないぞ?」
「分かってるんだぜ」
そんなことをすれば、一瞬で蒸発しちまうことは一目瞭然である。
だからこそ、この釣り竿は無駄に長さがあるのだ。
「餌はいらないんだな?」
「……釣り針自体が疑似餌だから」
手慣れた様子で針を溶岩池に投げ込む黒エルフの幼女。
こちらも負けてはいられない。
ぽいっちょ、と投擲。
ヒュリティアよりも距離は無いものの、きちんと針は溶岩池に到達した。
さぁ、ここからが待つ作業だ。
溶岩ヒラメが、ぱっくんちょ、してくれるまで根気よく待つ。
とはいえ、隣にヒュリティアがいるため、そこまでは退屈しないだろう。
彼女もそれが目的で、俺を隣に連れて来たに違いなかった。
「……ねぇ、エル。あなた、どこまで思い出した?」
「ふきゅん? 急に藪から棒だなぁ」
「……言い方が悪かったわね。【全てを喰らうもの】、この言葉に何か思う?」
「なんだそれはぁ? 初耳だぞ?」
「……うん、【真・身魂融合】は?」
「う~ん、もやっとする言葉だ」
「……そう、分かったわ」
「俺は分からないんだぜ」
「……分からなくていいの。ろくでもない事だから」
それっきり、ヒュリティアは黙り込んだ。
考え事をし始めたのだろう。
対して俺は、もやっ、とした状態での放置に遺憾の意を示すべく、大きな耳をパタパタさせる。
しかし、全身を覆いつくす耐熱スーツでは、その動きを見せる事叶わず、もそもそと耳部分が動くに留まって悲しい思いをした。
俺は鳴いていい、ふきゅん。
「……っ! エル、引いてる!」
「おん? おわわっ!?」
俺が深い悲しみに暮れている、とビックンビックンと竿がハッスルしているではないか。
これは、溶岩ヒラメがヒットした証。
もう逃がさねぇからなぁっ?
「ふっきゅん! ふっきゅん!」
ぐりぐり、とリールを回す。
糸はぴんと張り、決して引き上げられまいとする溶岩ヒラメの強い意志を感じ取ることができた。
しかし、これはいわば人と魚の仁義なき戦い。
強い者が食い、弱い者が食われる、という鉄の掟に従い、俺はお前を釣り上げるだろうな。
「この野生の戦いに勝利するのは、俺だぁっ」
俺の気迫が籠ったリール裁きに、遂に溶岩ヒラメは屈したのか、溶岩からその姿を晒す羽目になる。
それは確かに魚の形状をしているがヒラメとは言い難い。
どちらかと言えば、威嚇をして膨れ上がったフグに近かった。
その身には沢山の岩石が付着しており、一見すると大きな石ころにしか見えない。
「な、なんだぁ……これはぁ?」
「……ふぐ?」
わけが分からないよ。
まぁ、取り敢えずは溶岩ヒラメという事にしてガンテツ爺さんが用意した耐熱容器へとツッコむ。
「おう、釣り上げたようじゃな」
「あ、ガンテツ爺さん。これが溶岩ヒラメ?」
「ん? あぁ、これは【溶岩フグ】じゃな。これも美味いぞい」
「ヒラメじゃなかった、訴訟」
「魚に訴訟するんじゃないわい」
残念ながら俺が釣り上げたのは溶岩ヒラメではなかったらしい。
そして、ガンテツ爺さんが本物の溶岩ヒラメを見せてくれた。
「これが、溶岩ヒラメじゃ」
「うおっ、でかい!」
「……ぐぬぬ」
俺は溶岩ヒラメの姿に素直に感動し、ヒュリティアは釣りで負けたことに悔しさを覚えていた。
溶岩ヒラメは全長四十センチメートル程度の真っ赤な色をしたヒラメである。
姿形も正しくヒラメであり、しかし、普通のヒラメではないことが窺えた。
その赤い体が常に青白く発光しているのである。
「これは、魔法障壁か?」
「いや、これはの【光素障壁】というんじゃ。これで、溶岩から身を護っておるんじゃよ」
触れてみる、と温かさが伝わってくる。
色自体は冷たそうなのに、だ。
「これが光素障壁かぁ。魔法障壁とは随分違うな」
「……本当ね。なんというか、命、って感じがするわ」
ぺたぺた、と触られて溶岩ヒラメはおこなのか、じたばた、と身をよじらせた。
「こりゃ、活きが下がるからしまうぞい?」
「おっ、そうだな」
その後、俺とヒュリティアも順調に溶岩ヒラメを釣り上げる。
ここだけの話だが、溶岩フグの方が多かったのは内緒だ。
そして、クロヒメさんは超大物を釣り上げるという快挙を成し遂げる。
体長一メートル五十センチメートルもの【溶岩ワニ】だ。
それを彼女は……。
「しゃぁぁぁぁっ!」
「ふんっ!」
べぎっ。
拳で溶岩ワニの首をへし折って仕留めましたとさ。
マジで震えてきやがった。
「大漁、大漁」
「う、うむ。目的も達成したし、帰るとするかの」
こうして、戦機協会の依頼を達成した俺たちは、一度、ノミユの町へと帰還することにした。
次はいよいよ、グツグツ大根の獲得へと乗り出すのだ。
「おっと、その前に……」
もちろん、溶岩草の実もしっかりとゲットしておく。
毒抜きをすれば食べれる可能性だってあるのだ。
さぁ、町に戻ろう。
俺たちは、クロナミを目指し戦機を歩かせたのであった。




