69食目 ノミユの町の料理たち そのに
「な、なんだぁ……これはぁ……!?」
それは、パスタであるがバナナであった。
パスタの上に焼きバナナが一本、丸ごと乗せられている豪快な料理だ。
麺に掛けられているソースは薄い黄緑色をしている。
恐らくはミントチーズとクリームソースを合わせたものではないだろうか。
この淡い色の料理が映えるように更は真っ黒というのが、より一層に不気味さを演出している。
なんじゃこりゃあっ!? であるのは間違いない。
「うん、思ったよりもバナナだね」
「太いわねぇ、お口に入るかしら?」
ここでワイルド姉貴が不穏な行動に出ようとしたのでイエローカードを提示。
ワイルド姉貴は、あちゃー、という表情を見せるも勘弁ならぬ。
あと二回で退場だぞ、おるるぁん!
「あ、美味しい」
このやり取りにも全く気にせず食べ進めるヤーダン主任まじセクシー美女。
食べ方もお上品で、どこぞのマダムか、とか思ってしまう。
「パスタにもバナナが練り込まれているね。ほんのりと甘いよ」
「へぇ、一口、プリーズ」
あ~ん、と口を開いて露骨な催促。
気分は親鳥から餌をもらう雛鳥である。
んでもって、むしゃあ、からの、んぐんぐ、と咀嚼する。
全体的に甘い料理だが、ソースの塩気が味を引き締めているので甘さが突出していない。
また、焼きバナナだが、これがまさかの、まったく甘さが無い、という代物であった。
食べさせてもらった感想だが、バナナの姿をした肉、といったものだ。
肉汁こそ溢れ出ないものの、しっかりと肉を食べている、と感じられる不思議な食材である。
近い部位でいえば豚もも肉であろうか。
しかして、豚もも肉とは違いパサパサしてはおらず、しっとりとしていた。
「不思議な料理だなぁ」
「でも美味しいよ」
そう、これらはどれもこれも美味しかった。
そして、俺が知らない未知の食材ばかりだ。
むくむく、と好奇心が湧きに湧き上がってくる。
元の世界に戻ることが最終目標ではあるが、少しくらいは寄り道してもいいかもしれない。
この世界の不思議な食材制覇、素敵な野望ではないか。
ナイト? もちろん目指しますよ。えぇ。
「お待たせしましたっ! ホットブーブーの角切り・とろとろ餡掛け、ですっ!」
どかっ、と派手な音を立ててテーブルの半分を占拠したエリンちゃんの注文。
それは例えるのであれば、肉の巨山、であった。
「……マジか」
「……凄いわね」
これには俺もヒュリティアも呆れる。
いや、俺は食べきれれるけど、どう見てもエリンちゃんは一般女性である。
俺やヒュリティアのように特別な訓練もしておらず、得体の知れない特性も持っていないはずだ。
「いっただきま~す」
エリンちゃんの掲げるフォークが無駄に輝いた。
そして、超笑顔で彼女はホットブーブーの角切りを口に運ぶ。
「はむっ、ほふほふ、むしゃむしゃ、んぐんぐ」
見ていて気持ちいいほどに豪快な食事風景だ。
やはり、脇からこっそりと角切り肉をシーフ行為で頂戴する。
なるほど、近い物でいえば麻婆豆腐であろうか。
あれの豆腐が無いバージョン。
しっかりとした肉の味わいと、それを包み込むとろーり餡が非常に相性がいい。
餡の方もお野菜がたっぷりで栄養バランスも考えられている……が、肉が圧倒的に多過ぎる。
果たして、エリンちゃんはこの肉の山を完食できるのであろうか?
まぁ、残ったら俺がやっつけるんですけどね。
「しっかし、エリンちゃんって、こんなに食べたっけ?」
「う~ん、最近からかなぁ? 食べても食べても満たされないっていうか」
ぽんぽん、とお腹を擦るエリンちゃんだが、結構な量の肉を腹に収めているのに、まったく膨れ上がっていないことが分かる。
いったい、お肉どもはどこに行ってしまったのであろうか。
謎は深まるばかりである。
尚、ワイルド姉貴のホットブーブーの鉄板焼きは安心と信頼の味がしました。
だが、問題はそこではない。
彼女が頼んだ大ジョッキの方だ。
実はこのビール、【ピリピリモルト】なる麦芽から作った、ピリ辛ビールであるらしいのだ。
「ひとくち」
「だ~め、おませさんなんだから」
やはり、味見はならず。
こういう時、お子様は不便なんやなって。
感想によると、苦みのあるシュワシュワが口内をさっぱりさせ、極僅かに辛みが残る。
喉を通る際に爽快感とピリピリという感覚が楽しい、とのこと。
早く……大人になりたいですっ。
そして、超問題作の登場だ。
その名もホットブーブー生クリームホットケーキ。
誰だぁ!? この料理を考えたヤツはぁっ!
と厨房に殴り込んでくる美食家のおっさんの顔が思い浮かんだが俺は元気です。
それは情け容赦なくホットケーキであった。
しかし、絶望的に焼き肉が「こんにちは」しているのだ。
混沌が形を成してやって来たら、こんな感じなのだろうか?
チョコレートソースではなく、デミグラスソースが掛けられているあたり闇が深い。
「うおぉ……こ、これはぁ」
「あらやだ、美味しそう」
!?
クロヒメさんを除く全員の頭に、【!?】が浮かび上がってしまうのは仕方のない事であろう。
それほどまでに、ヤヴァイ料理であることが分かってしまう。
そして、それを容赦なく俺の口に突っ込もうとするクロヒメさん、まじ悪魔。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
「はい、あ~ん」
珍獣は逃げ出した!
しかし、珍獣はホールドされているっ!
絶望、まさに絶望っ! 俺は腹を括るしかないっ!
俺は心を虚無とし口を開く。
そして、混沌の産物が入り込んできた。
「……うん? 普通に美味しい」
!?
やはり、全員の頭の上に【!?】が浮かぶ。
って、クロヒメさん、あんたもかいっ!?
「この生クリーム、殆ど甘みが無いな。ふわふわした目玉焼きの白身部分、っていうんだろうか。それがデミグラスソースと良く合うんだぜ」
「へ~、それ絶対に美味しいヤツだよね」
いまだにホットブーブーの角切りを口に運ぶエリンちゃんは忙しない。
それでも、ちゃっかりホットブーブー生クリームホットケーキを試食する辺り、隙を生じない娘である。
「うん、美味しい。舌休めには丁度いいかも」
エリンちゃんはニコニコしながら角切りをやっつける作業へと戻った。
肉の山は残すところ、あと半分だ。
ホットケーキに挟まれているのは、もちろんホットブーブーのお肉である。
こちらは薄くスライスした物を焼いて挟んでおり非常に食べ易い。
要はこれに生クリームを塗して食べて頂戴、という意図なのだろう。
やはり、これもクロヒメさんが食べさせてくれた。
想像した味をちょっぴり上回る。
食べるとフルーティーな味がプラスされていたのだ。
どうやらオレンジソースを間に忍ばせていたようである。
塩気、辛み、甘み、酸味、が混然一体となった見事な味わいである。
だが、混沌の産物であることは間違えようがなかった。
「ネーミングと見た目で損しているなぁ」
「美味しいのにねぇ」
それを躊躇なく選択するクロヒメさんは恐ろしいです。はい。
最後にガンテツ爺さんの晩酌セットの登場である。
やはり、お酒はNGのもよう。ちっ。
「変わった味わいなんだぜ。魚なのに土の風味が香る」
「溶岩の中を泳いでおるからの」
溶岩ヒラメの食感はモチモチしており、コリコリとした歯触りは一切ない。
しかしその分、滲み出る味の情報量が半端ではないのだ。
塩味、甘み、辛み、は勿論の事、土の優しい香りと、不思議な力が体中を駆け巡る感覚を認める。
これはいったい、なんなんだろうか?
「あいあ~ん」
「うん? 蓄積光素を取り込んだって?」
アイン君が不思議な感覚の正体を教えてくれた。
なんでも、食材によっては食べると食材が蓄積していた光素を丸ごと頂戴できるようなのだ。
光素とは生命力であり、そのまま活力源にも繋がる重要エネルギーである。
つまり、こういった食材を食べていると、自然に健康になれるというのだ。
「なるほど、ご老人には最適な食材だぁ」
「おう、知っておったのか? これは別名【長寿の魚】といってのう」
とここでガンテツ爺さんのありがた~いウンチク話が始まった。
暫くは彼の話が続くだろう。
まぁ、役に立つ情報が聞けるのでいいのだが、同じ話を何度もするのはNG。
こうして、俺たちの夜は更けてゆくのであったとさ。




