68食目 ノミユの町の料理たち
俺たちが入った店は、どうやら酒場であるようだった。
仕事帰りのおっさんや、ナベド活火山で一仕事終えた戦機乗りたちが酒を酌み交わしている。
年季の入った丸テーブルの上には酒のつまみとしてのボイルウィンナーが山のように積み上げられており、それをフォークで突き刺し、皿に盛られた白い粉に、ちょんちょん、と付けては、パキッ、という小気味良い音を奏でた。
そして、間髪入れずにビールを喉に流し込み、げふぅ、と下品なゲップを炸裂させる。
絶対にキンキンに冷えているやつだゾ。
そして、白い粉が気になったので突撃。
テーブルによじ登り……はできなかったのでおっさんの膝の上を不法占拠し彼を脅迫する。
「その白いブツをよこせぇ、それも一つや二つではない……三粒だっ!」
「んな器用な事できっかよ!?」
見事なツッコミを頂いた俺は、ご褒美として白い粉を付けたボイルウィンナーをごちそうになる。
「あ、これって、ナベド活火山の灰?」
「おうよ、おまえさん、外から来た旅行者だろ。こいつの魔力にやられちまったら他のは食えなくなるぜ?」
「ふきゅん、これは危険だぁ!」
気前のいいおちゃんに、ありがとう、をして皆の元へ戻る。
しっかりとガンテツ爺さんに拳骨を頂きました。いたいっしゅ。
「まったく……目を離すとこれじゃ」
「ふっきゅんきゅんきゅん……怖かろう」
店の雰囲気はいかにも古き良き時代の西洋酒場といった感じで、テーブル席とカウンターも客で埋め尽くされていた。
これは席を取るのが困難となりそうだ。
「こりゃあ、満席じゃの」
「あ、あそこ空いてるよ?」
エリンちゃんが目聡く空席を発見。
瞬時にヒュリティアが跳躍し、そのテーブルに着地。
そのままの姿勢で周囲に威嚇を始めた。
「……ここ私たちの縄張り。邪魔すると、ぱっくんちょ」
「何故、威嚇した? 言えぇ」
「……良かれと思い」
こうして、俺たちは無事に席に着くことができましたとさ。
「え~っと、おすすめメニューは、っと」
むむむ、【ホットブーブーの焼き肉ミントチーズ和え】だとぅ?
なんだ、この面白そうな料理はぁ? 頼まざるを得ないっ!
あと、さっきのナベド火山灰とボイルウィンナーのセットもだっ!
「ご注文はお決まりですか?」
オーダーを取りに、無駄にボンキュッボン、なポニーテールのウェイトレスがやってきた。
熱い地域特有の超肌見せ制服は刺激的であるが、残念ながら我々は八割が女性である。
したがって、涼しそうな服だなぁ、程度の感想しか浮かんでこない。
「押し倒していいですか? 最後まで行っちゃってもいいですか?」
「えっ? えっ?」
「奴を取り押さえろぉ!」
あっはい、残念ながら危険人物がおりました。女性陣に。
ボルテージがEXMAXに至ったワイルド姉貴を制圧し、ボインポニ子は事なきを得る。
そんなことよりも注文だぁ!
「俺はホットブーブーのミントチーズ和え、あとナベド活火山灰とボイルウィンナーのセットで」
「……私はホットブーブーのソーセージとコッペパン」
やる気だっ! この期に及んで、ここでホットドッグを作りやがる気だっ!
「ええっと、コッペパン単品はおいてません」
「……ふっふっふ、そう来ると思って用意しておいた」
ヒュリティアはそう言うと懐からコッペパンを取り出したではないか。
しかも、切れ目も入っており準備万端という有様。
隙の無い二段構え、とはこの事か。
でも、良い子は飲食店に食べ物を持ち込んではいけない、いいね?
「僕は、ホット……こほん。ミントバナナパスタで」
ヤーダン主任はワイルド姉貴の野獣の眼差しに屈してメニューを変更。
危機管理は長寿の秘訣って一番言われているから仕方がない。
「じゃあ私は、ホットブーブーの角切り肉・とろとろ餡掛け」
「はい」
「……の爆盛で」
「はい?」
エリンちゃん、きみはいったい何を目指しているんだぁ?
完全にフードファイターと化したエリンちゃんを止める者は割といなかった。
「あたしはホットブーブーの鉄板焼き、それと大ジョッキ」
そして、このワイルド姉貴である。
その注文はヤーダン主任が頼もうとしていた料理だ。
ずもももも、とヤーダン女史が負のオーラを投げかけているも、それをあっさりとスルー。
その負のオーラは俺に突き刺さり、ほんのりとダメージを負ったとか負わないとか。
「チユーズを盾にしなかったら死んでいた」
『なんて』『ひどい』『やつだ』『おにっ』
俺は鬼を退治する桃使いなので、特に問題は無かった。
チユーズの抗議を華麗にいなした俺は、やはりクロヒメさんに抱っこされている。
見た目三歳児の大きさしかないけど、十二歳です。
そして、中身は三十代のおっさんです。
悲しけど、これって現実なのよね。
「あ、私はホットブーブー生クリームホットケーキで」
待て、なんだ、その得体の知れない料理は?
ホットケーキなのか、焼き肉なのか、どっちなんだ?
クロヒメさんの注文は頭がおかしくなるような料理名であった。
今から来るのが楽しみであり、そして恐怖でもあった。
「わしは灼熱ヒラメの刺身と、ピリピリ山を」
ガンテツ爺さんは刺身と清酒を注文。
灼熱ヒラメは溶岩の中を泳ぐ頭がおかしいヒラメだ。
釣り上げるには特殊な釣り竿が必要となる。
この仕事は戦機乗りによく依頼されるので、灼熱ヒラメの名は戦機乗りたちがよく目にする名であるのは言うまでもないだろう。
ピリピリ山はナベド活火山周辺で作られた米から作った清酒である。
飲むと、辛みを感じた後に米の甘さがやって来るのが特徴で、灼熱ヒラメとの相性がとてもよろしいらしい。
暫く雑談を交わしていると最初の注文がやってきた。
俺が注文をしたナベド活火山灰とボイルウィンナーのセットである。
これを仲良くみんなでシェア。
僅かに遅れて大人たちの酒と、俺たちのレモンミント水が届く。
「それじゃあ、かんぱーい」
「「「「かんぱーい!」」」」
一斉にフォークがボイルウィンナーの山に乱れ飛び、ナベド火山灰にシューッ! 超エキサイティンッ! な状態になりました。
「う~ん、この甘じょっぱさが堪らないね」
「ほんとほんと、この甘じょっぱさがウィンナーの肉汁で丁度良くなって……んぐんぐ、ぷっはー! ビールのほろ苦さで全部洗い流して次に行く幸福感ときたら!」
やばい、ヤーダン主任とワイルド姉貴の回転速度が上がった。
このままではウィンナーたちが絶滅してしまうっ。
と危機感を抱いておりましたら、俺が頼んだホットブーブーのミントチーズ和えがやってきました。
ウィンナーセット君、きみは良い料理であったが、ヤーダン主任とワイルド姉貴がいけないのだよ。
というわけで俺は面白料理系のクエストがあるから。カカツ。
「これがホットブーブーのミントチーズ和えかぁ」
ホットブーブーはいかにも、という色合いであった。
焼いても表面は赤いらしい。
そしてミントチーズの色は、なんと黄緑色。
これはチーズとミントを混ぜたものではなく、ミントシープというミントを主食にする羊から絞ったミルクで作ったチーズらしい。
「不思議な色合いだなぁ。んじゃま、いただきま~す」
血肉になってくれる食材に感謝を込めて合掌、からの……むしゃあ。
「ふきゅん! こ、これはぁ……!」
不思議な感覚。
まずはホットブーブーのジューシーな肉汁が口いっぱいに広がり、後を追いかけてくるかのように辛み成分がやってくる。
肉の味付けはシンプルに塩コショウだけ。
しかし、その選択は正しいとしか言いようがない。
これ以外であれば、ホットブーブーの繊細な味が壊れてしまいかねない、と思う。
だが、これらを包み込み新たな境地へと誘うミントチーズの懐の深さよ。
深いコクと爽やかな清涼感は、ともすれば度が過ぎるホットブーブーの辛みを宥め、更なる味に気付かせてくれるのだ。
正しく、この二つの食材は出会うために生まれて来たに違いなかった。
それを確信させる説得力を、この料理は持っている。
「おいちぃっ!」
「……ほんと?」
そして、ちゃっかり略奪するヒュリティアさん、まじシーフ。
でも、かすかに笑顔を見せたので特別に許そう。
「ヒュリティアちゃんのかすかな笑顔でご飯五杯は行けるわね」
そして、このクロヒメさんの問題発言である。
続いてやってきたのは、ヒュリティアのホットブーブーのソーセージだ。
これがデカい。
どれだけデカいというかと、バナナくらいの大きさである。
これではコッペパンが裂けてしまうのではないだろうか。
だが、ヒュリティアは隙が無かった。
懐から取り出したるは折り畳みナイフ。
それでソーセージを一口大にスパスパと切って、コッペパンに挟めたのである。
流石、ホットドッグを極めんとする者は格が違った。
追加で注文したゆで卵とサラダがやってくる。
もちろん、ホットドッグの具材である。
ゆで卵もスライス、サラダのシャキシャキレタスとスライストマトも容赦なくドッキング。
「……ホットブーブーのホットドッグ、完成」
敢えてソースは用いないもようだ。
ヒュリティアは先にホットブーブーのソーセージを摘まんでいたので、濃い味付けであることを理解している。
その上で、これがベストである、と判断したもよう。
「先っきょ貰うぞぉ」
「……どろぼー」
やったら、やりかえす! 倍返しだっ!
とはいかないのが俺クオリティ。
味が知りたいだけなので少しでOKである。
「……そんな少しでいいの?」
「味が知りたいだけだからな」
ふむふむ、なるほど。
引き算の要領でホットブーブーのソーセージの味を調整したのか。
ホットブーブーのソーセージは酒が進むように調整されているのか塩気が強く辛みも強く前面に押し出されているようだ。
このまま食べるにはお子様の舌では辛いものがある。
しかし、それをコッペパン、ゆで卵、レタス、スライストマトが上手く包み込んで、丁度いい塩梅にしてくれている。
これならば、過度な塩気と辛みの角が取れて、食欲のみを増進させる素晴らしい一品へと昇華されたに違いない。
「見事だぁ」
「……我ながら上出来」
とこの調理を見ていた酔っ払い客が締めにホットブーブーのホットドッグを注文し始めた。
これにウェイトレスは困惑するも、酒場のマスターが「あるよ」と機転を利かせ、ささっと調理してしまったではないか。
その調理手順はヒュリティアと全く同じである。
どうやら、マスターはヒュリティアの様子を窺っていたようだ。
「……できる」
「まぁ、切って挟めるだけだしな」
というわけで、図らずしも店の看板メニューが爆誕した瞬間であったとか。
お礼として、ヒュリティアさんにはマスターから、パチパチパフェが進呈されました。
生クリームを食べると、パチパチはじける食感がする楽しいパフェだ。
それ以外は普通のパフェなので安心して食べられる。
続けてやってきたのは、ある意味で問題料理、ミントバナナパスタである。




