67食目 ノミユの町
『……はい、到着』
「こりゃぁぁぁぁぁぁぁっ! 船をドリフトさせるヤツがおるかっ!」
ガンテツ爺さんが怒るのも無理はない。
ヒュリティアはクロナミの運転に慣れてしまったのか、まるで峠でも攻めるかのような運転へとシフト。
結果、リビングはものすんごい有様になってしまっていた。
縦横無尽に転がる珍獣を追いかけてクロヒメさんが超人的な運動神経を見せ、ワイルド姉貴がどさくさに紛れてヤーダン主任を押し倒し、エリンちゃんは驚異的なバランス感覚でもってお茶を飲み続けていた。
それがに十分ほど続いた結果、見るも無残な光景が出来上がったの言うまでもない。
主に俺とヤーダン主任が被害甚大だ。
「チユーズ、治しちくりくり」
『しょうもない』『けがに』『はきけを』『もよおす』
治癒の精霊たちは、ぺっ、と唾を吐きかけてきた。
それで負傷個所が治るのだから悲しいなぁ。
「まさに唾つけてりゃあ治るだな」
『あっちの』『ねーちゃん』『にもか?』
「だな、褐色の方に」
ワイルド姉貴は危険行為に及ぼうとしていたので、クロヒメさんが瞬時にバックを取って締め落とされていた。
クロヒメさんは明らかに戦機乗りではなく、生身での戦闘……即ち【兵士】の適性が高いんだよなぁ。
ワイルド姉貴に向かって一斉に唾を吐き掛ける治癒の精霊たちは実にシュールだ。
それで意識を取り戻すんだから、もっとシュールなんだよなぁ。
「凄かったねぇ」
「いやいや、凄かったのは、あの状況でお茶を一滴もこぼさずに飲み続けていたエリンちゃんなんだぜ。何かやってるのかぁ?」
再びクロヒメさんに捕獲された俺は彼女に頭をなでなでされながらも、エリンちゃんに尋ねてみた。
「う~ん、エアロビクスかなぁ? お尻を小さくしたくて」
「エリンちゃん、お尻おっきいもんな」
「そうなんだよぉ。でも、逆に大きくなっているような気がする……」
そう言って彼女はしょんぼりするも、それは腰回りが引き締まって大きく見えるだけに過ぎない。
「お尻測定器があれば一発で分かるんだけどなぁ」
しかし、それは元の世界に居るので頼ることができない。悲しいなぁ。
俺の脳裏に「ちちち」と邪悪な笑みを浮かべるネズミ獣人の少女の姿が浮かんだ。
今頃何をしているのであろうか、と考えて行きつく先はどう足掻いても尻だったので、俺は思考をそっと閉じたのであった。
「やぁれやれ、こりゃあ、片付けが大変じゃわい」
よっこらしょ、とガンテツ爺さんが立ち上がった。
彼も彼で高齢とは思えない体捌きで迫ってきた家具や小物を受け止めている。
そのお陰で壊れた物は殆どない。
壊れたのは俺だけだった……? うっ、頭が……。
「ヤーダン主任、大丈夫かぁ?」
「特に問題無いよ」
白衣を剥ぎ取られた彼女はズレた眼鏡を元の位置に戻した。
こうしてみると、女性のヤーダン主任は魅力の塊であることが分かる。
普段は少し色あせて見える薄い緑色の髪の毛も艶があるし、大きな目に納まる緋色の瞳も宝石のように見える。
スタイルも抜群でシミ一つ無い完璧さだ。
この場合、不完全の中の完璧、とでもいうのであろうか。
「ヤーダン主任は生まれてくる性別を間違えたんだな」
「僕は性別なんて、どうでもいいかな? どっちにでもなれるしね」
「強い」
彼女は「ははは」と笑って「そんなことはないよ」と再び白衣を身に纏った。
襲われたことに関しては、まったく気にしていないらしい。
というか、ヤーダン主任は大人であるので。
つまりはそういう事だ。両方、経験があるらしい。
やはり、強い。
「恋とかも沢山したんだな?」
「したねぇ……でも、僕と恋仲になった人たちは、ことごとくが死んじゃった」
「え?」
「だから、僕はもう恋はしないよ」
サラッ、とヘヴィなことを告げてヤーダン主任はリビングを後にした。
何気に地雷を踏んじゃった感のある俺はクロヒメさんの腕の中で白目痙攣状態へと速やかに移行したのであったとさ。びくんびくん。
ノミユの町にクロナミを停泊させた俺たちは早速、町に繰り出す。
時刻は午後六時、そろそろ日も暮れ始めてきた。
「……痛い」
「当たり前じゃ。悪い子には拳骨が待っておるんじゃからな」
ヒュリティアの頭の上には漫画チックなたんこぶが出来上がっていた。
この日のために、俺が中古屋で買っておいたジョークアイテムだ。
「あはは、ヒュリティアちゃん、可愛い」
「……ツンツンしないで、エリンちゃん」
この姿に女性陣は興味津々のもよう。
「しかし、まぁ……いかにも、って感じの町だなぁ」
ノミユの町はその建築物が自然の岩を積み上げたかのような荒々しい外観を持っている。
赤褐色の岩を積み上げた街並みは荒々しくも勇壮で、また壮観であった。
その岩肌に付着している白い粉は火山灰であろうか。
妙に良い香りを放っている。
なのでそれを、れろろん、れろれろれろれろれろれろれろれろ、と舐めてみた。
「ちょっ!? エルティナちゃん、きたないよっ!」
これにエリンちゃんは慌てて俺を抱き上げて、舐め舐め行為を阻止してしまわれた。
しかし、俺は知ってしまったのだ。
この魔性の粉の味を。
「ハッ○ーターンだっ!」
「ふぇ?」
そう、この粉の味は正しく人を駄目にしてしまう魔法の粉。
食べ出したら止まらないアレの味がしたではないか。
「エルティナの嬢ちゃんの言っている意味は分からんが、こいつがナベド活火山の火山灰じゃよ。空気に触れて地上に降りてくるころには毒素が抜けて食べれるようになる」
「へ~、そうなんだ。でも、家の壁に付いていたものを舐めるのは駄目だよぉ」
ガンテツ爺さんの説明を受けたエリンちゃんは納得を示したものの、俺に「めっ」とくぎを刺してしまわれた。
これに俺はただひたすらに、しょぼ~ん、とするより他になかったのである。
しかし、アイン君は俺にもっと舐めろ、とせっついてきたではないか。
彼は俺と繋がっているせいなのか、味が分かる鉄の塊饅頭となっていたのだ。
俺としても、もっと舐めたいのであるが、こう監視の目が多くてはそれもできにぃ。
じゃけん、夜にこっそりと抜け出してペロリスト行為に及んでくれる。
「サボテンが多いんだぜ」
「……そうね」
緑はあまり見受けられないが、至る所に小さなサボテンが生えている。
というか、それが自力で移動している点について。
よく見ると、サボテンの根元にゲンゴロウみたいな緑色の昆虫が存在していたではないか。
丸っこい体とつぶらな黒いおめめが可愛らしい。
その昆虫の背からサボテンが生えている感じだ。
なるほど、こいつは冬虫夏草の一種であるのだろう。
「な、なんだぁ、こいつはぁ!?」
「さぼ~」
しかも鳴く。ふっきゅんきゅんきゅん……怖かろう?
「こいつは【サボリチュウ】じゃな。植物と昆虫の合いの子で、空気を浄化する力を持っておる。しかも人懐っこいのが特徴じゃ」
「さぼぼ」
「じゃから、こいつを虐めると町の連中が黙っておらんからの。ま、心配はいらんじゃろうが」
確かに人懐っこいようだ。
と突然、「なんだ、なんだ」と無数のサボリチュウが俺に押し寄せてきた。
始めて見る顔に興味津々といったもようである。
「……エルがサボテンになっちゃったわ」
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
なんと言う事でしょう。
サボリチュウに妙に懐かれてしまった俺は、彼らによじよじされた結果、巨大なサボテン白エルフと化してしまったのである。
これでは動く危険珍獣でしかない。
誰か助けてっ!
「こりゃ、おまえさん方。妙に興奮しておるが降りてくれい。わしらはこれから食事じゃて」
「さぼ~」
彼らは果たして人間の言葉を理解しているのであろうか。
ガンテツ爺さんに諭されたサボリチュウたちは、名残惜しそうに俺から離れていった。
その後は景色に溶け込むように所定の位置でまったりとしている。
「助かった、もう駄目かと思ったよ」
「大袈裟じゃわい。それにしても、随分と懐かれたようじゃの」
「……エルは昔から動物や得体の知れない存在に懐かれる」
「なるほどの、それでキアンカの野良どもがエルティナの後を付いて回っておるのか……得体の知れない存在っ!?」
ヒュリティアの説明に、ガンテツ爺さんは納得がいった、という表情の後に驚愕の表情を見せている。
彼が言うように、キアンカの野良どもは俺の配下と化しているのだ。
やはり、俺が作った桃力入りの米団子は【吉備団子】に相当するんやなって。
まぁ、余ったご飯を分けてやっただけなのだが、相当に感謝されてしまい今に至る。
たまに貴重な情報を持っているので蔑ろにはできず、今では諜報部員として大活躍中だ。
ヒュリティアもこれに納得を示し、必要経費として米代は落とせるようになった。
「ノミユの町の美味しい名物ってなんだろ?」
エリンちゃんもだいぶ俺たちに染まってきたようだ。
真っ先に食べる物を問うてくる辺り、よく分かっている。
「ふむ、確か……【ホットブーブー】じゃったかな?」
「あぁ、素敵な食材ですね。辛さの中に奥深い味わいがある豚肉でしたか?」
「そうじゃ。辛いから、おまえさんも男に戻れるかものう」
これにワイルド姉貴が猛反対する。
ゆーりー全開な彼女らしい理由だ。
「男は柔らかくないからダメ!」
「えぇ……」
これにはヤーダン主任もげっそりである。
何故なら、ここはクッソ暑いからだ。
この状況で引っ付かれては不快度係数がモリモリ上がって、イライラMAX、となってしまう。
大変に危険だ。
「でも、それほど暑いようには感じないな」
「そうじゃな。わしの記憶ではもっとこう……蒸し暑かった、と記憶しておるんじゃが」
なんでだろう、と首を傾げる俺たちはしかし、腹の虫が騒ぎ出したので、取り敢えずは店に入ろうという事になった。
どんな料理が待っているのか、非常に楽しみである。




