64食目 アクアトラベンシェル 実食!
それでは、さっそく調理開始だ。
調理場所はもちろん浜辺でおこなう。
ヤーダン主任が焚火を起こしてくれていたので、火はそれを利用。
料理道具は俺の携帯調理キットを使用する。
この時が来ることを予期し、大型のバーベキューコンロを買っておいてよかったぜ。
だがしかし、いざ調理となると俺とヒュリティア以外は戦力外という有様。
ヤーダン主任とガンテツ爺さんはともかく、エリンちゃんが調理できないのは色々と問題が生じるであろうことから、ついでに調理を教えてあげよう、と画策した。
「あ、ヤーダン主任も覚えるように」
「え? 僕も?」
当然である。
彼女の身体の事情を知ったからには教えないわけにはいかない。
もしかしたら、否、寧ろ、の可能性は否定出来ないのだ。
というか、高確率でそっちの姿の方が【普通】になる予感が、ぷぃんぷぃん、しているからな。
「いや、自分で触れておいてなんだけど……これって海水で出来ているんだよね?」
「みたいだな。俺も何個か失敗したから、アクアトラベンシェルが海水に広がってゆく姿を確認してるんだぜ」
そう、アクアトラベンシェルは海水で出来ている。それは確かな事だ。
だが、固着点を突いて固体化したアクアトラベンシェルは、ぷにぷに、とした触り心地の食材へと変化を果たしている。
殻もぷにぷになので、そのまま食べてしまえそうだ。
なので、試しにそのまま齧りついてみる。
「しょっぺぇ!」
「……何やってるのよ、エル」
「いや、そのまま殻ごといけるかなぁって」
そのままいったところ、どうやら塩分が強過ぎてまともには食べられないもよう。
だが食感は、ぷにぷに、ではなく、コリコリ、としたものであり、噛んでいて楽しい事が発覚。
問題は、この塩辛さだ。
「だいぶ昔に食べた時は、刺身にしておったのう」
「マジか。その料理人って、相当に腕がよかったんじゃないの?」
俺がその料理人を褒め称える、とガンテツ爺さんは、にんまり、と笑みを見せてきた。
「うむ、腕利きじゃったわい。まぁ、わしの死んだ女房なんじゃがな」
「……まさかの、のろけ話だった」
ヒュリティアの辛らつなツッコミはさて置き、とても素ん晴らしい情報が手に入った。
アクアトラベンシェルは、刺身にできるというのだ。
ということは、アクアトラベンシェルから過剰な塩分を取り除く方法がある、という事になる。
俄然、やる気が出てきたのは言うまでもない。
「よし、刺身に挑戦してみっか。失敗したら煮て再利用しよう」
「……じゃあ、お味噌汁作っておくわ」
「あ、折角だからメッサモドキの肉も投入するか」
狩ったら責任をもって食べる。
これは言うまでもなく勝者の責任である。
命を奪い、命を繋ぐのだから当然であろう。
勿体ない事をする奴は、いずれ報いを受けることになる。
「アイン君、メッサモドキのお肉を捌いといて」
「てっつ~」
俺はアイン君にメッサモドキの肉を捌くようにお願いする。
するとアイン君はエルティナイトでメッサモドキの解体を始めた。
メッサモドキは元々、解体してあったが、かなり大雑把な解体しておいたので、人が調理するには大きすぎる。
そのため戦機で手頃な大きさにしてもらおう、という魂胆だ。
しかし、エリン剣での解体は、肉食獣が獲物を食い荒らしているような光景であり、マジで震えてきやがるので直視はNGである。
「うわぁ……なんか凄いね」
「エリンちゃん、見てはいけない。いいね?」
「あっはい」
というわけで、俺たちはアクアトラベンシェルの塩抜きに挑む。
まず試したのは迎え塩での塩抜き。
適度な食塩水で、食材の塩分を抜いてしまう方法である。
はい、時間が掛かるので、この間に別の方法を試します。
「あいつが刺身にした時にゃあ、直ぐに出来上がっとったの」
「じゃあ、この方法ではないのかな?」
ガンテツ爺さんの思い出しで、迎え塩ではないことが発覚。
だが、この方法で別の味覚の発見につながる可能性があるので中止はしない。
獲得した情報からして、捌き方に特殊な方法でもあるのであろうか。
情報が少ないのでなんとも言えないが、取り敢えず普通に捌いてみる。
身を取り出して包丁で一口大にカット。
「うん、いやぁな予感しかしない」
「アクアブルーの切り身って、なんかこう、食欲が……」
「それなぁ」
食べてみる、とやはりしょっぱくて食べれたものではない。
とここで、メッサモドキの肉が解体されて運ばれてきた。
「おぉ、ピンク色なんだ」
「綺麗だね」
「ちょっと炙ってみっか」
鉄串にさして火に掛けたところ、まったく色が変わらない。
もう焼けたかな、と食べてみたところ、きちんと焼けていた。
「なんだぁ、この肉はぁ」
「いや、そもそもメッサモドキの肉を食べよう、という発想は常人にはできんぞい」
ガンテツ爺さん曰く、メッサモドキの肉には毒が含まれており食べることはできない。
その証拠として、焼いても肉色が変わらない。
というのがメッサモドキの肉の評価らしい。
なるほど、それは迷信である、と言わざるを得ない。
この肉には毒成分が一切含まれていないのだから。
恐らくは日が経って腐り始めていた肉を食べて腹を壊したのであろう。
ただ、この肉……恐ろしいほどに味が無い。
なんだか、紙を食べている感じである。
「くそ不味い」
「……本当ね、柔らかい紙細工を食べているみたい」
「う~ん、メッサモドキが増え続ける原因はこれだね」
毒があるという噂、そして肉の不味さが原因で完全に放置。
それが原因でアクアトラベンシェルの捕獲が激ムズになる、という悪循環が完成していたのだ。
これは、なんとかしなければ、という無駄な使命感がむくむくと湧いて出てきた。
「あ、そうだ。これだけ味がしないのなら、失敗したアクアトラベンシェルの切り身と一緒に食べてみてはどうだろうか」
「……味がしないなら、別の物で補うってことかしら?」
「そのとーり。れっつ、ちゃれんじ」
焼き上がったメッサモドキの肉を薄くスライスし、ミルフィーユのように肉、切り身、と交互に乗せてゆき完成。
それを一口大に切って実食。
「あっ、アクアトラベンシェルの塩味が丁度良くなった」
「おぉう、これは面白い味だぁ」
なんと、メッサモドキの肉が息を吹き返したかのように味がするのである。
しっとりとジューシーな肉汁が口の中に広がり舌を喜ばせる。
近い物でいえば極上の生ハムであろうか。
それと一緒にサザエの刺身を食べているような感覚。
だが不思議と嫌な食感には感じない。
「ううむ、悪くは無いんじゃがのう」
「ふきゅん、ガンテツ爺さんは刺身の方を食べてるからなぁ」
やはり、美味しい食べ方を知っている者には不満が残る出来上がりのようだ。
十分美味しいと思うが、何かが違う、といった表情を見せている。
「やっぱ、刺身か」
とはいえ何度も失敗するわけにはいかない。
なんかこう……ビビッと来るものは無いであろうか。
その時、俺に電流走る。
いい塩梅に焼けたメッサモドキ肉の薄切り。
それでアクアトラベンシェルを丸ごと包むのだ。
そうしやがれ、と本能が告げている。
「おや、何をしているんだい?」
「ヤーダン主任、こうやってアクアトラベンシェルの塩を抜いているんだ」
時間にして三分程度であっただろうか。
俺はピリッとした感覚を感じ、アクアトラベンシェルを包んでいた肉を取り除く。
すると、そこからはアクアブルーのサザエではなく、桃色のサザエが姿を覗かせたではないか。
「なんじゃ、こりゃあっ!?」
「本当になんじゃこりゃあ、だね」
でも食べるのだぁ。
というわけで、お刺身の完成です。
「もう、なんでもありじゃな」
「なんでもかんでもやるのが料理だから」
だが、その切り身を食べた瞬間、この世の物とは思えぬ恍惚感を得ることになった。
「う、うおぉぉぉぉぉっ!? この味はぁぁぁぁっ!」
美味い、美味過ぎるっ!
歯を押し返すほどの弾力はゴムを思わせるが、決してそこまで硬いわけではなく、噛み締める度に豊かな味を滲み出してゆく。
それは、海の恵みを味わっているのと同じだ。
やがてその身は噛み切れてゴリゴリとした食感へと変化。
これを噛むのがまた楽しい。
ゴリゴリは、やがてこりこりへと変化。
その過程で身から甘い旨味成分が溢れ出してきて、塩味と融合、新たなる味へと昇華してゆく。
刺身には醤油とわさびが定番だが、これに至っては不要。
寧ろ無粋とすら感じてしまう。
「う、美味いっ! 昔食べたアクアトラベンシェルの刺身を遥かに超えておるっ!」
「……エル、やっぱり、やり遂げたわね」
これには皆も大絶賛。
かくいう俺も、自分で自分を褒めたいです状態だ。
そして、気になるのはアクアトラベンシェルを包んでいたメッサモドキの肉。
「おおう、ピンク色から乳白色に変化しているぞ」
まったくもって忙しい食材たちだ。
というわけで、これも食べてみる。
「むむむ、鶏胸肉みたいにボソボソしてる」
「……あら、本当ね」
味は悪くはない。
だが、ジューシーさが失われているようだ。
まるで、アクアトラベンシェルに旨味を持ってゆかれたかのようである。
実際、それが正しいのだろう。
「……これ、お味噌汁に入れちゃう?」
「あぁ、それがいいかも」
というわけで、アクアトラベンシェルを包んでいたメッサモドキの肉も味噌汁の鍋へとぽちゃん、する。
「俺としては、包丁だけでアクアトラベンシェルの塩分を抜く方法が知りたかったんだぜ」
「まぁ、それを超える調理方法を見出せたんじゃから、ええじゃろ」
「そうですよ。メッサモドキの肉の食べ方も見いだせたじゃないですか」
ヤーダン主任が言う食べ方とは、他の食材と合わせる、というものであろう。
これは、更なる研究が必要となるものである。
「取り敢えずは、味噌汁だな」
「えへへ……先に食べちゃった」
とエリンちゃんが空の丼を見せつけてきた。
相変わらずの大食いぶりを見せつけるも、俺たちにしてみればそれは小食の域を出ない。
「美味しかったよ~。塩加減も丁度いいし、潮の香りがね、ふわっ、と広がるの」
「ほぅ……」
というわけで俺も頂く。
うん、ご飯がほすぃ!
出来立てホカホカの白米を、がつがつ、と掻き込みたい衝動に駆られる!
「やっばいな、これ」
「……お味噌を入れただけよ」
「という事は、これ全部、アクアトラベンシェルの旨味か」
これはまだまだ、調べる必要がある。
俺たちは引き続き、アクアトラベンシェルの可能性を調査した。




