63食目 獲得せよ! アクアトラベンシェル!
メッサモドキという脅威が去った今、俺たちは水着に着替えて海に突撃する。
とはいえ、大人な連中はきちんと準備をしてから海に挑むようだ。
愚かな……狩りとは常に真剣勝負であり、いつどこで発生するか分からぬもの。
故に、狩人はいついかなる時も、即座に環境に適応できるように備えてなければならないのだ。
よって、俺は即座に海へと突撃。
戦いは早さと速さで決まるって、どっかの偉い人が言ってたもん。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁっ!? 足が攣ったっ!」
「ちょっ!? エルティナちゃんが、波に攫われちゃった!」
なんと言う事でしょう、俺は準備体操を怠ったばかりに、海に入った瞬間に足が攣ってしまったではないか。
そして、波に翻弄され、どんぶらこっこ、と沖にまで搬送されてしまったのであった。
こんなの許されざるよっ!
『なにやってんだ』『おばか』
「さーせん」
治癒の精霊チユーズに、治癒魔法【クリアランス】を施してもらい、攣った足を治してもらう。
いやぁ……海は強敵でしたね。
「……エルは普通に泳げたわね」
「それどころか、魔法障壁を使って潜水もできるぞ」
「……そういえば、そうだったわね。【シャボン玉】、だったかしら?」
「それな。当時とは違って、今はほぼ割れることは無いぞ」
ただし、紫色の悪魔には特攻が付いているので油断できない。
あいつは百枚重ねた魔法障壁のボールを一撃で破壊するトゲトゲを備えているのだ。
深緑の悪魔なんぞ、奴の前ではクソザコナメクジと言えよう。
そうこうしている間に、エリンちゃんたちも海に入ってきた。
エリンちゃんはオレンジ色のワンピースタイプの水着を選択したもよう。
彼女はその幼い外見に見合わず、なかなかのボディの持ち主であった。
パイパイこそワイルド姉貴には敵わないが、引き締まった腰回りが美しい。
お尻も安産型で形が綺麗だ。
昔の俺であったなら、まず確実に突撃していたであろう。
でも悲しいことに、今はそのような劣情を抱いたりはしない。
まぁ、大きなおっぱいには甘えたくなることもある。
これは、身体が求めている欲求なので仕方がない……という事にしておいてくれ。
「いやいや、ガンテツ爺さん。赤ふんって古風だな」
「かっかっか、男ならこいつで心身ともに引き締めてなんぼじゃて」
「……しかも、ヤーダン主任よりも引き締まった身体」
ちら~り、とヤーダン主任を観察。
妙にエロティックな白いからだは、男とは思えないほどに曲線を帯びていた。
「えっ? 女?」
「あ、僕は水分を一定量肌で吸収すると性別が反転するんだよ。【吸水性性転換症】といってね……厄介な病気だよ。はっはっは」
何それ怖い。
夏だけ野郎を喜ばせる病気かよ、おるるぁん!
某有名漫画の主人公か、とツッコみたくなる気持ちを抑えてヤーダン主任ちゃんを観察。
真っ赤なビキニがまぶちぃ、ナイスバディの眼鏡美女が爆誕しておりましたとさ。
もう、そのままでいいんじゃないのかな?
そして、精霊戦隊の唯一の男性が【お爺ちゃんだけ】という事態になりました。
どうしてくれるの、これ。
「どうやったら、男に戻るんだ?」
「激辛カレーを食べると中和されることが判明しているかな」
「食べなかったら?」
「ずっと、そのままだよ」
うん、この人の日常生活って相当に大変なのではないだろうか。
男のままでいたいなら、シャワーにも入れないし、風呂なんぞ論外だ。
「大変だなぁ」
「そうでもないさ、激辛カレーは大好物だし。三杯は行けちゃうね」
「マジで震えてきやがった」
「といっても、激辛料理であればなんでもいいんだよ。要は体内の余剰な水分を放出できれば男に戻れるって寸法さ」
くすくすと笑うヤーダン主任は、そのままでいた方がいい、と思わせるには十分過ぎる程の美人さんでした。
「ほれほれ、アクアトラベンシェルを獲得ぞい」
「おっと、そうだった。まずは、アクアトラベンシェルを捕まえてからだ」
アクアトラベンシェルは、一言でいうなら海水で出来たサザエだ。
大きさはソフトボール程度の大きさであるらしい。
この海水で出来ている、というのが厄介極まりない。
メッサモドキのように海水ごと、ごっくんちょ、するなら問題はないが、アクアトラベンシェルのみを捕獲するとなると、色々と手順、技術が必要不可欠になるのだ。
メッサモドキという脅威が去った今、安心して捕獲作業ができるが、捕まえることができるかどうかは、また別問題となる。
アクアトラベンシェルには、固着点、なるツボが存在する。
そこを串のような鋭利な棒で突いてやる、とアクアトラベンシェルは液体状から固体状へと変化を起こすとのこと。
試しにガンテツ爺さんが捕獲を試みる。
だが、波に揺られながらの作業は困難を極めた。
上手く固着点を突かずにアクアトラベンシェルを突いた場合、その身は破裂し海と完全に同化してしまうらしい。
だが、これは別に死んだわけではなく、海に擬態しているような状態になるそうだ。
暫くすると再び海水の身体を形成して、しれっと活動再開するっぽい。
「ええい、やはり難しいのう」
「……波に邪魔されるものね」
「昔、一回だけ成功したんじゃ。美味かったぞぉ? アクアトラベンシェルは」
そう聞かされては黙ってはいられない。
なんとしてでも、アクアトラベンシェルをゲッツしなくては。
「シャボン玉は波に影響されやすいから素潜りだな」
そう判断した俺は素潜りを敢行。
海の珍獣と呼ばれた泳ぎを見せてくれよう。
海面から差し込む日の光によって海中は幻想的な光景を見せる。
それを更に彩るのは海底のカラフルなサンゴと、ど派手な色をした小魚たちの群れだ。
否応なしに、異世界カーンテヒルの海を思い出して涙が出ますよ。
でも、速攻で海に同化してるんだよなぁ。
潜ってみると分かる、アクアトラベンシェルの姿。
本当に海水で出来ているようで、一見、どこにその存在があるか分からない。
しかし、海底を照らす日の角度で、その輪郭が時折、浮かび上がってくるのだ。
その一瞬を見逃さず一気に海底まで泳ぐ。
そして、アクアトラベンシェルの固着点を、ぬぷぅ、と突くぅ。
「……」
この珍獣、狙った獲物は決して逃がさぬ。
俺の、突くぅ、を受けたアクアトラベンシェルはその体を海水の色から、鮮やかなアクアブルーへと変化させ動かなくなってしまった。
これが固着化現象なのだろう。
固着化したアクアトラベンシェルを手に海面へと浮かび上がる。
「アクアトラベンシェル、ゲッツだぜ!」
どこぞの赤帽ボーイを彷彿させる決め台詞を吐く。
あっという間の捕獲劇に、流石のガンテツ爺さんも驚きを隠せなかったもようだ。
「いやいや、早過ぎんじゃろっ!?」
「……流石はエルね。食べ物が絡んだら反則レベルの奇跡を起こすのですもの」
「うわぁ、凄いよ、エルティナちゃん!」
「流石は食欲の権化だね。この調子でアクアトラベンシェルを捕獲してゆこう」
うん、エリンちゃんしか、まともに褒めてくれなくて悲しい。
その後は全員でアクアトラベンシェルの捕獲に挑戦。
ヤーダン主任のポロリもあったが、ほぼ女性ばかりであった上に、唯一の男性もお爺ちゃんだったので、まったく問題は無かったという。
三十分程経った頃に、ヤーダン主任がリタイアを宣言。
「いや、身体が冷えて上手く行かなくなったよ」
「それでも、三つも取れたのは中々なんだぜ」
「失敗が十五じゃあ、自慢できないね」
水着が流される、というアクシデントを乗り越えつつの三個は大したものである。
彼女は先に岸へ上がって焚火を起こしてくれる、とのことだ。
であるなら、ここはもう少し頑張ってアクアトラベンシェルを獲得しよう。
「……エル、お先」
「もう上がるのかぁ?」
「……十個もあれば十分でしょう?」
そういって、網の中のアクアトラベンシェルを見せつける。
どれもこれも形がよくて大きな固体ばかりだ。
どうやら、よく吟味して捕獲していたらしい。
「いい型だなぁ。味も期待できそうだ」
「……この子たちは、ここで食べちゃいましょう」
「そりゃあ、いい。捌ける?」
「……もちろん」
そう言い残してヒュリティアは岸へと泳いでいった。
残るのはガンテツ爺さんだ。
俺たちに負けるのが悔しいのか、ムキになってアクアトラベンシェルに挑み続けている。
しかし、海での活動が苦手なのか、成果は今一つであった。
「だぁぁぁぁぁっ! ダメじゃあ! これだけやっても四つとは!」
「十分なんだぜ」
「よく言うわい! おまえさん、それで幾つ目じゃ!?」
「二十から先は数えてないんだぜ」
俺の報告にガンテツ爺さんはガクリと項垂れ、まるで溺死体のように岸へと流れていった。
俺は悪くぬぇ。




