62食目 アクアトラベンシェルを求めて
陸上戦艦クロナミを走らせ向かった先は、キアンカより南西に五十キロメートルに存在するイダーソス海岸だ。
ここからさらに南下すると、プペシ海岸という海水浴場が存在する。
だが、今回用があるのはイダーソス海岸の方だ。
この場所に深海に棲むというアクアトラベンシェルが産卵をしにやって来るのである。
「いい天気だぁ。仕事じゃなけりゃあ、遊びまくってるな」
甲板にビーチパラソルをおっ立てて外の景色を、ぼへ~、と眺めていた俺は、思わずそのように独り言をこぼした。
流れ込んでくる熱気を多分に含んだ風には潮の香り。
海岸はもうすぐであることを、否応無しに伝えてくる。
すると、俺の独り言を耳にしたヒュリティアが、鋭いツッコミを炸裂させてきたではないか。
「……仕事中でも遊んでるわよね?」
「失敬なぁ、あれは遊びという名のお仕事っ! だからセーフ!」
しかし、仕事に厳しいことに定評のあるヒュリティアに、腕を交差させてからのペケを頂戴されてしまっては反論できないできにくい。
俺は、ほっぺを膨らませて遺憾の意を示すことしかできなかった。
「いっつも、こんな感じなの?」
共に、ぼへ~、としていたエリンちゃんに問われる。
であるならば、応えるのが大人の醍醐味。
「ちがう」
「本当は?」
「そうだよ」
俺はエリンちゃんの策略に嵌り、まんまと本当の事を喋ってしまった。
悔しいですっ!
『おおぃ! そろそろ海岸につくぞぃ! 戦機に搭乗じゃ!』
タイミングよくガンテツ爺さんの声がスピーカーから聞こえてきたので話を打ち切り、さっさとエルティナイトにへと退散する。
戦いは引き際が肝心なのだよ。
さぁ、やってきましたイダーソス海岸。
黄金色に輝く砂浜、涼しげな音を立てながら押しては退いて行く白波。
鉄と油の世界の割には海水はまったく汚れておらず、海底がはっきりと確認できる。
「おおう、綺麗な海だぁ」
これは、キャッキャウフフで、ポロリも期待できるで!
「見事なポロリだと感心するが、どこもかしこもおかしいことだらけだ」
「……想像以上の光景ね」
あちらこちらに首がもげた戦機が転がっているという有様に、俺は速やかに白目痙攣状態へと移行する。
戦機もあれだが、それを行った張本人どもの異様さよ。
「うおー」
体長二十五メートルを超える、メタリックサンショウウオモドキことメッサモドキ。
そのメタリックに輝くボディを持つ連中が、小さなアクアトラベンシェルに群がっている。
ここに転がっている戦機どもは、アクアトラベンシェルを頂戴しようと試みたのであろう。
だが失敗し、見事に首ちょんぱされた後にボコボコにされてしまった、という結果に終わっている。
これは気を引き締めなければ、そいつらの二の舞になってしまう事は明白だ。
「しかし、見事な断面だな」
『……そうね、彼らがやったとは思えないほど』
『油断せんようにの。連中の尻尾は鋭利な刃になっておる』
「なにそれこわい」
ガンテツ爺さんが指摘したように、メッサモドキたちの尾の先端は槍の矛先のようになっている。
なるほど、あの尻尾で戦機の首を刎ねた後に圧し掛かって仕留めた、といった感じか。
『……攻撃方法が分かれば、後はどうとでもなるわ』
『そんなことが言えるのは、ここじゃあ、おまえさんくらいじゃろ』
ヒュリティアは妙にやる気を見せた。
その理由は言うまでもなく、メッサモドキとアクアトラベンシェルをホットドッグの具材にしたいからだ。
恐るべきはホットドッグジャンキーであろう。
とはいえ俺も人の事は言えない。
未知の味への探求心は誰にも負けない自信がある。
「よし、一丁やってみっか、アイン君」
「あいあ~ん!」
鉄のお饅頭……もとい精霊のアイン君もやる気満々だ。
クロナミより出撃した俺たちは、こっそりとメッサモドキの背後へと忍び寄る。
ガシャコンガシャコン! コココ……ビコーン!
忍べてないじゃないですかやだー。
エルティナイトから賑やかな音が漏れまくって、あっという間にバレてしまいましたとさ。
『……大丈夫、期待していなかったから』
「辛辣ぅ!」
『来るぞい!』
あぁ、もう滅茶苦茶だよ。どうしてくれるのこれ?
であるからして、この怒りをメッサモドキに理不尽に叩き付けるしかない。
おらおら、野生の戦いの開始じゃい!
「エリン剣っ!」
日の出立ちを容赦なく見せつけるエルティナイトに、メッサモドキはいきり立った。
そして、エルティナイトよりも大きな体を持つメッサモドキたちが殺到してきたのである。
だがしかし、無駄に肝が据わっている俺は決して慌てふためかない。
「ぬわ~っ!? なんで俺にばっかり襲い掛かってくるんですかねぇっ!」
もう慌てふためいてるぅっ!
早くも前言撤回した俺は、スタコラサッサ、と逃亡を開始。
でも、これは逃亡ではなく後ろに向かって前向きに前進している、という解釈をしていただきたく。
ダメ? ですよね~。
『……エル、そのまま逃げてて』
「おう、じ~ざす」
そして容赦のないヒュリティアさんのお言葉。
彼女の言葉の後に、メッサモドキの一匹が沈黙、砂浜に倒れ伏した。
一瞬のことで分からなかったが、たぶんスナイパーライフルで仕留めたのであろう。
そして、これにガンテツ爺さんも便乗。
二匹目のメッサモドキが仕留められる。
群れの数は全部で十匹ほど。
今し方、二匹仕留めたので残りは八匹だ。
奇襲のような形になったが、この状況がいつまでも続くとは思えない。
早期決着が好ましいと思われる。
なので、俺も攻撃に加わるのが得策であろう。
「よぉし、さっき速攻で組み上げた電撃魔法をお見舞いしてやるぜ」
「あいっあ~ん!」
妙にアイン君のテンションが高いのは、彼がこのビリビリに味をしめてしまったからに他ならない。
感覚としては、口の中でパチパチと弾ける飴を舐めている感覚、なのだそうな。
「エルティナイト! ふるぱぅわ~!」
「てっつー!」
とは言ったものの、マジのフルパワーはヒュリティアに禁止されているので、掛け声だけである。
以前ぶっ放したファイアーボールだが、アレの威力がおかしかったのは、魔法の図式がおかしかったからに他ならない。
図式を修正した際に、どうやらリミッターを消してしまったままだったようなのだ。
それを設けないまま魔法を発動すると、大抵の生物は魔力を全部搾り取られて死に至る。
しかし、俺は魔力が頭がおかしくなるほどにあるので、普通に発動してしまった。
結果があの有様だ。普通に笑えない大惨事である。
だが、今回はリミッターもバッチリだし事前に試し打ちもしたので問題無い。
でも、ただ【雷の矢】をぶっ放したのでは面白くもない。
そこで、雷の矢を束ねてぶん投げてみようと思う。
エリン剣を媒介にし、そこに雷の矢をありったけ生成。
すると一本の巨大な雷の矢が生成されたではないか。
これを見たメッサモドキたちは一斉に急ブレーキ、慌てて逃走を開始した。
本能からの逃走は、なるほど見事と感心するが、逃がすほど俺は甘くない。
これは野生の戦いなのだ。
食うか食われるかの戦いにおいて【背を見せる】という行為は自分が【餌】であることを認めるも同義である。
「プラズマぁ、サンダーぁ、アロー!」
雷のエリン剣をメッサモドキたち目掛けてぶん投げる、とそれは視界から消失。
正しくは、一瞬でメッサモドキたちに到達していたのである。
内一匹にプラズマサンダーアローは命中。
そして、おびただしい雷の矢がエリン剣から解き放たれた。
次々と雷の矢の餌食になるメッサモドキたち。
彼らは電撃に弱かったのだろう、一切の抵抗もできずに痙攣した後に息絶えた。
「想定外の威力過ぎて笑えない」
『……エル、言ったわよね?』
「こ、これはリミッターを外していないのでセーフ!」
『……アウト~』
「おーまいが」
残念ながら、俺の主張は通らなかった。
そして後になって知る。
あの攻撃が敵味方関係なく襲い掛かる無差別攻撃だったことに。
使いどころを間違えるとあわや大惨事になってしまうところだったのだ。
幸いにして、ヒュリティアもガンテツ爺さんも腕利きの戦機乗りだったので、巻き添えを食うことなく回避に成功していたのである。
『……思い付きで魔法を束ねないの。普通の魔法使いにはできないけど、あなたはできるんだから』
「反省なんだぜ」
『ま、まぁ、何はともあれ、第一関門突破じゃな』
「ふぁっ!? 第一関門?」
衝撃的な事実が発覚した。
どうやら、メッサモドキを排除しただけではアクアトラベンシェルを獲得することはできないらしいのだ。
『取り敢えずはクロナミに帰艦じゃ。アクアトラベンシェルに挑むぞい』
「お、おう」
こうして、メッサモドキを解体して回収した俺たちは、続いてアクアトラベンシェルの捕獲に挑戦する。
この時、俺たちは知らなかった。ここからが本番であることに。
果たして、俺たちは無事にアクアトラベンシェルを獲得することができるのであろうか。




