61食目 アクアトラベンシェル
次の日、俺はお昼時に精霊戦隊のメンバーを緊急招集。
場所はヒュリティア行き付けのホットドッグ店だ。
お持ち帰りもできるため、戦機乗りたちも足しげく通う事で、ほんのりと有名であるらしい。
少し薄暗い店内に入る、と憂い気なラテン系音楽と古びた小物たちが、腹を空かせた俺たちを出迎えた。
店内の雰囲気作りに余念がない、と思わせるのは店主の計算され尽くされた小物たちの存在であろう。
古びたギターや、弾痕が残るカウボーイハットなどが壁に掛けられ、少し日に焼かれたホットドッグのメニューが目に飛び込んでくる。
カウンター席とテーブル席があるが、それらも年季が入った物であり、所々に刀傷や弾痕の痕が見受けられた。
どちらかといえば、ヤングなガールよりもむさいオッサンをターゲットに絞っていそうな店である。
ヒュリティアの話によると、ここはホットドッグ以外にも料理を揃えており、特にチーズたっぷりの【チーズウィンナークレープ】は人気商品であるらしい。
しかし、俺はその上の【ラザニア風ウィンナークレープ】をチョイス。
超ヘビーで優雅さの欠片もない、とんでもないクレープがやって来て鳴く羽目になった。
「へい、おまち」
「ふきゅん」
茶髪オールバックのもさもさ髭親父が、ここの店長なのだろう。
ビシッとコックコートを身に纏い赤いスカーフが印象的だ。
日に焼けた顔には大きな傷跡が走っている。
元戦機乗りか何かであったのだろう、と想像させるに十分だ。
「凄まじいイヤァンパクとだぁ」
ナイフとフォークが添えられていることから、こいつで食え、という事なのだろう。
正直、甘く見ていた。すんまそん。
「……迂闊ね、エル」
「そういうヒーちゃんも【フレッシュオニオンホットドッグ】をチョイスして困っているんじゃないのかぁ?」
「……想定外の辛さが溜まらない」
ヒュリティアが選んだホットドッグは、生の玉ねぎが豪快に挟まれたホットドッグである。
ソーセージもぶっとくジューシーであるため食べ応えは抜群であろう。
だが、玉ねぎが辛過ぎた。
それが大好きという変り者は、実は意外に多い。
「……トマトソースの味付けが濃いから、なんとか行けるわ」
「なんというホットドッグ愛」
俺なら確実にフライパンで玉ねぎを炒めだしていたであろう。
しかし、ヒュリティアは辛みを愛でカバー、完食を果たした。
「……あ、はちみつバターホットドッグを」
そして、まさかのお代わりである。
エリンちゃんは無難にハンバーガーを注文。
実はこのハンバーガーも人気が高い。
お野菜が増し増しであり、サラダを食べている感覚らしいのだ。
パティもハンバーグではなく、薄いソーセージである。
ただし噛み締めると大量の肉汁が飛び出して美味であるという。
腹が膨れる割には低カロリーに抑えられているので女子に大人気らしい。
味付けはマヨネーズソースに少量のウスターソース。
それは間違いなく、食欲をそそるであろう組み合わせだ。
ヤーダン主任は【アトミックタマゴサンド】なるものを注文。
こちらも食器が付いてきた。
ナイフとフォーク、そしてスプーンだ。
運ばれてきた料理は……潰したゆで卵が山のように盛られた何かだった。
ヤーダン主任が手慣れた様子で潰したゆで卵の山を掻き分ける、と底からタマゴサンドがコンニチハ。
これは絶対にタマゴサンドとは言えない。
これでは【タマゴサンド生き埋め事件】だ。
事件ですよ、ヤーダン主任!
小さく見えるタマゴサンドだが、潰したゆで卵の山がデカすぎるだけで、地味にジャンボサイズである。
それをナイフとフォークとで切り分け口に運ぶ。
幸せそうな表情でそれを飲み込み、スプーンで追いゆで卵。
とんでもないカロリーだと思うが、ヤーダン主任は無駄な贅肉が無い。
いつか絶対に、ぽっちゃりに後ろから刺されるゾ。
ガンテツ爺さんは【牛丼ホットドッグ】なる意味不明なホットドッグを注文。
一見すると、それは普通のホットドッグに牛肉が追加された代物であった。
しかし、パンに米粉を使っているとの事。
味付けも和風で整えられており、一口貰ったが、なるほど美味しかった。
さて、腹も落ち着いたところで本題に入ろう。
「……トロピカルホットドッグ追加で」
「まだ食うんかい」
トロピカルホットドッグはデザート感覚を目指して作られたホットドッグだ。
しかし、目論見は上手く行かなかったようで、甘じょっぱさの中に果実の爽やかさが存在感を放つ一風変わったホットドッグに仕上がったようである。
実は女性よりも男性に人気があるメニューであり、あまり果物を食べない戦機乗りが栄養バランスを調整するためによく注文するようだ。
「んじゃ、食いながらでもいいから聞いてくれい」
「うむ、今日はどうしたんじゃ?」
ガンテツ爺さんは内容が気になるらしい。
復帰して最初のチーム活動だ、無理もないだろう。
「チーム活動の最初のミッチョンを説明する」
「わぁ、もう見つけてきたんだ」
エリンちゃんが感心している。
どうやら、彼女は暫くはチーム活動が無いものと考えていたらしい。
そんなんじゃ甘いよ?
「精霊戦隊の最初のミッチョンは【アクアトラベンシェル】の獲得なんだぜ」
「待てい、最初からハードすぎやせんか?」
待った、をかけるのはガンテツ爺さんだ。
「おん? 海に出かけて貝を獲るだけなのにハードなのか?」
「言葉にすれば容易いがの。アクアトラベンシェルはS級食材じゃ」
「そういえば、ジェップのおっさんが、そんなことを言ってたな」
俺の答えにガンテツ爺さんが意外だ、という表情を見せる。
そして、食いかけの牛丼ホットドッグを口に運び咀嚼した。
「むぐむぐ……なんじゃ、あの小僧と知り合いか?」
「知り合いというか……昨日の晩、酒場で一杯奢って、情報を貰ったんだ」
「おまえさんは恐れ知らずというか、なんというか」
ガンテツ爺さんはアクアトラベンシェルについて詳しく説明してくれた。
「ええか、アクアトラベンシェルは獲得自体も難しいがの、問題はそこに行くまでじゃ」
「……というと?」
「アクアトラベンシェルは産卵するために陸に上がってくるんじゃが、それを狙う獣がおる。それが厄介なんじゃよ」
ガンテツ爺さんは牛丼ホットドッグの残りをヤケクソ気味に口へ放り投げ、んぐんぐ、と完食する。
「体長二十五メートルのバカでかいサンショウウオ、とでも言えばいいのかの。それが群れを成してアクアトラベンシェルの産卵場所へと押し寄せるんじゃ」
「ふぁっ!? 体長二十五メートルって、エルティナイトよりもデカいじゃねぇか!」
「じゃから言ったろうに。ハードだと」
これは話が違う。
あのおっさん、意外と強かな奴だ。
「ぐぬぬ、おにょれ、ゲッツしたら顔面に叩き付けてくれる」
「あ~あ~、情報料の足りない分は現物かいな。まんまとしてやられたのう?」
「騙されたっ! この怒りは収まることを知らないっ!」
べちべち、とテーブルを叩く俺は怒りの珍獣だっ!
この怒り、どうしてくれようかっ!
「よし、食べよう。マスター、焼きそばホットドッグを」
「毎度ありぃ!」
そしてやって来る、焼きそばパンに、ソーセージをドッキングさせたホットドッグ。
炭水化物に炭水化物を組み合わせる暴挙、そこに食欲を加速させるソーセージを組み合わせるのだ。
なんと罪深い料理であろうか。
それだけでは飽き足らず、自家製からしマヨネーズで食欲は加速するっ!
「ふぅ、怒りは収まった」
「やっすい、怒りじゃのう」
騙されて怒ったら負けって、それ一番言われてっから。
「騙されたままじゃ癪だから、ジェップのおっさんを、びっくりさせてやろうと思う」
「やるのは確定なんだ」
「……そう言うと思ったわ」
当たり前じゃい。
この俺を誰だと思っている。
食いしん坊エルフ、とは俺の事だ。
一度狙った食材は、なんとしても口に入れてやるぜ。
「というわけで、アクアトラベンシェル捕獲作戦を敢行する」
「やれやれ……まぁ、いいわい。失敗を恐れては前へは進めんしの」
ガンテツ爺さんも折れてくれたところで、本格的な作戦を組み立てる。
「アクアトラベンシェルを狙う化け物は【メタリックサンショウウオモドキ】という」
「名前が長すぎる」
「正式名称はな、略称で【メッサモドキ】じゃ」
「急に弱っちい名前になった」
メッサモドキはそのメタリックなボディから一時は機獣としておそれられたが、後の調査によって、れっきとした生物であることが判明した。
とはいえ、その巨体と狂暴性から戦機であっても不覚を取る。
そのため、放置安定、との判断が下され、今に至るという。
「実際問題、こちらから手を出さない限りは襲ってこん。じゃが……」
「……アクアトラベンシェルが陸に上がってくる時期だけは別、というわけね」
「さよう」とガンテツ爺さんはヒュリティアの言葉に頷いた。
つまりは、アクアトラベンシェルを狙う限りは、メッサモドキとの戦闘は避けられない、という事になる。
「上等なんだぜ。弱肉強食はこの世の理、強い者が食い、弱い者は食われる」
「……メッサモドキも食べるつもり?」
「どんな味がするんだろうな? 食ってみてぇ!」
この時の俺の表情は、言葉では表現できないほどに恐ろしかった、と後のエリンちゃんは語る。
でも、食いたいものは食いたい。
我慢するのは良くないって、それ一番言われてる説、好きかも。
というわけで、俺たちは綿密かもしれない作戦を立て、クロナミでアクアトラベンシェルの産卵場所へと向かう事になった。




