58食目 クロナミ
かくして陸上戦艦クロナミは十五年の歳月を経て、再び大地という名の大海原へと漕ぎ出したのである。
この船は基本的にホバークラフトの要領で陸地を進むが、一応は船なので海にも対応しているらしい。
主な武装は、Mクラス三連キャノン砲三基、Sクラス二連機関砲が船体の左右に三対、艦首光素圧縮砲一門、となっている。
マーカス戦機工場に預ける前はもっと武装も多かったらしいのだが、もう使う予定もなかったため、大部分をオミットしてしまったそうだ。
戦機の格納数も以前は二十機となっていたが、現在はたった五機。
その理由は格納庫のスペースを減らして、修理工場を新たに建設したためである。
これで簡易的な修理で急場を凌ぐ、という事が無くなった半面、搭載数が減って一騎当千の要素を強く求められることになった。
とはいえ、実はこの施設、マーカスさんが後の事を考えて改装したものである。
将来的にはこの船を使って出張修理を計画していたようなのだ。
「うんうん、手堅い設備で何よりだよ。やろうと思えば、ここで兵器開発だってできるよ」
「あのおっさん、パネェな」
これにはヤーダン主任もニッコリであったという。
「見て見て! この生活スペースは私がデザインしたんだよ!」
「うおっ! スゲェ! 対面キッチンに広いリビングだ!」
そして、生活スペースは無駄に金が掛けられていた。
キッチンなども最新の設備で整えられており、50型のテレビまでもが設置されているではないか。
しかも、テレビ線が不要のタイプである。
もちろん、個室も狭いながらも用意されており、プライベート対策は万全だ。
何よりも驚いたのは、大浴場が設置されている、という事であろう。
確かにありがたくはあるが、風呂に対するその情熱はどこから湧いてきているのか。
もちろん、トイレも水洗である。
どんだけ水が必要なんだ、この船は。
「問題は、水なんだよね~」
「やっぱり、それかぁ」
だが、問題はすぐさま解決された。
だって、俺ってば魔法が使えるし。
「エリンちゃん、これ持って」
「うん? 空のコップ?」
「【アクアドロップ】!」
俺は空のコップに手を突き出し魔法を発動させる。
俺の攻撃魔法は原因不明の大爆発を起こすことで割と有名であるが、攻撃魔法以外であれば実は普通に発動することができる。
今使用した魔法は【日常魔法】という、誰にでも使えて日常生活にも使える便利魔法だ。
ただし、魔力を使用するので超便利というわけではない。
現に俺のクソ小さな手から水が生成されているが、ぶっちゃけ井戸から水を汲み上げた方が早い上に疲れないし、発動に必要となる魔力も失うことが無いのである。
どうしても手持ちに解決手段が無い場合に使う程度、それが日常魔法の現実なのだ。
悲しいなぁ。
「わわっ!? 何もない場所から水がっ!?」
「ふっきゅんきゅんきゅん……俺は魔法使いなのだぁ」
「……アクアドロップね。その手があったわ」
だがしかし、莫大な魔力を保有していた場合は、その限りにあらず。
見せてやろう、俺の本気を。
エリンちゃんに案内を受けて、クロナミの貯水庫へとやってきた。
そこには半分程度満たされた大きな貯水庫の姿。
「ここが給水口?」
梯子を、えっさほいさ、と登り大きな給水口へと到達。
中に落ちたら、えらいこっちゃ、やぞ。
「そうだよ~」
「んじゃま……アクアドロップ!」
瞬間、滝のような水が、ドバー、っと給水口目掛けて殺到した。
尚、俺が作り出す水は純水であるため電気を通さない。
また純水は腐らない、という特徴がある。
がしかし、純水は不純物を快く受け入れちまう広い心の持ち主なので、腐らないという事はまず無いのだ。
なので、お手入れが必要になってくる。
「ええっと、エリンちゃん、この貯水庫には循環機能は?」
「え? 無いよ?」
「それじゃあ、長旅してたら腐っちまうぞぉ」
「ほあ?」
どうやら、そこら辺の配慮はしていなかったもよう。
「仕方がない……チユーズ、貯水庫の【衛生管理】を任命する」
『ひゃっはー』『しごとだっ』『うでが』『なるぜっ』
わらわら、と俺の身体の中から飛び出す治癒の精霊たち。
衛生管理、と聞けば黙ってはいられないのだろう、早速貯水庫の雑菌どもを退治し始めた。
これで、直ぐに水が腐るという心配はないだろう。
こまめに水を補充してやれば、水不足で風呂に入れないという事もない。
やがて、独りでに貯水庫の水が循環し始める。
チユーズどもが水の精霊と一緒になって、ぐるぐる、と回り始めたのだ。
「ひえっ!? 水が勝手に回り始めたっ!」
「これも魔法なんだぜ」
「ま、魔法? 魔法なら仕方がないね、うん」
もちろん、精霊たちが見えない者たちにとっては単なる怪奇現象に過ぎない。
楽しそうに遊び回る精霊たちの様子は、見ていて、ほっこり、とした気分になるというのに。
艦橋へと向かう途中、ヤーダン主任がぼそりと呟いた。
「後はメディックも必要になるかもね……」
「俺がそれにあたるんだが?」
ヤーダン主任の発言にすぐさま反応する俺は、超一流のヒーラーである。
「いや、エルティナちゃんは戦機乗りでしょ?」
「むむむ」
確かに、俺が戦機に乗っている間は、治療行為が行い難い。
なるほど、彼の意見にも一理あるということか。
それならば、チユーズの一匹でも置いておけばいいのだが、精霊が見えないのであれば、それを説明する術がない。
せめて、チユーズが見える方法があれば、すぐさま解決するのだが。
「……今後の課題、といったところね」
「そうだね、今すぐどうこうという話じゃないし、後回しでもいいと思うよ」
「あとはコックさんだね」
そして、問答無用で俺を指差す三人は邪悪の権化だ。
うん、知ってた。知ってたけどさ……。
やがて、艦橋に到着。
クロナミを操縦していたガンテツ爺さんが俺たちに気付いた。
「おぉ、どうじゃった?」
「良い船なんだぜ」
「……戦闘能力よりも生活環境を強化された感じだった」
「うむうむ、今の時代のニーズに叶っておるの」
「そうなのかぁ」
ガンテツ爺さんは、でも少しばかり悲しそうな眼差しを外へと向ける。
緑が少ない大地は風に煽られて、ほんの僅かにその身を削られた。
「昔はこの船にも沢山の乗組員がいた。まともな日常生活なんぞ皆無じゃったわいな」
「そうなんだ。ガンテツ爺さんは戦機乗りとして、この船に?」
「そうじゃよ、一応、エースだったんじゃからな?」
昔の自慢話をできたおかげか、上機嫌になったガンテツ爺さん可愛い。
「ま、昔の話じゃよ。当時の連中の大半は、もうおっ死んじまったしの」
「俺は信じるぞぉ」
「かっかっか、ありがとよ」
わしわし、と頭を撫でてくるガンテツ爺さんの手は、岩のようにゴツゴツしていた。
歴戦の勇士、と俺は感じずにはいられない。
こういった人たちが機獣から人々を護ってきたからこそ、この世界の今があるのだろう。
とその時の事だ。
ピコン、という機械音が聞こえた。
これは、恐らく、というよりかは間違いなくレーダーに何かが反応した証。
「……む、いやぁな反応じゃて、レ・ダガー十機じゃ」
「反応というか、もう殺気がこっちまで伝わってきているんですが?」
「ほっほ! 殺気か! 一丁前の戦機乗りがよく言うセリフじゃ!」
ガンテツ爺さんはクロナミの操縦席を立った。
「お若いの、船の操縦は?」
「い、一応はMサイズ・シップライセンスを」
ヤーダン主任はどうやら船の操縦ができるらしい。
それを認めたガンテツ爺さんは満足げに頷いた。
「よろしい、では、任せるぞい。エリンや、わしの戦機は動くかね?」
「うん! きちんと整備しておいたんだから!」
「うんうん、いい子じゃ! それでは……」
とガンテツ爺さんは俺を見つめてきた。
そうか、チームリーダーは俺になっていたな。
まだ申請してはいないが、チームリーダーとしてチームを引っ張っていく必要がある。
ならば、ここは一発、ビシッ、と決めるしかない。
「よし、チーム【精霊戦隊】出撃だぁ!」
「「「「おうっ!」」」」
こうして、予期せぬ初陣を踏むことになった俺たちは、機獣の群れを迎撃するべくクロナミから出撃する。
ただ、出撃する際にエルティナイトを入り口に引っ掛けたのは内緒だ!




