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57食目 スカウト

 マーカス戦機工場へとやってきた俺たちは、早速エリンちゃんと遭遇。

 都合が良い事に、ヤーダン主任もその場にいたので声を掛ける。


「こんにちは、なんだぜ」

「あっ、エルティナちゃん。おかえり~」

「やぁ、エルティナちゃん。おっと、ヒュリティアさんも戻ってきたんだね」

「……そんなところ」


 まずは挨拶から入るのが基本だ。

 ここから巧みなトークで、さり気なくエリンちゃんのチーム入りを認可させる方向に持ってゆくのが大人の醍醐味。


「ところでエリンちゃん」

「うん、何か用かな?」

「俺のチームに入って!」


 ド直球じゃないですかやだー。


 もっと巧みなトークを見せたかったのだが、当時の俺はまだ若く、巧みなトークはできなかったって、それ一番言われているっぽい。


「え? チーム?」

「こりゃ、そんな誘い方があるかい」


 そこに助け舟を出すガンテツ爺さん素敵。


「エリン、久しぶりじゃな」

「あっ、ガンテツお爺ちゃん、久しぶり~」


 ガンテツ爺さんは、やはりエリンちゃんと親しい中であったようで、気さくな挨拶から始まり、巧みなトークで彼女を篭絡せんと試みる。


「チームに入らんか?」

「俺と同じ流れじゃないですかやだー」


 結局、話が進まないのでヒュリティアが説明を行いましたとさ。


「……というわけ。面子が足りないの」

「あ~、なるほどね。もう一人は?」


 エリンちゃんは顎に人差し指を当てて、首をこてんと傾げた。


「ヤーダン主任」

「えっ? 僕は承諾してないんだけど?」

「……拒否権は無い」

「酷いっ!?」


 そして、このやり取りである。

 説得のせの字もないままに、ヤーダン主任は無理矢理チーム入りを果たしたのである。


 彼は犠牲になったのだ。


「何か面白そうなことをしようとしているのは分かるよ。でも……まずお父さんの説得からかなぁ」

「やっぱそこかぁ」


 未成年な上にマーカスさんの一人娘だ。

 絶対に反対という結末に終わるに違いなかった。


 そう思っていた時期が、俺にもありましたよ、はい。


「そうか……行ってこい」

「え? いいの?」


 工場内の隅にある小さな休憩室、そこでコーヒーを飲んでいたマーカスさんに押し掛け事情を説明したところ、あっさりと許可が下りた。


「マーカスのおっさんが、あっさり許可を出すとか絶対に忍者の陰謀だぞ」

「言っている意味がよく分からんが、おまえらだけなら許可は出さんかった」


 チラリ、とガンテツ爺さんをみやるマーカスさんは、コーヒーを口に付け、口内を湿らせてから語り始めた。


「その爺から多くのことを学べ。机に向かっているだけじゃ理解できない事を教えてくれるだろうよ。そうだろ?」

「かっかっか、まぁの」


 マーカスさんは深いため息と共に、コーヒーカップを機械油まみれの小汚いテーブルの上に置く。


「ようやく、決心がついたのかい?」

「そんなところじゃの」

「なら、もってきな」

「感謝するぞい」

「邪魔なんだよ、アレ。十五年も敷地で管理させやがって」


 マーカスさんは親指で、アレ、のある場所を示した。

 そこは、俺たちの隅っこ小屋とは反対側の隅っこである。


「あそこは、何か建物があったよな」

「……そうね、すっかり探索を忘れてたけど」


 俺たちはガンテツ爺さんの後を、てくてく、とついて行く。

 すると、それは俺たちの前に姿を現した。


「……これって」

「陸上船か?」


 それは、真っ黒な船であった。

 建物かと思いきや、実は船であったという。


「陸上戦艦クロナミじゃよ。わしの船じゃ」

「しかも、私物かよ。ガンテツ爺さんって何者だぁ?」

「かっかっか、戦機乗りを半分引退していた、ただの爺じゃよ」


 ガンテツ爺さんはテレビのリモコンのような物を手にしていた。

 さっきまで持っていなかったので、マーカスさんに渡されたものであろう。


 ピッ、という機械音の後に黒塗りの船から階段が下りてきた。

 これを使って船に乗り込め、というのだろう。


 結構な段数に俺は速やかに白目痙攣状態へと移行する。


 クソザコナメクジな白エルフにはきついやねん、ってな。


「うんうん、エスカレーターも直してあるの」

「あ、それ、私が直したんだぁ」

「ほっほ、エリンも成長したのぉ」

「えへへ」


 完全に祖父と孫の会話である。

 だが、エスカレーターとの単語を耳にし、希望が潰えていなかった事に気付いた俺は、意気揚々とエスカレーターに一歩を……一歩を……。


 ひ、久しぶり過ぎて、タイミングが掴めないんじゃぁぁぁぁぁっ!


「お子様には難しかったかの」

「ふきゅん」


 結局、俺はガンテツ爺さんに抱っこされて、エスカレーターを上がってゆきましたとさ。


「おまえさん、軽いのう。ちゃんと食べておるんか?」

「食べまくってるんだぜ」

「……エルは身に付かないのよね」

「解せぬ」


 運動神経ばつぎゅんのヒュリティアは極当然のごとくエスカレーターに乗っていた。

 エリンちゃんもヤーダン主任も、当たり前に利用できている。


 即ち、俺だけがヘタレであることが証明された形だ。おぉん!


 俺が深い悲しみに包まれていると、その傷心も癒せぬままに甲板へと到着。

 くそデカい砲台が幾つも並ぶそこは、壮観としか言いようがない。


「ほほう、よう直したもんじゃな」

「いくつか砲台も減らしちゃったけどね」

「いいんじゃよ、これからの時代は戦機が主流じゃからな」


 ガンテツ爺さんの話からして、昔は戦艦が主戦力で、戦機はそれの護衛機的な立ち位置であったのだろう。

 でも、人間同士の戦争や、機獣の進化もあって、戦艦では太刀打ちできなくなっていった、といったところであろうか。


 機獣の運動性と攻撃力の前では、小回りが利かない船はデカい的に過ぎないもんな。


「こ、これは……今は無きタイロン社の【F‐GS‐444】ですか?」

「お若いのに、よぉ知っておるの。正確には【F‐GS‐444‐A】じゃ」

「少数生産の高速艦じゃないですか!? 希少な船ですよ!」


 ヤーダン主任が眼鏡を謎の技術で、ビカビカ、と輝かせ始めた。

 俺はその輝きに「うおっ、まぶしっ!」と反応せざるを得ない。


「……エリンちゃん、これ動くの? 話からして相当に古いみたいだけど」

「お父さんが仕事が終わってから弄っていたみたいだし、きっと動くよ」

「……信頼しているのね」

「お父さんだもの」


 上機嫌のエリンちゃんに対して、ヒュリティアは少し複雑な心境を垣間見せる。

 俺もそうだが、俺たちは親無しであるので、そういった親子の信頼感とかは正確に把握できない。

 俺は前世の記憶があるから、ふんわり、とそういうものだったかな~、とは理解できる。


 しかし、ヒュリティアはそうではない。

 彼女は彼女の姉によって育てられたのである。


 だから、母親も父親も知らずに育ってきた。


「(あれは無自覚の嫉妬だろうなぁ)」


 当然ながら、ヒュリティアがそれを表情に出すことは無い。

 きっと、今夜は心の隙間を埋めるために、俺を抱き枕にする算段を固めているだろう。


 誰か助けてっ!


「こっちじゃ」


 ガンテツ爺さんの案内の下、俺たちはクロナミの艦橋へとやってきた。


「うわわ、これまたレトロな」

「昔はこのシステムで機獣とドンパチしたんじゃ」


 艦橋にずらりと並ぶ大型の機械群。

 パッと見はゲームセンターに置いてある筐体に見えなくもない。


 雰囲気的には日本国の海上自衛隊の船、その艦橋に近いであろうか。

 ガラス張りの向こう側には外の景色が確認できる。


 ここに砲弾を叩き込まれたら一巻の終わりだ、という事を示していた。


「大砲を使うなら複数名必要じゃが、船の操縦だけなら一人で十分じゃて」


 ガンテツ爺さんは手にしていたリモコンを艦橋の中央の席に接続した。

 すると、戦艦の動力が地鳴りのような音を立てて起動し始めたではないか。


「うむ、この音を聞くのも久々じゃの」

「それじゃあ、慣らし運転をしようよ! エルティナちゃんも、ヒュリティアちゃんも、戦機を船に搭載して!」

「お、おう。アイン君、頼む」

「……ブロン君、お願いね」


 こういう時は精霊によるオートパイロットが超便利。

 アイン君とブロン君は「あい~ん」「ぶろ~ん」と嬉し気に戦機へと向かっていった。


 暫くすると、エルティナイトとルナティックが、ガシャコンガシャコン、とクロナミに向かってくる様子が窺えたのである。


「ほっ、こりゃあたまげた。今は戦機もオートパイロット化できるのかいな?」

「違うよ、ガンテツお爺ちゃん。あの二機だけが特別なの」


 あっはい、エリンちゃんの言うとおりです。


 でも、精霊と心を通わせることができれば、誰にでもできるんだよなぁ。

 それができない者が多過ぎる、という不具合に俺は悲しみを覚える。


 皆が見えていないだけで、この世界には沢山の精霊たちが元気に活動しているのだ。


「よぉし、戦機を搭載したら、ハンガーラックに固定するんじゃ」

「接続できたって」

「……こっちも完了よ」


 アイン君の「上手にできました~」という返事が返ってきたので、ガンテツ爺さんに報告する。

 わずかな差でヒュリティアも報告を終えた。


「うむうむ、それじゃあ、出発しようかの」

「おう、クロナミでっぱつだぁ!」


 戦いに行くわけではないので、実にお気楽な船出となった。


 しかし、そこは俺たちだ。トラブルが黙っているわけがない。

 果たして俺たちは、慣らし運転という何か、を無事終えることができるのであろうか。


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