56食目 良い考え
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
機獣基地攻略戦から暫しの時が流れた。
そして、俺の借金は天文学的なレベルに達した。
どゆこと? 誰か説明してくんない?
「……ただいま」
「おかえり、ヒーちゃん。戦機協会の本部はどうだった」
「……控えめに言って最悪」
「控えめに言わなかったら?」
「……糞溜めね」
「これは酷い」
ヒュリティアが戦機協会の本部と出向していたのは、俺がやらかしてしまった一件の尻拭いだ。
ぽっちゃり姉貴、事グリオネさんが色々と弁護してくれたようだが、結局は莫大な借金を背負う事になってしまう。
このままでは【何かされたようだ】的な展開になりかねない。
「まぁ、そこまで悲観することは無い。本部の連中もヒュリティア君には高い評価を下している。多額の借金は首輪を付けた程度にしか思っていないだろう」
ヒュリティアと一緒に戦機協会の本部まで出向したルフベルさんは、俺たちにそう告げる。
戦機協会本部は【テンポッチ】という中立国に設立されていた。
ここは小国であるが、戦機協会の本部が設立されて以来、大国にも劣らない重要国として確固たる地位を築き上げている。
そして、その戦力も大国には劣ることは無かった。
それもそのはずで、ナイトクラスの聖騎士が常駐していては、迂闊に手を出すことも叶わない、というのが大国たちの本音といったところだ。
ハッキリ言って、ムリゲー、とはヒュリティアの言である。
「……彼らの模擬戦を見せてもらったの」
「どうだった?」
「……機体云々じゃないわね。根本的な技術面で勝てない、と思ったから」
「それほどか」
本当は俺もついて行きたかったのだが、残念ながら俺は隠しキャラ扱いとなっているため、キアンカの戦機協会でクロヒメさんの抱き枕と化していた。
せめて仕事中は手放してプリーズ。
「お父さん、それで連中は何を要求してきたの?」
「うむ、ヒュリティア君を早急にランクアップさせること、もう一つは本部の連中ではないのだが……騎士団【ルイン・アイ】がヒュリティア君に目をつけてな、入団を要求してきた」
ルイン・アイという名称を耳にして、クロヒメさんは酷く驚いた表情を見せた……気がした。
だって、俺は今、クロヒメさんに捕獲されて彼女の膝の上に、おっちゃんこ、させられているのだ。
表情なんて雰囲気で察するしかない。
今の雰囲気で、もしも満面の笑みだった場合はサイコパスやぞ。
「ルイン・アイといえば、ナイトクラス七位の【ブラックローゼス】が団長を務める騎士団よね?」
「あぁ、その彼女がヒュリティア君に模擬戦を要求してな」
「結果は……聞くまでもないわよね」
「ヒュリティア君の惨敗だったが、それでも一撃を当ててな。ブラックローゼスは、それはもう大喜びだったよ」
なんで攻撃を当てられて喜んでんだ?
俺なら怒りの大爆発を即座に敢行するぞ。
「彼女に攻撃を当てれる者と言えば、キング、クイーン当たりかしら?」
「うむ、本当に被弾は久しぶりだったようだからな。他の者に取られない内に唾を付けておきたかったのだろう。ヒュリティア君は、それだけの人材だからな」
これはいわゆる、べた褒め、であるのだがヒュリティアは不服そうな表情で応接室のソファーに身を投げた。
模擬戦とはいえ、敗北を喫したのが相当に悔しいのだろう。
「まぁ、今すぐ返事を返すことはない。ゆっくりと考えてみることだ」
「そうね、Eランクの戦機乗りにナイトクラスの者がスカウトするだなんて前代未聞のことだし」
こうして、機獣基地攻略戦の全ての処理が終わり、俺とヒュリティアはマーカス戦機工場の隅っこ小屋へと帰ることになった。
EランクからDランクの昇格は速やかに行われ、晴れてDランク最下位からのスタートとなる。
「あいあ~ん?」
「うん? この町から出ていくのかって?」
アイン君が不安げな表情を見せる。
彼はこの町の誰からも視認されないが、この町の人々の事を気に入っているもよう。
特にエリンちゃんに懐いているようで、彼女の周りを元気よく飛び回っている。
「そっか、もうそのことも考えないといけないんだな」
Dランクに昇格する、ということは本部からの要請も来る、という事に他ならない。
特に本部に目を付けられているヒュリティアと一緒ならば尚のことであろう。
「……エルはどうなの?」
「俺もここを離れるのは嫌だな。住みやすいし」
しかし、戦機乗りをしている以上は、いつか旅立ちの日がやって来る。
それは、今日だったり、明日だったりする可能性だって否定できない。
「……エル、一つ、いい方法があるわ」
「うん? いったいなんだ?」
彼女の申し出は、俺のドキをムネムネさせるには十分過ぎた。
その申し出をすぐさま承認、早速準備に取り掛かる。
もちろん、買い物をする場所は中古ショップ一択である。
新品なんぞ高くて買えるかっ!
「こんなものかぁ?」
「……そうね、取り敢えずは、こんなところかしらね」
中古ショップで散財した俺たちは隅っこ小屋へと戻る。
暫く厄介になった粗末な小屋であるが、ここから飛び出す決意を固めたのである。
「ここから持ち出すのはベッドくらいか?」
「……というか、それ以外ないわね」
悲しい現実っ! 本当に何もねぇな、ここは!
パジャマに着替えた俺は、みょいん、とベッドにダイブする。
ヒュリティアも同じくダイブ。
だが、俺にダイレクトアタックは禁止事項だ。潰れてしまう。
「それじゃ、おやすみなんだぜ」
「……おやすみ、エル」
一緒に寝るのは久しぶり、とあってヒュリティアはコアラのごとく抱き付き攻撃を敢行。
これでは脱出不可能となり、俺はひたすらに抱き枕になるより他にない。
誰か助けてっ!
そういうわけで、俺は抱き枕化しつつ寝るより他になかったのであった。
翌日、俺たちはキアンカ戦機協会へと足を運ぶ。
それはEランクではできなかった、ある申請を申し込むためである。
「おはよー、クロヒメさん」
「……おはよう」
「あら、おはよう。エルティナちゃんにヒュリティアさんも。こんなに朝早くから、どうしたのかしら?」
「うん、はい、これ」
「これって……!」
俺たちが受付に提出した物とは【チーム】の申請書である。
だが、書類を受け取ったクロヒメさんは首を横に振る。
「えっとね、チーム結成には最低でも五名の戦機乗り、或いは戦機に関わる者が必要なの」
「おいぃ、書いてあるじゃないか」
「うん、でもね……にゃんこと、わんちゃんは、流石に認められないかなぁ」
「ちぃっ! 知っていやがったのかぁ、にゃんこのミケと、わんこのハナを!」
「あと、お鍋、は生き物ですらないわよね?」
「……私たちの命を支える大切な仲間」
「うん、それは大事ね。でも、ダメなものはダ~メ」
こうして第一次チーム結成計画は失敗に終わった。
だが、これしきの事で俺たちが諦めるはずもなく……。
「うん、せめて戦機乗りを集めようか」
「くそぅ……トメ婆ちゃんならいけると思ったのに」
「ほっほっほ、残念じゃったな」
戦機協会の側を散歩していたご老人たちに協力を仰いだが、案の定クロヒメさんに看破され、第二時チーム結成計画は失敗に終わる。
しかし、意外なことに【ガンテツ爺さん】はOKとの許可が出たのである。
彼は俺の散歩コースが同じなのか、ちょくちょく出くわしている内に仲良くなったご老人だ。
結構な高齢者ではあるが、杖を使うことは無く背中も曲がっていない。
がっしりとした彼の身体は、白髪の中年男性と見間違えるほどである。
要は老人には見えない老人、というわけの分からない存在だ。
しかし、ガンテツ爺さんは齢七十のご老人であることは間違いが無いとの事。
「ガンテツ爺さんって、戦機乗りだったんだ?」
「まぁ、半分引退しておるがの。誘ってくれるのであれば、お守くらいはしてやるぞい?」
妻にも先立たれ、孫も成人してしまった今、彼は宙ぶらりんな状態になってしまったとの事。
であるなら、俺たちの計画に巻き込んでしまえ、とヒュリティアは暗黒微笑を見せつけてきた。
「むむむ、いいのかなぁ」
「……いいの。使えるものは親でも使え、は基本中の基本よ」
「俺たち親がいないじゃないですかやだー」
「……これはうっかり」
悲しくなるツッコミで、そこはかとなく精神的なダメージを負ったり負わなかったりした俺たちは、ガンテツ爺さんをチームに迎い入れ、残りの二名をどうするかで、ああだ、こうだ、と熱い議論を交わす。
場所は日本料理を提供するお店だ。
お昼時なので食事をしながら話し合おう、というわけである。
その店で、俺は月見うどんをチョイス。
ヒュリティアはガッツリ系のカツ丼を注文した。
ガンテツ爺さんは蕎麦が好きらしく、ざるの大盛りを注文している。
「ぞぼぼぼぼぼっ! 残り二人、どうすっかな?」
「ずずずずずずっ! 初めの内は、戦機乗りは三人でええわい。それよりもメカニックじゃ」
「……もしゃもしゃ。巻き込む?」
「ヒーちゃん、表現が直接すぐる、悪魔か」
「……私は悪魔だぁ」
こういう時、経験があるガンテツ爺さんは頼りになる。
そして、ヒュリティアの迷いのない発言よ。
彼女が巻き込む、と言っているのは十中八九、エリンちゃんだ。
マーカスさんは工場の経営者兼責任者であるから離れるわけにはいかない。
そしてもう一人は、ヤーダン主任だろう。
「エリンちゃんはともかくとして、ヤーダン主任はアマネック社の主任だろ?」
「……あの人、誘ったら絶対に断らない。実戦に勝るデータはないから」
「うわぁ……確信犯過ぎる」
「……えっへん」
こうなると、問題はエリンちゃんだ。
彼女は学生な上にマーカスさんの大切な一人娘である。
果たして、危険な仕事をマーカスさんは許可するであろうか。
「……まぁ、ダメ元で相談するのもあり」
「そうだなぁ、言わなきゃ何も始まらないし」
ぷすっ、と半熟の黄身を箸で突く。
とろ~り、と溢れ出た黄金の液体がうどんつゆの海へと流れ込んでいった。
それを琥珀色の麺に絡めて口へ運ぶ。
ねっとりとした食感が、俺のウジウジした感情を絡め取って胃へと持ち去った。
「ふむ、エリンか。あの子の筋はええぞ。わしの戦機も調整してもらったからの」
「ガンテツ爺さんはエリンちゃんを知ってるの?」
「勿論ともさ、あの子がオムツを巻いていた頃から知っているとも」
彼は笊の上の蕎麦を手繰り寄せ、蕎麦猪口のたれに、ちょんちょん、とそばを付けた後に豪快にそれを啜った。
気持ちのいい啜りっぷりに、見ているこちらも爽快な気分になる。
「……それじゃ、言うだけ言ってみましょう。ダメなら他を当たればいいのだから」
「そうだな」
こうして、俺たちはマーカス戦機工場へと向かう。
尚、昼食代はガンテツ爺さんが支払ってくれた。
やったぜ。




