54食目 四大国そのに というか食べ物情報
「いや、ミリタリル、だ」
「ふきゅん? みりたりる?」
「そう、ミリタリル神聖国」
私がそう再度告げる、とエルティナは、こくこく、と頷き胸を撫で下ろした。
ミリタリル神聖国とエルティナの間には、何か深いかかわりがあるのであろうか。
この少女は記憶を失っている、とヒュリティアから聞き及んでいる。
だが、今の様子を窺うと、ミリタリル神聖国という言葉で記憶を取り戻した可能性も否定できない。
「何か、嫌な事でも思い出したのかね?」
「ううん、そうじゃない。逆」
こくこく、と自分を納得させるかのように頷く彼女は、確実にミリタリル神聖国と何かしらの関りがあるのだろう。
「そうか」
「ふきゅん」
私はそれ以上の追及は避けた。
彼女の機嫌を損なうのは悪手だし、これ以上はプライベートにかかわることだ、と判断したのだ。
「さて、ミリタリル神聖国だが……」
実のところ、その殆どが謎に包まれている国である。
宗教国家であり、神託にあった異世界の神を崇める信者たちで構成された国家。
その神は信者たちに不思議な力を与えている、と噂され信じる者も少なくない。
この国は異常なまでの秘匿義務を国民に課す。
そして、国民全てがそれを受け入れているという異常さだ。
だからだろうか、外部からの受け入れを非常に嫌う。
情報の漏洩を嫌っているのだ。
一応は戦機協会に所属しているが、そもそもこの国は戦機を嫌っている節がある。
そして、未確認ではあるが、独自の戦闘兵器を所有しているらしい。
情報の提示にも応待せず、これは神の僕のみが持ち得る情報である、と突っぱねてくる。
したがって、ミリタリル神聖国は現在においても謎だらけの国であるのだ。
信者を捕まえて、情報を引き出すために激しい拷問にかけた国もあった。
その国は後日、ミリタリル神聖国に滅ぼされている。
それも一晩でだ。
この事から、他国は迂闊にミリタリル神聖国に干渉することが無くなった。
どの国も同じ末路を辿りたくはないからだ。
「つまり、なんにも分からない国ってことかぁ」
「そうなるな」
「怖いな~戸締りすとこ」
これで四大国の簡単な説明は終了となる。
だが、エルティナは納得していないもよう。
「各国の美味しい食べ物の紹介は、ま~だ時間掛かりそうですかねぇ?」
「あぁ、不機嫌な理由は、やはりそこか」
「……寧ろ、そこが肝要」
ヒュリティアの鋭い指摘にエルティナは、うんうん、と満足を示す。
他の戦機乗りたち表情を窺う、と彼らは苦笑いをしつつ頷いてくれた。
「やれやれ、あまり情報はもっていないぞ?」
「一向に構わんっ」
幼き食いしん坊は謎の貫禄を見せつけ、私の情報提供を待ちわびる。
妙な方向に話が逸れてしまったが仕方がない。
私が持ち得る食の情報を提示することにしよう。
まずエンペラル帝国だ。
この国はハムやソーセージが盛んに作られており、それらを用いて様々な料理に変化してゆく。
もちろん、そのまま食べるのも美味である。
酒、特にビールとの相性がよく、エンペラル帝国はビールも盛んに製造されている。
基本的に濃い味付けの料理が多いであろうか。
そして、その国民性から大雑把な料理が多い。
繊細な味付けの料理を求めるならば、自作するか他国へと足を延ばす必要がある。
ドワルイン王国は、逆に繊細な味付けが多い。
素材の味を活かす工夫が随所に見受けられる。
エンペラル帝国出身の私には少々味付けが薄すぎると感じるも、クロヒメは丁度いい、と好感を示している。
名物はピラフ。その淡い味付けとモッチリとした食感が人気を博しているらしい。
私には合わない料理だった、と記憶している。
ヤーバン共和国はラーメンという汁料理が印象的だった。
私には【すする】という行為ができなかったものの、その味付けは琴線に触れるものがあったのだ。
一見、味付けが薄そうに見える透明のスープも、非常にしっかりとした味付けであり、且つ複雑玄妙な味わいで、一気に食べ進めてしまった。
この料理は元々、豊富に手に入った質の悪い小麦粉と、塩スープを組み合わせ、水分で腹を膨らませるために出来上がった料理だと聞き及んでいる。
当時の国民の大半は、このラーメンなる料理で飢えを耐え凌ぎ、日々を生きてきたのだという。
ミリタリル神聖国の料理は南国風のものが多い。
一度だけ、ミリタリル神聖国を訪れた際に振舞われた料理というのが、果実をふんだんに用いられた鶏肉の煮込み料理であった。
これが意外なことに美味い。
鶏肉は骨付きなのだが、持ち上げた瞬間に骨が勝手に肉から剥がれ落ちる、という驚異の柔らかさだ。
味付けの方も甘いだけだと思っていたのだが、甘じょっぱく、塩の塩梅も丁度いい。
何よりも、刺激的な香辛料がたんまりと用いられており味が引き締まっている。
まさに、大人の味付け、といった感じであった。
恐らくはエルティナにはまだ早い味かと思われる。
「と……こんな感じだが、どうだっただろうか?」
「十分過ぎるんだぜ。いずれ、全部制覇してやるんだ」
激しく大きな耳を上下させるエルティナ。
それに同調するヒュリティア。しかして、彼女は相も変わらず無表情である。
クロヒメに言わせれば、無表情の中にもきちんと表情があるらしい。
私にはさっぱり分からないが、娘がそう言うのであれば、そうなのだろう。
「報酬の方は後日、各々の口座に振り込ませていただく。無論、順位アップも約束しよう。だが、エルティナ君は少々事情が複雑化しているので少し待っていただく必要があるが、異論はあるかね?」
「無いんだぜ。どうせマイナスだから」
エルティナの返事の最後の方は声が震えていた。
恐らくは既に察しているのであろう。
ゴッズクラスを損傷させるという事が、どれほどの事かを。
不可抗力とはいえ、本部は黙って彼女を見過ごすことは無い。
ここは、なんとかしてやりたいところだ。
方法はない事もない。
エルティナは今作戦の立役者であり、その功績も多大なものがある。
また、ナイトクラスのグリオネも彼女には好意的だ。
彼女を懐柔すれば、活路を見出せるかもしれない。
「では、質問が無いなら、これで解散とする。皆、本当に良く頑張ってくれた。ささやかながらキアンカ戦機協会の大ホールで宴の準備を整えさせた。参加できる者は思う存分に飲み食いしていってほしい」
戦機乗りたちは一様に大喜びし、大ホールへ向かっていった。
残ったのは私と娘、そしてグリオネと、自称エルフ族の幼女二名だ。
「うちに話があるんやろ? だいたい分かってるけどなぁ」
「話が早くて助かる。エルティナ君とエルティナイトの件だ」
「それな、あの連中が喉から手が出るほど欲しがっていた人材や。話せば私物化されるで」
グリオネは、うんざりとした表情を窺わせる。
予想通りの返答に、私は表情を崩さずに、心の中でほくそ笑む。
「では、口裏を合わせていただきたいのだが」
「勿論や、あんな連中に、エルちゃんをいいように扱わせて堪るもんかいな」
こうして、エルティナ君の戦果は秘匿とされ、エルティナイトもその存在を隠蔽することになる。
しかし、エルティナとエルティナイト護るには、この方法以外にはない。
そして、犠牲になってもらう者も必要だった。
「……そこで私なんでしょう?」
「その通りだ、銀閃。きみの活躍は本部にまで届いているからね」
銀閃がやった、と報告すれば納得してくれるだろう。
問題は、あの現場を何者かに見られているかどうかだ。
可能性としては帝国の偵察機が濃厚である。
だが、あれほどの規模の爆発だ。
近場で偵察していたなら無事では済まないし、遠ければ何が起こったかは理解できないであろう。
ただ、超巨大機獣が出現し、突如大爆発が起こった、そう報告するより他にないはず。
「ふむ……これで、なんとかなりそうだな」
「俺の活躍が消滅してしまったんだぜ」
ご立腹なエルティナは、怒りのやけ食いをする、といって部屋を後にした。
その小さな後姿を追いかけるクロヒメとグリオネに、私は「やれやれ」と苦笑する。
「……ルフベル支部長、少しいいかしら?」
「うん? どうかしたのか、ヒュリティア君」
「……あなたにだけは話しておこうと思って」
エルティナの秘密を。
彼女の言葉に私は衝撃を覚えた。
それは、この世界に在ってはならない存在であり、ある意味で機獣よりも畏怖する存在でもあった。
「……でも、勘違いしないで。あの子は残照なの」
「残照?」
「……そう、残照。問題はどこまで能力を持たされているか」
「見極めねばならないと?」
彼女は静かに頷いた。
同時に私はヒュリティアに【嵌められた】ことを察する。
彼女が明かしたエルティナの秘密は、聞けばもう後戻りできない地獄への片道切符。
それをあのタイミングで明かす、ということは確信犯である。
「最後に一つ、聞いてもいいかな?」
「……えぇ」
「何故、私だった?」
「……簡単な事。エルを本心から大事にしてくれた」
私はため息を吐いた。
「分かった、きみの思惑に乗るとしよう」
「……えぇ、改めてよろしく。ルフベルさん」
こうして、私は彼女たちが織り成す奇妙な戦いに巻き込まれてゆくことになった。
平穏は過ぎ去り、波乱と動乱の日々の足音が近づいてくるのが理解できる。
だが、不思議と不安は無かった。
誰もいなくなった応接室で、私は一人想う。
かつて望んだ英雄譚。
それは決して実現しない空想の産物。
しかし、これから英雄譚は起こるのではないだろうか。
不謹慎ながら口角が上がってゆくのを止められなかった。
「英雄か……その末端に加わることができたなら、ある意味で私の人生の意味が生まれるのだろうな」
私は静かに席を立つ。
向かう先は未来の英雄の下。
静かに、静かに、私たちの英雄譚は始まりを迎えたのだ。




