53食目 四大国
「なぁ、ルフベルさん。共和国と神聖国って?」
「あぁ、エルティナ君は両国を知らないんだね?」
「両国を知らないというか、帝国と王国もチラッとしか知らない」
「ふむ」
幾ら規格外の戦機を操る、といっても子供は子供か。
彼女の興味は戦機と食べ物に向けられている証と言えよう。
それだけに怖い。
この純粋且つ力ある子が、悪意ある者に騙され利用されることは、世界の損失ともいえる。
私たち大人が彼女に知識を与え、自分で自分の身を護れるように導いてやらなくては。
「では、軽く説明しよう。きみらも、おさらい程度に聞き流してほしい」
集まった戦機乗りたちは一様に頷き同意してくれた。
まずはキアンカが属しているエンペラル帝国。
四大国と称される国の一つ。総人口およそ一億五千万人。
皇帝制を敷き、代々、その一族が国を管理運営している。
皇帝と聞けば、侵略者、世界征服を目論む独裁者、などといった悪いイメージを想起するだろう。
しかし、エンペラル帝国の皇帝は代々、専守防衛、国民優先、を柱とした治世を行っており、またその高潔ぶりは世界に知れ渡っている。
また、機獣との戦いが頻繁に発生するため、戦機の開発会社が非常に多い。
戦闘から得られるデータ収集のため、と思われるが戦いある場所に戦機乗りも集まってくるため都合がいいのだろう。
そう言った経緯もあって、戦機乗りが集う帝国に、よほどのことがない限りは他国も手を出さない。
国民の特徴としては、大らかで大雑把な者が多い。
細かいことを気にしない者が大半であり、非常に逞しい者が住まう土地だ。
また、戦機乗りを目指す若者が非常に多いことでも知られている。
これが表の顔だ。
だが、どの国にも裏の顔がある。
エンペラル帝国は四大国の中では一番、国土が狭く、土地も肥沃ではない。
にもかかわらず、機獣の侵略が最も盛んな土地である。
だからだろう、皇帝は他国を侵略し国民をそこに逃がそう、と企てている。
当初は話し合いで国民の避難を他国打診していたようだが、それも決裂し、手の打ちようがなくなった末の最終手段となったようだ。
とはいえ、それはまだ実行には移されていない。
その前に昔から一方的に突っかかられている王国が手を出してきたからだ。
これに便乗し、王国を征服すれば他国を侵略せずとも済むとあり、帝国は王国との戦争に前向きな姿勢だ。
だが、帝国も一枚岩ではない。
賢帝と称される現皇帝も病に侵され床に伏せている。
この現状で国を運営しているのは若き第一皇子だ。
彼には弟がおり、その幼い弟を立てる大臣が第一皇子と反目している。
大方、国を裏から操ろうと画策しているのだろう。
いつどの時代も、こういった輩が出現するものだ。
これがエンペラル帝国が王国に進軍できない最たる理由である。
第一皇子が国を離れれば、それで最後。
大臣に国を乗っ取られてしまう未来は、素人でも分かってしまう。
「これが、エンペラル帝国の大まかな説明だな」
「エンペラル帝国、結構ヤヴァくね?」
「現皇帝の病が回復すれば問題は解決するだろうが……難しいだろうな」
現皇帝【アストラ・エンペラル】が患っている病は不治の病と呼ばれている【血油病】だ。
血液が油のようにドロドロになってしまう病気で、一度発症してしまうと回復の見込みは、ほぼ無いと言っていい。
延命処置でなんとか生きている状態、といっていい状況だろう。
「ふ~ん、病気なのかぁ」
エルティナは、やはり大きな耳を、ぴこぴこ、と動かして「ふむふむ」と理解した仕草を見せる。
その様子が幼い頃のクロヒメによく似ており、私はホッコリとした気分になった。
「次はドワルイン王国だな」
ドワルイン王国は王国制を敷く四大国の一つだ。
そのため、内部事情が非常に複雑化しており、国王は貴族たちとの駆け引きに翻弄されている。
この国の傾向としては、とにかく好戦的である、ということだ。
何かにつけて開戦を狙ってくるドワルイン王国は、その内部事情ゆえ、という思惑が透けて見える。
国を支える貴族たちに報酬として与える土地が、既に王国内に無いのだ。
だからこそ、王国は活路を他国侵略に見出す。
現国王【ヨワス・ドワルイン】は非常に気が弱く臆病であるため、開戦はまず無い、と踏んでいたのだが、予想は大きく裏切られ、ドワルイン王国とエンペラル帝国は戦争状態に突入している。
この原因は言うまでもなく、貴族たちの陰謀であろうことは間違いない。
彼らは国よりも己の地位、財産を第一と定めるからだ。
これは、ドワルイン王国が敗れることが無い、という己惚れと肥沃な土地があるからだろう、と推測される。
ドワルイン王国の主な輸出産業は農作物である。
それは、世界第三位の位置に納まるほどであり、この国の農作物の世話になっている国は星の数ほどにあるだろう。
この国の農作物の輸出を止められると危機に陥る国も多い。
エンペラル帝国もその中に一つであるが、帝国はこの時のために中小国との交友を盛んにおこなっており、そこから農作物を輸入して耐え凌いでいるようだ。
これは王国側にとって大誤算である。
帝国が食料にひっ迫した瞬間を狙って一気に落とす、という当初の計画が破綻してしまったのだ。
これにより、両国は泥沼の戦争状態へと移行、現在にまで至っている。
ドワルイン王国はこのように攻撃的な性格が表に出される傾向があるが、実は文化面では世界でもトップクラスの国である。
芸術を学ぶのであればドワルイン王国に行け、が合言葉になっているように、芸術家を志す者は一様にドワルイン王国を目指すのである。
だからであろう、そこを支配する貴族たちも自然と芸術を理解し、それを擁護している。
才能ある若者を見つけては手厚くもてなし、その才能を十二分に開花させるのだ。
「どの国にも、いい部分はあるんだな?」
「そうとも。どの国にもいい部分は沢山ある。それだけに、戦争は残念に思うよ」
次は【ヤーバン共和国】だ。
四大国の中では一番新しい国となるヤーバン共和国の基になったのは【ヤーバン帝王国】という独裁国家であった。
それが、今から百五十年前ほどに【英雄ヤマト】という若者が群を率いて当時の王【ヤベー】を討つことによって終焉を迎える。
ヤベー王は【愚王】と揶揄されるほどに国を食いつぶしていた。
貧窮に喘ぎ、飢え死にしてゆく国民たちを放ってはおけなかった当時の英雄ヤマトは一将校に過ぎなかった。
しかし、その人柄、そして人徳から、彼はやがて救いを求める者たちに祭り上げられる。
その反乱は、例えるのであれば大津波であった。
静かに事は起こり、気付いた時には逃げることも叶わないほどに大きなものへと変化していたのだ。
それに気づかないほどにヤベー王は慢心していた。
また、その反乱は僅か一ヶ月という短期間で決起された。
この二点が、反乱を成功させる最大の要因となったのは言うまでもない。
そして、その立役者となったヤマトは民に乞われ王となるも、その在位期間は僅か三年であったという。
彼は王の重責を理解しており、このまま王政が続けばいずれまた、ヤベー王のような存在が現れる、と危惧していた。
だから、王として国を立て直しながら、共和国制の移行を信頼のおける部下たちと共に進めていたのだ。
こうして、ヤマト王が見守る中、選挙が行われ、一般市民の中から大統領が選出される。
これをもってヤーバン帝王国は解体となり、新たにヤーバン共和国が誕生した。
その後のヤマトの行方は誰も知らないという。
役目を終えて旅に出た、という説。
暗殺された、という説。
また、偉業を称えられて天へと誘われた、という説まである。
ヤーバン共和国は四大国の中では三番目となる広さの国土と、三番目となる農産業を柱とした国だ。
共和国へと移行して百五十年、決して穏やかであったわけではないが、大きな争いもなく今日まで経緯している。
それは、四大国の中では一番、機獣の被害が少ないからだ。
機獣にしてみれば、重要な土地ではないのだろう。
しかし、それは人間にとっては発展するに必要不可欠な要素であった。
事実、ここ最近のヤーバン共和国の発展具合は凄まじい。
農業の効率化、科学技術の進歩、そして戦機の独自開発、どれをとっても発展著しく他国にとって脅威とみなされても仕方のない勢いだ。
唯一の救いは、それらを平和的に用いる傾向にある、という事であろうか。
長年、圧政に虐げられてきた国民たちは力というものの恐ろしさを知っているようで、無用の争いごとはなるべく避ける傾向にある。
この意向には逆らい難いのか、選出される大統領も穏便派からが大半を占める。
「ヤーバン共和国は平和なのか」
「表向きはな。裏の顔もある」
とはいえ、それを私の口から語ることはできない。
何故ならば、戦機協会が深く関わっており、それが表沙汰になれば信用が根底から失う恐れに発展しかねないからだ。
だから、ここは、ぼかすより方法は無い。
幸いにもエルティナは、さほど興味が無かったのか追及してくることは無かった。
「最後にミリタリル神聖国だな」
「ミ、ミリタリス神聖国っ!?」
急にエルティナが身体を強張らせた。
いったい、どうしたというのだろうか。




