51食目 真・ファイアーボール
「しっかし、デカいな。まぁ、書き易くていいんだけど」
「あいあい」
宙に出現したプレートはしかし、コクピット内ではなく、なんと外。
したがって、それにエルティナイトを操作しつつ書き込んでゆく。
エルティナイトの指を通して書かれる線は青白い輝きを湛えていた。
『ちょっ!? 自分、何やってんのやっ!?』
「魔法を作っているんだぜ」
『はぁ? 魔法やて? この時代に、そんなもんあるわけないやん!』
「無いなら、作るっ! まぁ、見てなって」
あ、間違えた。修正、修正。
んも~、ぽっちゃり姉貴が話しかけるから間違えちゃったじゃないか。
頭を使って少しイライラしてきた。
こういう時は、何かを食べて心を落ち着かせなければ。
俺はエルティナイトのコクピットに備えておいた【とんがらし煎餅】に手を伸ばす。
醤油味のせんべいの中にピリリとした辛みが潜んでいるのが特徴で、噛み締めるとその辛み成分によって食欲を刺激される。
これをひんやりとしたお茶と一緒にいただくのが、俺のジャスティス。
「バリバリバリ」
『な、なんの音やっ!? 魔法とやらが完成したんかっ!?』
「せんべい食ってる音」
『食っとる場合かぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
あぁ、もう、ぽっちゃり姉貴のツッコミは最高やな、って。
ここで、水筒の中のお茶を飲んで一息つく。
魔法の完成も目前だ。
「ずびび……これで完成なんだぜ」
最後に自分の名前を書き込み、図面に手のひらを押し付けて魔力を流し込む。
これで、虹色の輝きを見せて消えれば、魔法は完成と相成る。
果たして、図面は虹色の輝きを見せて消滅した。
これで、俺専用の攻撃魔法の完成となる。
俺が想定していたのはコクピット内に小さな図面が現れるものであったが、実際はあんなくそデカ図面が登場するとは思っていなかった。
ま、書き易かったから、なんの問題もなかったのだが。
「よぉし、いっちょやってみっか!」
「あ~いあ~ん!」
今度こそ、攻撃魔法を発動させる。
先ほど制作した攻撃魔法は、爆発する火球を飛ばす魔法、その名も【ファイアーボール】。
俺が得意とする【自爆魔法】である。
もちろん、本来の用途は自爆ではなく、前者の説明通りの効果が期待できる魔法だ。
俺は諸事情があって、飛ぶ前に爆発してしまう呪いのようなものに掛かっているのである。
悲しいなぁ。
「ふっきゅん! きゅーんきゅんきゅん! きゅんきゅん!」
はい、これが詠唱です。
いや、時間が無いものでして……かっちょいい詠唱が思い浮かびませんでした。
なので、詠唱の代わりに鳴いてみた。俺は悪くない。
すると、エルティナイトの手の内に膨大な熱量を持つ小さな火球が生じたではないか。
これに、俺は「おっ?」となる。
何故ならば、俺自身が攻撃魔法を発動したならば、このような工程を踏む前に爆発を起こすからである。
しかも、爆発を起こすのは何も火属性の魔法だけではない、その他いろいろの属性もだ。
水、風、土、雷、光、闇、攻撃魔法と付くものは、そのことごとくが爆発する。
爆発しないのはそれ以外、というファンタジー世界に置いては致命傷なクソザコ白エルフと化していたのが俺だ。
鳴けるぜ、ふきゅん。
しかし、アイン君とエルティナイトを通じてならば、どうやら俺の攻撃魔法は、きちんと生成されるらしい。
だったらいけるぜ、とばかりに注ぎ込む魔力量を増やす。
小さな火球は瞬く間に巨大化。
それを天に掲げ、更に魔力を注ぎ込む。
やがて、火球はエルティナイトを凌ぐほどに巨大化し、周囲の土や岩を沸騰させ始める。
「いけるっ! ぽっちゃり姉貴! 危ないから離れといてっ!」
『そんなん、言われる前から、すたこらさっさやで!』
あ、ほんとだ。クッソ離れた岩陰でこっそり見てるぅ!
というわけで、憂いが無くなった俺はエルティナイトに超巨大火球を不法投棄させた。
「いけっ! ファイアーボール!」
「あいーん!」
ぽいっちょ、とバスケットボールのスリーポイントシュートの要領で、火球をメタルティラノサウルスに投げつける。
暫しの間を置いて、それは起こった。
一瞬、何が起こったか理解が追いつかなかった。
理解したのは、爆風にふっ飛ばされて大地を転がりまくった挙句に岩肌に機体がめり込んでからだった、という。
立ち上る黒煙、それはキノコ雲となって天空を覆いつくす。
それは、核爆弾に匹敵する、とんでもない威力の火球であったのだ。
まさか、こんな威力になるとは思ってもいなかった俺は、速やかにジョバりっしゅ。
おパンツを殉職させてしまう。
「やっべ、調子ぶっこき過ぎた」
「あ、あいあ~ん……」
当然ながら、鳴り物入りで登場したボス的存在は巨大なクレーターを残して蒸発。
部品の欠片も残さずに退場となってしまったという。
見せ場、壊れちゃ~う!
「もう壊れたんだよなぁ」
とツッコミを入れた俺は、取り敢えず岩場にめり込んだ機体を、ふっきゅんしゅ、と這い出させた。
そして、エルティナイトよりも遥か遠くに転がっていったグラントシェイカーを探す、とその機体は頭部が失われた状態で発見された。
どうやら、ふっ飛ばされた際に頭部がもげたらしい。
これは、弁償案件待ったなし、借金増えちゃ~う!
俺は白目痙攣しながらぽっちゃり姉貴の安否を確認する。
「おいぃ!? ぽっちゃり姉貴、息してる?」
俺はコクピットからエルティナイトの手の平に移動。
アイン君に頼み、仰向けに倒れているグラントシェイカーのコクピットハッチまで手を移動してもらう。
ハッチ横にある外部展開スイッチを押して、グラントシェイカーのコクピットハッチを展開する、とそこには衝撃的な光景が。
「うわぁ……」
それは、もう本当に「うわぁ」としか言いようのない光景があった。
ぽっちゃり姉貴はシートベルトをし忘れていたのか、上下逆様の状態で発見された。
それだけではない、身体のあちこちに痣を作り、大股を開いて伸びていたのだ。
この状況を分かり易く言うと……リバースM字開脚アヘ顔失神、ということになる。
こんなの他人に見られたら自殺ものであろう。
「取り敢えず、チユーズ、頼むんだぜ」
『まかせろー』『ひゃっはー』『しんせんな』『ふしょーしゃだ』『うお~』
わらわらとぽっちゃり姉貴に群がる治癒の精霊たちは、瞬く間にぽっちゃり姉貴の負傷を治療し終える。
少し物足りないのか、次なる得物を求めてうろちょろしていたので、彼女らを強引に俺の中へとしまう。
放って置くと何をするか分かったものではない。
『しゃしんに』『おさめた』
「既に手遅れだった!」
暗黒微笑を浮かべる邪悪なチユーズはしまっちゃおうね~?
というわけで、証拠隠滅。
俺たちは何も見なかった、いいね?
「おいぃ、ぽっちゃり姉貴、目を覚ますんだぁ」
「う、う~ん……はっ!? う、うち、何をっ」
無事に目を覚ました彼女は、自分の格好に顔を赤くして悶えた後に姿勢を直した。
そして、自身に起こったことを思い出し、鬼気迫る表情で俺を問い詰める。
「あ、あれは、なんやっ!? 尋常じゃあらへんっ! 戦機が内蔵する兵装ってレベルやないで!?」
「あっはい、兵装じゃなくて魔法だから」
俺の答えに、ぽっちゃり姉貴は「んが~!」と頭を抱え込んだ。
どうやら、話が通じない、と認識してしまったもよう。
だが、これは紛れもない事実であり、彼女もその工程を見届けているはずなのだ。
それに、彼女もまた転生者であるはずなのに、これを理解しないとは、なかなかお頭が固い人間なのかもしれない。
「と、とにかくや! いろいろと報告せなあかん! これは一個人が、ホイホイ、つこうたらあかんやつやで、自分!」
「お、おう」
ぽっちゃり姉貴は結構、常識人らしい。
このタイミングで飛行母艦が遠くから跳んでくるのが見えた。
どうやら、ヒュリティアは魔法の発動を認識して遠くに退避していたらしい。
俺の事をよく知っている証拠と言えるが、それでも悲しいものがあった。
そして、次々と通信で「あれはなんだ」と問いただしてくる声の数々。
こんなんじゃ、勝利の余韻を味わえない味わい難い。
これから起こる質問攻めに辟易しつつ、俺は「ふきゅん」と鳴くより他になかったのであった。




