499食目 全ての命の想い
◆◆◆ 精霊王エリン ◆◆◆
刻一刻と変化してゆく戦場。そこに私はいた。
何故、こんな所に私はいるのか。場違いなのでは。そう何度も自問自答する。
でも、ここにいるのは間違いなく自分の意思。そして、他でもない大切な家族たちを護るためなのだ。
「くっ!」
精霊戦機が大きく揺れる。精霊障壁でなんとか直撃を免れた。
でも、一度に沢山の精霊力を失って機能障害が発生する。
そんな私を仕留めよう、と沢山の影がのしかかってきた。
『精霊王っ!』
更に衝撃、私の機体が押し出される。それを成したのはオーちゃんのサーチスラキーラ。
でも、その代わりに彼女の機体はバラバラにされて、少し後に爆ぜて消えた。
「オーちゃんっ!?」
返事は無い。こんな事って――――!
『オ・サーヴァなら大丈夫です! 我ら精霊は第六精霊界と共に在ります!』
「フレアナルちゃんっ! で、でもっ!」
『今は―――前を見てください! それが、オ・サーヴァに報いる事かと!』
エルちゃんから聞いたことがある。精霊も死ぬ、と。
フレアナルちゃんは大丈夫だといった。でも、同時に報いる、とも言った。
今はどっちを信じればいいか分からない。
でも、私は生きなければならないのだろう。私を慕う者たちのために。
じくじくと胸が痛む。失うという事がこれほどまでに辛い事だなんて。
のた打ち回る【全ての命の悪意】。
それはエルちゃんの一部ともいえる全てを喰らう者たちが彼女と別れ、暗黒の渦を抑え込んでいるからだ。
それは傍から見ても、もう元には戻らないであろうことが理解できる。
永遠の別れ。今までずっと一緒に生きてきた者たちとの。
―――それは永遠であり、永遠ではありませんよ。
こ、この声はっ―――!?
「オ、オーちゃんっ!?」
声は聞こえる。でも、姿は見えない。
精霊は死にます。しかし、存在そのものは失われません。
我ら精霊は自然へと還り、そして長い月日を経て、また姿を得るでしょう。
精霊王エリン様、私は風となりて、あなた様と共に―――。
精霊戦機エリンのエネルギーがぐんぐんと上がってゆく。
これって、オーちゃんの精霊力が機体に注がれているってこと?
そんなことって……!
『精霊王様、我らはその為に生まれてきたのでしょう』
「フレアナルちゃんっ!?」
何かを悟った声。そして、彼女の機体は一瞬の輝きと共に消える。
彼女たちだけじゃない、他の大精霊たちも。
「嘘でしょ……? なんで……!」
『エリン、しっかりなさい』
突然の事に混乱する私を、先代精霊王が叱咤する。
でも、こんな事が起こって、私、わけが分からないよっ。
『言ったでしょう。大精霊は、いえ、精霊は死して根源に戻るだけ。時間と共に再び形を得るのです』
「でも、皆の記憶は……」
『失われます。でも――――失われないものがあるのです。それは【絆】です』
「絆?」
精霊戦機エリンの常に満たされることが無かった精霊力のゲージが初めて満たされた。
その時、精霊の賢者、百果実が思い描いた【真の精霊王】がこの世界に顕現したのだろう。
「精霊戦機が……!」
『エルドティーネにもそれがあるように、私たちにも絆はあるのです。そして、あなたこそが皆の還る場所なのです』
そう言って先代精霊王は私に謝罪した。
本来なら自分がそれを担うべきだった、敗戦から目を背けるべきではなかった、と。
『私は……弱かったのです。だから、全てを失ってしまった。そして、あなたも巻き込んでしまった』
「もういいよ」
『えっ?』
「この世に、本当に強い人なんて誰もいないんだ。【全ての命の悪意】だって、あんなに苦しんでいる。皆……皆、弱いんだよ。だから、手を取り合って行かないといけないんだよ」
『エリン……』
きっとそうだ。そうに違いない。
だから、いいよね? この世界を護るために、皆に頼っても!
「先代、力を貸してっ! 皆に助けてって、お願いしよう!」
『し、しかし――――』
「大丈夫、私たちだけで出来る事なんてたかが知れてるもん。だから、私たちが助けを求めるのは【精霊たち】だよっ!」
「っ! それなら――――!」
そう、私たちじゃ人間たちの心は動かせない。
でも、精霊たちだけなら、私たちでもなんとかなるかもしれない。
「遍く星々の精霊たちよっ! この世界を護るために力を貸してっ!」
極限まで強くなったであろう、精霊戦機エリンの力を戦うためにではなく、訴えかけるために使う。
もうこの戦いに破壊する力はいらない。そう私は確信した。
◆◆◆ ミオ ◆◆◆
無限に湧き出る影。仲間たちも次々にやられてゆく。
厄災戦争でも多くの間たちが命を落としていった。でも、これはその比じゃない。
地獄というものがあるなら、まさにここがそうなのだろう。
なんてことを考えていたら、お腹が減って来たにゃ~ん。
「クロエっ! お腹空いたにゃ~ん!」
「ミオっ! 焼きそばだよっ!」
「ミケ、操縦任せるにゃ~ん」
「にーちゃん、狡いにゃっ! ミケも食べたいにゃ~ん!」
『おまえらっ! 最後くらいは真面目に戦えっ!』
蛇仮面がうるさいにゃ~ん。でも、腹が減っては何もしたくにゃい、がにゃんこびとだから仕方ないにゃ~ん。
『わっはっはっ、そいつらに真面目にやれっていうのは無理だ』
『祭虎っ!』
『なんつったって、そいつらは全部【大真面目】でやってんだからな。全部が全部、全力よ』
『ええい、馬鹿は死んでも直らん!』
蛇仮面はヴァルナR、祭虎師匠はスペグラ・カスタムで影の相手をしてるにゃ。
ドルストのおっさんだけが生身にゃお。
身体をデカくして戦機並みにしてるから、やりたい放題暴れてるにゃ~ん。
「もぎゅ~!」
「ばっぶー!」
「かっかっかっ! ほれほれ、最後なんじゃから遠慮するな!」
あと、モフモフがえらいことになってるにゃん。
クロヒメさんもバブーになってるにゃん。
枯れ木のお爺さんもわけが分からないにゃん。
「クロエ、あれってなんにゃお?」
「きっと珍獣だよ」
「クロエは賢いにゃ~ん」
『ツッコまんぞ』
蛇仮面はこういう事に敏感過ぎるにゃ。
「吾輩! 信じていたのであるっ! きっと最後に吾輩の見せ場っ! 即ち、男に戻って大暴れできるとっ!」
「ばっぶ?」
「でも、最後の最後に大珍獣だったのである! この怒りっ! どうしてくれようかっ!」
「きゃっ、きゃっ」
「赤様に笑われた! 死にたいっ!」
「まぁ、その内、いいことがあるじゃろ。ほれほれ、暴れろ暴れろ」
「もぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
あれは、そっとしておいた方がいいにゃ。
ああいうの、とヴァルナ飯は放っておくに限るにゃ~ん。
「ねぇ、ミオ」
「どうしたにゃ~お」
「うん、さっきからね、真・ラストニャンガーのパワーがぐんぐん上がってるの」
「にゃ? にーちゃん、クロエの言ってることは本当見たいにゃ。暴れて減るどころか増えてるにゃ」
それは不思議にゃ。神・ニャンコビト形態じゃそんな事は無かったにゃ。
「……にゃ? にゃんか力が流れ込んでるにゃ。これ、人の想いじゃないにゃお」
「ミオ、人の想いじゃないの?」
「にゃ~ん、もっと単純にゃ。もっと生きたい、もっと食べたい、もっと寝たい、とかそんなのが力になって流れ込んでるにゃ」
「動物の想いなんじゃないかなぁ?」
「にゃんで、そんなものが真・ラストニャンガーに流れ込んできてるにゃおか?」
「厄災の力が引き寄せてるんじゃないのかな? 沢山の獣の集合体だもん」
考えても分からないにゃ。だから、送りたいなら送ればいいってことにしたにゃ。
でも、この力を一番、必要としているのはミオたちじゃないにゃ~ん。
「そうにゃ、いい考えがあるにゃ」
「にゃっ! ミケもたぶん同じ考えにゃ!」
「私もだよ~」
そうとなれば、ここで喧嘩している場合じゃないにゃ。
「師匠っ、エルドティーネのところに行ってくるにゃ!」
「想いを届けに行くにゃ~ん!」
『応! 行ってこい! 道は切り開いてやる!』
祭虎師匠のスペグラが刀を構えたにゃ。アレは間違いないにゃ。
『虎牙神剣・奥義! 心刃! 咆虎斬!』
光素を纏った必殺の一撃が闇を切り裂く。
その輝きの後を追いかけるように、ミオは真・ラストニャンガーを走らせたにゃん。
◆◆◆ エルドティーネ・ラ・ラングステン ◆◆◆
集う想い。それはエルティナイトが希望であることを認知しているからだろう。
でも、それができたのは決して俺たちが結果を示したからではない。
俺を取り巻く、全ての者たちが俺たちに力を貸してくれているからだ。
特にジェップさんや実況解説のお姉さんズ、そしてカメラマンさんの力は大きい。
彼らの広報活動無くして、俺はここまでの想いを集める事はできなかったはず。
でも、集まってくるのは人間やそれに準じる知的生命体の想いだけ。
【全ての命の悪意】に対抗するには、全ての命の意志が無くてはならない。
足りない、これではまったく足りないのだ。
「想いが……足りないっ!」
「……集まりが悪いわけじゃないわ。人間たちの想いばかりが集まってくる」
「まさか、人間以外は想いの送り方を理解していないでござるかっ!?」
「「「……最後の最後にやらかしたっ!」」」
ヤヴェよ、ヤヴェよ。もう後戻りできないっていうのに。
やっぱり、内に封じ込めた力をぶっ放すしかないのか?
でも、そんなことをしたら、いや~んの後にGameOver待った無し。
何がなんでも想いの力でなんとかしないと、シグルドたちに面と向かえないんですわ。
「もっと、もっと想いをっ!」
「……なんでもいいから、寄こしなさいっ!」
「脅迫じみてきたでござる」
『おいぃ! もっと真面目にできませんかねぇ?』
「一番言われたくない奴に言われた!」
「……後でキムチをぶちまけてやるわ」
「それは自爆行為でござる!」
『タスケテー』
「っ!? それだっ!」
その時、俺に電流走る。
圧倒的な閃きっ! 完全敗北からの逆転の一手!
「……キムチをぶちまける?」
「違うっ! 想いを集める方法っ!」
「……豚骨ラーメンの方が良い?」
「くっさいのから離れてっ!」
くっ、シリアスし過ぎてヒュリティアが燃え尽き症候群気味にっ。
これは早期決着して、彼女を絶対安静させないとっ。
「食材だ。食材たちに訴えかける」
「食材って……想いを持っているでござるか?」
「持ってる。ヘルプミール貝だって生きてるんだからな」
「しかし、一方的に食べられる側の食材が、協力してくれるとは……」
「大丈夫だ。現にほら……」
俺は自分の腹を擦る。すると、そこから光素の輝きが。
「食材に対して、いつも惜しみない感謝を込めるだろ。それは次の生に大きく影響するんだ」
「というと?」
「ヘルプミール貝から人間に転生する可能性が高まる。命は流転するからな」
それに、命は消えるわけじゃない。食べた者の命と溶けて混ざり合う。
全ては一つに。そして、死と共に分かれ、新たな生を得るんだ。
「今まで食べてきた食材たちよ! 俺たちに力をっ!」
「……そういうことね。さぁ、力を貸してちょうだい」
「拙者たちは大喰らいでござるからな。さて、どれほどの想いが集まるか」
ラーメン、カレーライス、カツ丼、親子丼、牛丼、天丼、焼きそば、スパゲッティ、ハンバーグ、ホットドッグ、ハンバーガー、蕎麦、うどん、ビーフシチュー、バーベキュー、鍋物、パフェにケーキ。
ありとあらゆる料理が脳裏をよぎり、その度に想いが強くなってゆく。
食べるという事は生きる事、生きるという事は感謝すること。
感謝とは想いだ。食に対する感謝の念だ。美味いと思った瞬間、それは感謝に変わる。
いただきます、ごちそうさまでした、にはそういう意味が込められているのだ。
だから、俺は合掌し、こう言うだろうな。
「いただきます」
集った食材たちの莫大な想い、それを俺は喰らい尽くす。
そして、それに感謝した時、その想いは更に大きくなってゆくのであった。
次回、最終回。




