49食目 奪取
◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆
「……鎧袖一触、とまではいかないけど、手ごたえはなかったわね」
「ち、ちくしょう……!」
機械人間は首を刎ねられても死亡しないらしい。
それなら好都合。
「……あなたには聞きたいことがあるわ。だから、首だけ持って帰ることにする」
「っ!?」
K・ノインの眼が驚愕で見開かれる。
でも、それは私の発言を聞いたからではなかった。
艦橋の中央スクリーン、そこに映し出された、ある男。
彼の姿を認めたからに他ならない。
『K・ノイン、どうやら相手が悪かったようだね』
「た、大佐っ! 自分はまだやれます!」
しかし、大佐と呼ばれた機械人は首を横に振る。
『きみの失態を責めているわけではない。きみと対峙している存在は我が軍でもトップシークレットに該当する【化け物】だ』
紺色の軍服を着た機械人は私の顔を一瞥し告げる。
『月の女神の代行者よ、今回は我々の敗北だ。潔く退くとしよう。その船も使ってもらっても構わない』
「……あら、随分と聞き分けがいいのね」
『K・ノイン、自爆を許可する。直ちに本部へと帰還せよ』
大佐と呼ばれた男からの命令に、K・ノインは悔しそうに唇を噛んだ。
「了解……K・ノイン、自爆後に帰投します」
彼女は、そう復唱すると機械の身体を自爆させ消滅してしまった。
いろいろと聞きだせると思ったが、そうそう甘くはないようだ。
『それでは、私もこれで。あぁ、そうそう』
「……まだ何か?」
『ただ帰るだけなのも失礼だ、と思ってね。きみたちに、ささやかなプレゼントを置いてゆくよ。それでは良き戦いを』
大佐と呼ばれた男は正面スクリーンから姿を消した。
今は黒い画面が残っているのみだ。
「……プレゼント? いけないっ!」
私は慌てて飛行母艦の起動を開始する。
どうやらシステムは、この世界のものではないらしい。
しかし、私の暮らしていた惑星カーンテヒルで建造された飛行母艦、及び宇宙戦艦と酷似するシステムが搭載されているようだ。
「……なるほど。敵が何なのか、おおよそ分かってきたわね」
だが、今はこの船を離陸状態にまで持ってゆくのが先決だ。
「銀閃っ! 外の様子がおかしい!」
「……分かってる、この子を飛べるようにするから百八十秒ちょうだい」
「わ、分かった! アルファリーダーより通達! 各員は犬っころを銀閃に近づけさせるな!」
無線から「了解」の返事が幾つも帰ってくる。
きちんと二十回返事があったことから、誰一人欠けることなく戦い続けていることが分かった。
なかなか優秀な人たちである。
「……メインエンジン起動確認。魔力……もとい光素供給システム稼働良好、各システム、オールグリーン」
ゆっくりと奪取した飛行母艦が動き出す。
まずはドックから出さなければ大空に飛び立つことも叶わない。
「……そんなの、分かってる。ルナティック! 船に帰艦して!」
「了解!」
自分を叱責。そして、ルナティックを託した兵士を船に乗らせる。
同時に船内の機獣の掃討に成功した、との知らせが入った。
私はその報告を受けて各所のカメラから映像を映し出し、機獣の討ち漏らしがないかを確認する。
「……確認。各隊員は一度、艦橋に」
突入部隊の兵士たちを艦橋に集めた私は、彼らに砲撃手を担当してもらうべく、場所と操作の説明を行う。
これらの兵装も使い方は同じだった。
違う点があるとすると、機械人用に何かと何かを接続するコードのようなものが付いているという事。
ただ、砲撃はマニュアル操作も可能なため、この余計なコードのことは気にしなくてもいいだろう。
推測としては、このコードを機械人の神経に接続して超反応を可能にする、というものだと私は思った。
「機銃十八、主砲二か。丁度、我々の人数と同じだが……銀閃一人で操縦を任せてもいいのか?」
「……問題無い。それよりも、大佐が言っていた【プレゼント】が気掛かり」
「あぁ、絶対にろくでもない物だろうよ」
アルファリーダーとブラボーリーダーが、部下を引き連れて銃座へと向かう。
私は船を離陸させるために滑走路へと出た。
滑走路にはレ・ダガーの群れ。
空には大鷲の機獣が編隊を組んで飛び回っている。
それを撃墜して回っているのが、エルティナイトと、ファケルのル・ファルカンだ。
「……こちら、ヒュリティア。飛行母艦の奪取に成功、これより離陸を開始。突入部隊をこちらに寄こして。基地から離れた場所にいる戦機は各自離脱を推奨」
『こちら、ルフベル。どういうことかね、銀閃』
「……直ぐに分かるわ。急がせて」
その直後から、大きな地響きが伝わってきた。
それはやがて、大地震の到来を思わせるほどに大きくなってゆく。
『拙いぞ、銀閃! このままじゃ、飛べなくなっちまう!』
「……もう少しまって! 乗り遅れている戦機がいる!」
それは、戦闘でダメージを負った突撃部隊の戦機たちだ。
その彼らをエルティナイトがせっせと運んでいる。
エルティナイトは機体の大きさと、そのパワーから持ち運ぶことが可能であった。
軽量機体であれば二体同時に運ぶこともできるらしい。
『おいぃ! ぽっちゃり姉貴、いっそげー!』
『エルちゃん、さっきのやつ、やってぇな!』
『もう掛けてるぅ!』
『なんやてぇ!?』
「……いいから早くっ!」
三機の戦機を強引に抱えたエルティナイトと、グラントシェイカーが船に向かって駆けてきた。
地震は更に酷くなってゆく。これ以上の待機は不可能と判断して、私は船を離陸させる。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!? 動き出しおったで!』
『ふきゅーん! ふきゅーん! ふきゅーん!』
どたばた、と走るエルティナたちは、間一髪のところで船へと到達。
戦機三十二機を搭載した飛行母艦は大空へと舞い上がってゆく。
「……離陸成功」
そして、正面スクリーンに基地を引き裂いて姿を現した、超巨大な存在が映し出される。
「……あれは……恐竜?」
鋼鉄の恐竜、そういうより他にない化け物が現れた。
きっと、あれが大佐の言っていたプレゼントというものだろう。
随分と悪趣味なプレゼントだ。
『おいぃ! なんだあのティラノサウルスはっ!?』
『怪獣や、怪獣がでよったで!』
先ほどから賑やかな二人は、超巨大な機獣を目撃し興奮がピークに達していた。
しかし、こちらはそれどころではない。
「……調整が不十分だったみたいね。随分とじゃじゃ馬だこと」
先ほどから、こちらのコントロールを無視するような挙動を見せる飛行母艦は、少しでも気を緩ませると墜落してしまいそうになる。
このままでは、他の者に操縦を任せることは不可能のようだ。
『銀閃! 超巨大機獣を確認した!』
「……ルフベル支部長、アレを破壊しなければ大変なことになる!」
『分かっている! だが、あれほど巨大な機獣を、どうやって仕留めるというのだ!』
確かに彼の言うとおりである。
出現した恐竜型の機獣は体長四十メートル、頭高は二十五メートルはあるかという化け物でだ。
それが、基地を破壊しながら一点を目指して侵攻を開始し始めた。
「……あの方角は……!」
キアンカ、即座に答えが出る辺り、私はあの町が気に入っているようだ。
『おいぃ! ヒーちゃん!』
「……分かってる! エル、私は船の操縦で手が離せないわ! お願いできる!?」
『任されたんだぜ! この精霊戦機エルティナイトに任せておけ!』
予期せぬ敵の出現に私たちは混乱を強いられた。
果たして、小さき者である私たちの攻撃が、鋼鉄の恐竜に通じるのであろうか。
やはり鍵を握るのは、規格外の存在エルティナイト。
私はそれを駆るエルティナに希望を託し、飛行母艦を巨大なる者へ向けて飛ばした。




